どうぶつ村のエリカと妖艶なデーモン

あめ野コッキー

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2.平穏な村のプロローグ

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それは、夏休みがはじまった最初さいしょの日のことです。

青々としげる木々たちはまっ赤なリンゴをみのらせ、空に向かって背を伸ばすお花たちは、風も吹いていないというのに、楽しげに、まるでおもちゃのようにからだをらしていました。

太陽は、「わたしはいつでも、いつまでもあなたたちを照らしていますよ」というように、笑顔をやしません。とっぷり日が暮れて、夜空の後ろにかげひそめてからだってそうなのです。それは、夜のお月さまだって同じでした。なんせ、どうぶつ村の空はただの背景はいけい。ただのイラストなのですから。

そんなように、よく晴れた今日のどうぶつ村、朝もはやい1日の始まるころです。

丘のいちばん上に立つ赤い屋根やねのお家、玄関げんかんから顔をのぞかせたのはひとりの少女でした。

朝いちばんにどうぶつ村を訪れた少女のもとには、1通の手紙が届いていたのです。

「あっ、お手紙だ」

少女はポストから手紙を取り出すと表をチラッと見ただけで、ふうを開けることもなくすぐにポシェットの中にしまってしまいました。

手紙の表側には、「招待状しょうたいじょう」と書かれていたのですが、少女はまだ漢字が読めなかったのです。なんせ、1年生の1学期が終わっただけなのですから、まだカタカナだって上手に使いこなすことはできませんでした。

少女はルンルンとびはねながら丘をりてゆきます。
少女が陽気ようきに跳ねるたびに、頭の両側に結ばれた、ふたつの赤い蝶々結ちょうちょうむすびのリボン、その長くたれれ下がった羽がぴょんぴょんと、これまた飛ぶように跳ねるのです。

少女の名前はエリカ。としは6つ。

どうぶつ村での暮らしを始めて3年。とても元気な、でも少し人見知りな女の子です。

ところで、どうぶつ村は、村の全体がなだらかな丘のような村でした。そして、村の周りは壁、岩肌いわばだかこまれていました。もちろん、壁の外には何もありません。なんたってここは箱庭はこにわの世界なのですから、村の外にはなんにもないのです。

壁に囲まれた窮屈きゅうくつで小さな村。そんな小さな村でも、とても小さなエリカにとっては十分じゅうぶんに広く思えたものでした。何より、村には大切な友だち、どうぶつさんたちが暮らしているのです。

窮屈で、小さくて、それでもエリカには十分で、大切な友だちの暮らす村。

エリカはそんなどうぶつ村が何よりも大好きでした。

だからエリカは、毎日のようにどうぶつ村をおとずれます。そして、どうぶつ村を訪ずれるたびに心も体もルンルンと跳ねてしまうのです。

そんなエリカがまず向かったのは家にほど近いところにあるリンゴの木でした。エリカがリンゴの木をゆさゆさとらすと、リンゴが3つ落ちてきました。エリカはリンゴを全部拾って、ポシェットの中にしまいます。エリカの手よりよっぽど大きいリンゴを3つも詰めたのにもかかわらず、ポシェットはまったくふくらんでいません。

そのポシェットは、ものをどれだけめてもいっぱいにならない、特別なポシェットだったのです。

ポシェットの中には、リンゴの他にもたくさんのものが入っていました。
では、そんなたくさんのものの中から、どうやって決まったものを取り出すのかというと、ただ取り出したいものを思いかべながらポシェットに手を入れるだけでよいのです。

