私があの子を殺すのです。

豆狸

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第一話 悪夢

 夢を見るのです。
 毎夜毎夜、繰り返し同じ夢を見るのです。
 夢の中で私は、真っ暗な部屋にいます。

 辺りはむせ返るような血の匂いで満ちています。
 この部屋のどこかで血が流れたのです。
 床にはだれかが横たわっています。

 チャーミィです。

 私の異母妹です。私とは数日しか誕生日が違いません。
 王命で結ばれた母とは違い、父に心から愛された女性が産んだ子です。
 数十年ぶりの聖女としてだれからも慕われ、私の婚約者のライリー王太子殿下にも愛されている彼女です。

 彼女の眼窩は窪んでいます。
 目が無いのです。
 あの綺麗な緑色の瞳がどこにもありません。抉り取られてしまっているのです。

「……お前のせいだ」

 暗闇の中、男性の声がします。
 父です。公爵である父の声です。
 そう言われるのはいつものことです。

「お前が私の愛する娘を殺したんだッ」

 怒鳴りつけられて、私は安堵します。
 父と私のいる場所は離れています。
 これなら腕を掴まれて、殴りつけられることはありません。

 愛されていなくても私は王太子殿下の婚約者なものですから、殴られて頬が腫れていてはいけないのです。
 準王族扱いの私を殴っただなんて知られたら、たとえ公爵であろうとも、父は罰を受けることになるでしょう。
 使用人達も罰を受けます。たとえ私が父に殴られていても、異母妹に嘲笑されていても一度も助けてくれたことがなく、食事すらマトモに出してくれたことのない人々でも、王家に対する反逆罪で一族郎党が処刑されてしまったのでは可哀相です。

 いいえ、本当は憐れむつもりなどないのです。
 そんなことになったら、彼らは間違いなく私を逆恨みします。
 私はそれが嫌なのです。

 だから私はライリー殿下に不快そうに睨まれても、白粉おしろいを厚く塗って殴られた痕を隠すのです。
 お母様亡き後は王都の公爵邸に私の味方はいませんし、妃教育で登城する王宮には私に関心を寄せる方はいません。学園での私は存在しないかのように扱われています。
 それでも隠さなければなりません。

 母の実家の辺境伯家は、この十年魔獣の大暴走に追われています。
 優しかった従姉のグレースお姉様は若くして当主となり、王都にある学園への在学を免除されて、魔獣退治の陣頭指揮を執っていらっしゃいます。
 お会いしたいだなんて、我儘を言うわけにはいきません。

 ああ、でも王宮でも学園でも、私を気にかけてくださった方がいらっしゃいました。
 最近お会いしませんが、あの方はどうなさっているのでしょうか。
 ……やめましょう。考えても仕方がないことです。

 私はライリー王太子殿下の婚約者なのです。
 この婚約は王命です。父と母の婚姻がそうだったように、愛が無くても私達は結ばれなくてはなりません。
 恐ろしい魔獣からこの王国を守っている辺境伯家と王家を結びつけるための婚約なのですから。

 ああ、でも……と、私は夢の中で思います。
 この婚約が無くなれば良いのに、と。
 この婚約さえ無くなってしまえば、私がライリー殿下を愛する理由が消えてしまえば、あの子を殺さなくても良くなるかもしれません。

 あの子を。異母妹を。
 だれからも愛される綺麗な緑色の瞳のチャーミィを。
 父と同じ青い瞳を持つ私よりも愛されて、公爵家に伝わる聖女の力を発動させた彼女を。

 私は殺したくないのです。
 夢の中の私は、これが夢だと知っています。
 チャーミィは死んでいません。私は殺していません。だけどいつかこの日が来るのではないかと、私が嫉妬に狂って凶行に及ぶのではないかと、思って恐怖せずにはいられないのです。

「お前のせいだッ。お前が私の愛する娘、チャーミィを殺したんだ!」

 夢の中、私は胸で揺れる首飾りを握り締めます。
 これはお母様の形見なのです。
 大事にしなくてはいけない大切な……でも……

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 今夜はこの王国の貴族子女と裕福な平民が通う学園の卒業パーティです。
 学園の講堂で開催されているパーティを取り仕切っているのはライリー王太子殿下です。
 国王陛下ご夫妻の姿はありません。これからの公務の練習として、今夜の手配はすべて殿下に任されているのです。

 殿下の隣に立っているのは、婚約者の私ではありません。
 チャーミィです。
 だれからも愛される聖女様、父の最愛の異母妹です。

 いつも一緒のご学友の方々は殿下の周囲にはいらっしゃいません。
 裏方を指揮していらっしゃるのでしょうか。
 私にはわかりません。

 殿下は私にはなにも教えてくださらないのです。
 一ヶ月に一度の交流お茶会で王都の公爵邸へいらしたときでさえ、婚約者の私とはひと言も話さずにチャーミィとばかり睦み合っていらっしゃいます。
 私から殿下に話しかけることもありません。そんなことをしたらチャーミィの機嫌を損ねて、後で父に殴られてしまうからです。

「公爵令嬢マイア!」

 名前を呼ばれて、私は身を硬くしました。だれかに名前を呼ばれるなんて何年ぶりでしょうか。
 殿下の隣のチャーミィは薄笑いを浮かべています。
 どうやら機嫌を損ねてはいないようで、私はホッといたしました。

 卒業パーティの会場に、殿下の声が響き渡ります。

「今夜この場をもって、私は君との婚約を破棄する! 母親が違うからと異母妹のチャーミィを貶め、聖女でもある彼女を傷つけるような人間を未来の国母には出来ないッ。この場には来ていないが、君の父君である公爵の許可も取っている。君はもう公爵令嬢でもない。すべてを捨ててこの国から出ていけ、追放だ!」

 言われた言葉の意味がわからなくて、しばらく呆然としてしまいます。
 頭の中に靄がかかっています。そういえば最後に食事を出してもらったのはいつだったでしょうか。
 無ければすぐに死んでしまうので、お水だけはもらえているのですけれど。

「婚約、破棄……」
「そうだ」
「公爵令嬢ではない? 追放?」
「そうだ」

 やっと頭に意味が染み込んできました。

「マ、マイア?」
「なんなのよ、アンタ!」

 殿下とチャーミィが怯えたような顔になります。
 どうしたのかと首を傾げて、私は自分が笑っていることに気づきました。
 久しぶりです。笑うだなんて、お母様がお亡くなりになって以来でしょうか。

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