私があの子を殺すのです。

豆狸

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第五話 悪夢の成就

 公爵の両親はもういない。
 人を雇って殺したからだ。
 殺してからチャーミィの顔を見に行ったのではない。チャーミィの顔を見に行って、ディランと睦み合う恋人の姿を目撃した後で殺したのだ。殺しという行為に抵抗を感じなくなったからだろう。

『待ってくれよ、坊っちゃん。俺ぁこんな女に本気になっちゃいねェ。どうしてもって言われたから相手しただけだ。すぐに出ていくから、その刃物は下ろしてくれ』

 公爵は護身用の剣を腰に下げていた。
 いつもなら抜くことはない。
 母が付けてくれた護衛が一緒だったからだ。

 その日の公爵はひとりだった。
 王命で娶った正妻が嫡子のマイアを産んだからだ。
 さすがに母も家を抜け出すことに協力してくれなかった。乳母もマイアの世話を任されていた。恋人と会えない日々に耐えられなくなって、公爵はひとりで家を抜け出したのだ。

 自分が囲っていたのだから、当然家の合鍵は持っている。
 夜遅くのことだったので、寝ているであろう恋人を起こさぬように家へ入った。
 べつの部屋でひとりで寝かされていたチャーミィは先に見ていた。

 誕生を知らされてから来るまでに時間がかかったので、すでに目が開いていた。
 小さな瞳の色に違和感を感じつつも、暗いから違う色に見えたのだと信じ、少しだけあやして寝息を聞いてから寝室へ向かった。
 眠っている間に添い寝して恋人を驚かせてやろうと思っていたのに、暗闇の中には寝台の上で蠢くふたつの塊があった。

『きゃあああ! ディラアァァーンッ』

 チャーミィの母親は、船乗りの死体から離れなかった。
 公爵は男の瞼を閉じたかったのに、恋人が邪魔で近寄れなかった。
 それに彼女はやかましかった。公爵ではない男の名前を呼び続けていた。だから──

「あああああぁぁぁ!」

 チャーミィの叫び声が公爵邸に響き渡る。
 この娘の母親の死体を転がして、下にあった男の死体に近づいたときと同じことを公爵はしたのだ。
 拳の中身を床に落として、残ったひとつにも手を伸ばす。泣きじゃくるチャーミィはまだ状況に気づいていない。理解出来ないのだ、自分を溺愛していたはずの公爵に眼球を抉られただなんてことが。

「すぐにマイアを見つけ出して、あの首飾りをつけさせよう。あの娘の魔力さえ奪い取れば、お前は私と同じ青い瞳になれる。そうだ、最初からこうすれば良かった。緑色の瞳なんていらない。あの娘の魔力さえあれば、お前の眼窩がカラでも青い瞳にすることが出来る」
「あああぁぁッ」

 痛みと恐怖と混乱で、チャーミィは叫び続けている。
 彼女の母親のことを思い出して、公爵は不快な気分になった。
 今夜は剣を持っていなかったから、頭を掴んで壁や家具に叩きつける。たちまちチャーミィは静かになって床に横たわった。眼球を抉っただけなのに、室内には血の匂いが満ちていた。

(チャーミィは私の娘だ。私は裏切られたりしていない。チャーミィは私と同じ青い瞳で、公爵家の血筋とともに聖女の力を受け継いでいるのだから。……ああ、マイアはどこだ。あの役立たずめ。あの娘に首飾りをつけておかなければ、チャーミィだけでは魔力が足りないではないかッ)

 マイアに渡していた首飾りは公爵家に伝わっていたもので、装着者の魔力を吸収して他人に譲渡する効果がある。
 本来は聖女が病気になった我が子に魔力を与えて癒すために使っていたものだった。
 公爵はそれをチャーミィの瞳に幻影を映すために使っていた。幻影のほうも聖女の遺品で発生させている。

 チャーミィが聖女らしき力を持つとされていたのは、その余波だ。
 幻影だけでは消費しきれなかったマイアの魔力が放出されて、周囲の人間の自然治癒力を高めていたのだ。
 普通なら聖女認定はされない程度のものだ。しかし公爵はチャーミィが聖女であることを望んだ。彼女が聖女なら、確かに自分の血筋だと信じられるからだ。

 公爵は神殿に金を積んだ。

 王太子の婚約者のために王家から、離れて暮らす大切な家族のために辺境伯家から、公爵家へ送られてくるマイアのための金を注ぎ込んだ。
 強い魔力を持つ辺境伯令嬢だった母親が死んで首飾りを受け継いだときから、マイアは人並みの魔力すらないと判断されている。
 首飾りの効果に気づきながらも、公爵に言われるがままにマイアをそう判断した神官達だったから、チャーミィの聖女認定も喜んで受け入れた。真実を明かすよりも儲かるからだ。映された幻影に惑わされず、チャーミィが緑色の瞳だと見抜いているマイアのほうが聖女の力を持っているのではないかだなんて、神官達は考えもしない。

(早くマイアを探さなければ。緑色の瞳など二度と見たくない。あの娘はどうして首飾りを……)

 公爵はマイアが首飾りを置いていったことが信じられなかった。
 彼女もその母親も喜んで首飾りを受け取った。
 公爵家に伝わる大切なものだから大事にして欲しい、と公爵が言っただけで泣きそうになるほど感激していたではないか。公爵は自分に言い聞かせるように思う。

(なにかの間違いだ。あのふたりは私を愛している。あのふたりの私への愛が無くなるはずがない)

 恋人の裏切りを知った自分が、今は彼女を愛していないことには気づいていない。
 利用されていたことに気づいた正妻に首飾りを突き返されて離縁を告げられ、現実を受け入れられなくて暴れていたら相手が床に転がっていたことは忘れてしまった。
 何年経っても忘れられないのは、自分ではない名前を呼ぶ声だけだ。

『……ディランディラン愛してるゥ』

「煩い煩い煩いッ」

 叫びながら、公爵は床に落としたふたつの眼球を踏み潰した。
 マイアを探しに行こうと、部屋の出口へと足を踏み出す。
 横たわるチャーミィを振り向くことはない。マイアの魔力で自分と同じ青い瞳になるまでは、見ても緑色の瞳を持つ男のことを思い出して気分が悪くなるだけだ。青い瞳も聖女の力も持たないチャーミィは娘ではない。

あいつマイアのせいだ。あいつがいなくなったから、私が与えた首飾りを置いて行くから……あいつは、あいつらマイアとその母だけは、私を愛しているはずなのに……」

 鼻をくすぐる血の匂いに十九年前の記憶が鮮やかになっていく。
 公爵は今にも泣き出しそうな顔になって部屋の外へ出た。

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