エリカはリンゴの木の近くに作られた花壇かだんに目をやりました。

「あら、あなた元気がないわね」

その中に、重たそうに頭をらしたお花を見つけます。

エリカがポシェットに手を入れて取り出すと、その手にはジョウロがにぎられていました。

そして、「元気を出しなさーい、元気を出しなさーい」と呪文じゅもんのようにとなえながら水をあげてやるのです。

すると、しおれたお花は頭をもたげ、たちまち元気になりました。

「元気を出しなさい! 夏休みがはじまったのよ!」

そうお花に言い残して、再びエリカは元気にかけていきました。

村には上流じょうりゅうからななめに横断おうだんする小川おがわがありました。

そして、小川の中心辺りにはアーチじょうにかかる石造りの橋があります。それはこの村にかかる唯一ゆいいつの橋です。

エリカは橋の中央、いちばん高さのあるところまでたどり着くと、橋のヘリから足を投げ出すようにして座りました。

そうして、ポシェットから竿ざおを取り出し、川の中でクネクネとおもちゃのように泳ぐ魚影ぎょえいに向かって釣り糸を垂らしました。

すると、魚影はすぐに反応して釣り糸に食いつきました。エリカは慣れたように竿を引くと、糸の先には小さな魚がかかっていました。

エリカはその魚を乱雑らんざつに手で鷲掴わしづかみ、ポシェットに入れました。

そんなことをしても、ポシェットはビシャビシャにれたりしませんし、また魚が死んでしまったりもしないのです。

そうして橋をわたりきると、今度は村の中心から少し東に行ったところにある、緑の屋根やねのお家にたどり着きました。

「クマさーん!」

エリカはドアをトントンとノックします。
しかし、ノックをしたとほぼ同時、相手の返事も待たずに勢いよくドアを開けてしまいました。

「クマさん! 手紙を読んでほしいのよ!」

「エリカ……いつも言ってるよね、返事をするまで勝手に開けてはいけないって」

クマさんは眠たそうな目をして呆れたように言いました。

「さあね」

エリカは雑に返事をします。

クマさんは、3頭身とうしんのキグルミのような姿をしていました。身長はエリカ1.5人分ほどです。どうぶつ村の住民じゅうみんは皆、このような姿をしておりました。

「それで、こんな朝早くになんのようだって?」

クマさんは「ふわぁ……」と欠伸あくびをしながら言いました。

「手紙を読んで欲しいのよ、言ったでしょ?ちょっと待ちなさい……プレゼントを用意したのよ」

エリカはポシェットに手を入れると、リンゴを1つ取り出しました。

「それがプレゼント?」

「これは朝ごはん、あとこれも」

そう言って次に取り出したのは、さっき釣った小さな魚でした。エリカは魚の尻尾しっぽを指でつまんでクマさんに渡します。

「グッピー……これは?」

「あなたの朝ごはん」

クマさんはしかめた顔でエリカをじーっと見つめました。

「なによ?」

「さすがにこれは食べられないよ……」

「あらそう」

グッピー、熱帯魚ねったいぎょです。
一般的いっぱんてきに食用の魚ではなく、観賞用かんしょうようの魚です。

クマさんは玄関脇げんかんわき水槽すいそうにグッピーを入れてあげます。水槽からポチャンと小さな水しぶきが上がり、グッピーは元気に泳ぎだしました。

「プレゼントはこれで終わり?」

「ちがうわよ!」

そう言ってエリカは再びポシェットに手を入れると、ガサゴソといったふうに漁りました。

「じゃじゃ~ん! プレゼントはこっちよ」

そうして取り出したのは、布の巻物まきものと紙の巻物、そして、ひとつの小さなお花でした。

「その模様もよう……! もしかして!」

ふたつの巻物とお花。それらにはそれぞれ模様がえがかれていました。クマさんはその模様をひと目見て、それがどんなものであるのかわかった様子です。

「そうよ!」

エリカはまず、クマさんの部屋めがけて布の巻物をポイッと投げました。

すると、部屋の床が一瞬にして、杢目もくめの美しい無垢むくのフローリングにかわりました。

さらにその床の上には、手触りの良い赤い絨毯じゅうたんかれています。

「おー!」

クマさんは目をキラキラとさせて肝胆かんたんの声をあげました。

「これがログハウスの床! お次はこっち!」

続いてエリカは、紙の巻物をポイッと投げました。

すると、ただの白い無地むじ壁紙かべがみだったお部屋の壁は、これまた美しい杢目の壁になりました。

「ログハウスの壁紙! そしてそしてー!」

最後にエリカは、花をポイッと投げました。

ひらひらと舞い上がった花は、回りながらゆっくりと床に落ちていきました。

するとお花はポンッと音を立てて、木で作られたふたりがけの大きなソファにかわったのです。

「これが大きなログハウスソファよ!」

「うおー!」

クマさんはバンザイをして叫びます。

「すごい! これでログハウスシリーズが全部そろったよ! 本当にもらってもいいの?」

「ええ、いいわよ。その代わり早く手紙を読んでちょうだい」

エリカはえらそうにふんぞり返って言いました。

「おまかせあれだよ!」

クマさんはにぎったふわふわのこぶしを胸に当てて言いました。

「フフン……! はい、これお手紙!」

エリカはポシェットから取り出した手紙をクマさんに渡します。

クマさんは手紙を受け取ると、さっきエリカに貰ったばかりのソファに座りました。エリカもあとに続いてクマさんのひざの間に腰を下ろし、クマさんに体を預けるようにしてもたれかりました。

