竜王の花嫁は番じゃない。

豆狸

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第三話 番じゃない。②

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 ──体が熱い。
 巨竜となって空を飛んだ後は、いつも体内の魔力が荒れ狂って四肢が千切れそうな感覚に襲われる。竜王が先祖から受け継いできた強い魔力は竜人のちっぽけな肉体を好まない。本来の巨大な飛竜の姿になりたいと暴れて、体から飛び出そうとするのだ。
 敵味方関係なく巻き込むのであまりやらないが、戦闘のため巨竜になったときはもっと酷い。血に狂い、自分が自分でなくなっていく。

 悪夢に苦しんでいた竜王ダミアンは、自分の手だけが落ち着いていることに気づいた。
 だれかが手を握ってくれている。
 つがいではない。知らないささやかな魔力だ。だけどその小さな魔力は荒れ狂うダミアンの魔力を押しとどめ、人の形を守ってくれていた。

「……シンシア」

 目を開けて、ダミアンは自分の手を握る女性を知った。
 ロウンドラス公爵令嬢シンシア。つがいだと信じて連れて来たのに、つがいではなかった自分の花嫁だ。
 花嫁がつがいでなかったという衝撃から我に返ったときはすでに遅く、彼女は宮殿の監獄塔に投獄されていた。慌てて解放したものの、暴走による発熱が起こったので謝罪は出来ていない。

 彼女は寝台横の揺り椅子に座って眠りながら、小さな手でダミアンの手を握ってくれていた。
 意識すると、その手から落ち着きが広がって来た。
 体内で荒れ狂う魔力も静まっていく。いや、これは暴走ではなくつがいを求める衝動なのだろうか。彼女はダミアンのつがいではなかった。本当のつがいはどこにいるのか。

「……竜王陛下……おはようございます。失礼しました」

 見つめているうちに目覚めた彼女は手を離そうとしたが、ダミアンは離さなかった。

「暴走が少し落ち着いた。……君にはなにか不思議な力があるのかい?」

 その質問に、シンシアはふわりと微笑んだ。

「いいえ。私には不思議な力などありませんわ。ただ……幼いころ病弱で寝込んでばかりいたとき、母が手を握っていてくださいましたの。そうしていただくと、とても安心出来て……竜王陛下がとても苦しそうでしたので、少しでも助けになればと思いまして」
「君のお母上か。ロウンドラス公爵夫人は優れた騎士だったと聞く。お父上とふたりで双翼の騎士と呼ばれていたとか。私が初陣を飾る前に亡くなられたということなので、お会いしたことはないのだが」
「はい。私の自慢の母です」

 強大な力を持つ竜人には弱点がある。
 巨竜化などの反動で魔力が暴走するのがそのひとつ、もうひとつは魔力が強過ぎて他者の魔力を弾くため回復魔術が効かないことだ。自己回復能力も強いとはいえ、ひっきりなしに魔獣が襲ってくる大暴走スタンピードの現場では限界がある。
 人間の国クリストポロス王国との共闘は、竜人にとっても利があった。魔力が弱いゆえに魔術が発達しなかった人間が開発した医療技術は、竜人をも助けてくれたのだ。

 スフィーリス竜王国はクリストポロス王国に医療従事者の派遣と技術の供与を求め続けていたが、大暴走スタンピードでの共闘と竜結晶の提供があってもそれは難しかった。
 医療従事者の教育には時間がかかるし、すべてを強い魔力で賄う竜人が植物や動物が秘めるわずかな薬効を感知して薬を作るのは困難だったからだ。
 それにスフィーリス竜王国と同じく大魔境に囲まれたクリストポロス王国自体にも、医療従事者は必須の存在だった。

(強引につがいを求めて、しかもその相手がつがいではないと国民の前で宣言して……このままではクリストポロス王国との関係が悪化するだろうな)

 溜息をついて、ダミアンはシンシアを見つめた。
 彼女が悪いわけではない。むしろ彼女はダミアンの勘違いによる被害者だ。
 そう、勘違いだ。今触れている小さな手は心地良いし心を落ち着かせてくれているけれど、クリストポロス王国で開催された大暴走スタンピード戦勝記念パーティで出会ったときのような衝動は感じない。そもそも──

(戦勝パレードでクリストポロス王国の王都上空を飛んだとき、衝動を感じたのは彼女ではなかった気がするのだが……)

 遥か上空から群衆の中に感じたつがいの姿を思い出そうとしたが、あまりに小さくて竜の目でもはっきりと認識出来なかった。
 違うと確認しようとシンシアを見つめて、ダミアンは気づいた。

「戦勝記念パーティで着けていた指輪は外しているのかい?」
「……前の婚約者にいただいた指輪でしたので」
「そうか……」

 彼女は最初からずっと、自分はつがいではない、衝動など感じていない、自分には婚約者がいる、と言っていた。
 今からクリストポロス王国へ戻しても、彼女は竜王に傷物にされた女として扱われるだろう。つがいを騙ったとして罰を受けるかもしれない。彼女のせいではないのに。
 激しい罪悪感に襲われながらもダミアンは、今も彼女の小さな手を離せずにいた。
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