「漢字の設定ってかえられたと思うけどなぁ……」

クマさんは手紙の表側に書かれた「招待状」の文字を見て言いました。

「?」

エリカはクマさんの言っている意味がわかりませんでした。

「エリちゃんに言えば、平仮名ひらがなだけの設定にかえてくれると思うよ?」

そうしたら村中の字が平仮名ばかりになるよ。とクマさんが教えてくれます。

「エリちゃんなんてとっくにいないじゃない」

エリちゃん。本当の名前をエリナといいます。エリカのお姉ちゃんです。お母さんがお姉ちゃんのことを、エリカが生まれる前から「エリちゃん」と呼んでいたので、エリカも同じように呼んでいるのです。自分もエリちゃんであることは気にしていません。
ちなみにここどうぶつ村では、エリカとエリちゃんは同じお家に住んでいました。

「エリちゃんは中学生になったのよ」

エリちゃんはちょっと遠い中学校に通うことになったので、今はりょうに住んでいるのです。そこに住み始めてからというもの、エリちゃんはどうぶつ村をおとずれていません。

「どうやら違うゲームで遊んでるみたいね」

「それは、とてもさみしいことだね」

クマさんはとてもさみしそうに言いました。なんせ、クマさんとエリちゃんは村いちばんの仲良しだったのです。エリカはそれを知っていました。

「まあそんなもんよ! わたしがいるじゃない!」

少しばつの悪いことを言ってしまったと思ったエリカは、クマさんをはげます気持ちで言いました。

「はぁ……あのね、エリカ」

「なによ」

「学校の友だちはできた……?」

エリカは小学校に上がってからというもの、まったく友だちができないでいました。エリカは学校が終わるとすぐに、毎日のようにどうぶつ村を訪れていたのです。

「できないわ、いらないもの」

「でもエリちゃんもいなくなってさみしいでしょ?」

「ママもパパもいるわよ。それに、あなた達がいるじゃない! それでたくさんよ!」

エリカは満面まんめんの笑みを浮かべて言いました。

エリカの心の中は、いつもどうぶつ村とどうぶつさんたちのことでいっぱいなのです。学校でだってそうでした。

「そう言ってもらえると嬉しいけど……それでもやっぱり新しい友だちをつくらなきゃ」

「まあがんばってみるわ」

エリカは押し問答もんどうが始まりそうな予感がして、適当てきとうに返事をしました。

「それよりお手紙は! お手紙を読みなさい! プレゼントをあげたでしょう!」

「ああ、ごめんごめん。えーっと……」

クマさんはあらためて、手紙の表に書かれた字に目を向けました。

「──招待状」

「しょうたいじょう? 絵本でみたわ、お城からくるのよね」

「うーん、そういうのとは違うと思うけど。どうぶつ村にお城なんてないし」

「あらそう」

クマさんはふうを開いて手紙を読み始めます。
手紙の内容は次のようでした。



         招待状しょうたいじょう

あまえたさんなエリカへ

あなたをVRMMOARPG【STELLAすてら】の世界へご招待いたします。
STELLAすてら】そこはとても美しく、広大こうだいな星。
いつまでも小さな村に閉じもっていてはいけません。
勇気を出して飛び出すのです。
目をらしなさい、耳をませなさい。
あなたを必要とする誰かが、きっとそこにはいるはずだから。
それはきっと、素敵すてきな出会い。
それはきっと、素敵な毎日のはじまり。

              あなたのハハより。



「ハハだわ!」

ハハ。エリカのお母さんです。といっても本当のお母さんではありません。ハハはどうぶつ村に訪れる、エリカのような人たちみんなのお母さんなのです。ハハは時折ときおり川柳せんりゅう短歌たんかつづった手紙やプレゼントを一緒に送ってきてくれるのですが、今回の手紙はいつもと少し様子が違いました。

「ハハからのお手紙だったのね」

「うん。でもいつもと少し感じが違うような……」

「わっ!」

すると突然とつぜん、エリカの目の前が真っ暗になりました。

「なんで電気を消したの!」

エリカは暗がりがとても苦手でした。
ひとりで電気のついていない2階に上がることだってできないのです。

「電気をつけなさい!」

エリカは大きな声で叫びます。しかしクマさんからの返事はありません。

「電気をつけなさーい!!!!」

大きくさけんだエリカは突如眠気とつじょねむけおそわれて、ゆっくりとまぶたを閉じてゆくのでした。
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