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2.平穏な村のプロローグ
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「──……んっ」
エリカは短い眠りから目を覚まします。体を起こしてボヤけた目をゴシゴシとこすると、周りの景色がはっきりとしてきました。
「……あれ?」
どうやらそこはベッドの上でした。それも、どうぶつ村のエリカとエリちゃんの家。屋根裏部屋の寝室です。
エリカは、どうぶつさんの家にお泊りするとき以外は、いつもここで寝起き(ログイン、ログアウト)しています。
さっきまでクマさんの家にいなかったかしら?と不思議に思ったエリカでしたが、部屋の様子を見渡すと、そんなことはすぐにどうでもよくなってしまいました。
「なんだか……とっても本物みたい」
そうです。とても本物みたいだったのです。
エリカは真っ白な布団を抱き寄せて「んっー!」と顔を擦りつけました。
「やわらかい」
布団はとてもふかふかで、現実のものと同じ心地よい感触をしていました。
「あら?」
エリカは自分の両の手の平をみて、握ったり開いたり、甲の方を向けてみたりして、じっくりと眺めました。
「なんだかわたしも本物みたい」
手のひらのシワも、プニプニとした感触も、昨日切ってもらったばかりの爪だって、本物の自分のものとしか思えないのです。
「まあ」
エリカはひょっとベッドの上に立ち上がると、自分の全身を見下ろしました。
「かわいいー」
白いノースリーブのワンピースドレスに、ひらひらのフリルが施された白い靴下、皮作りのキャメル色のペコスブーツ。少し前までエリカが着ていたものとは型紙が同じようでまったく別物の、これまた本物のお洋服を着ていました。
「靴を履いたまま寝てしまったの?」
そう言ってエリカはおもむろにベッドから足を下ろすと、木の床がキシっと音を立てました。
「エリちゃん、すごいわ……なんだかすごいことになっているわ」
エリカは隣のベッドで寝息を立てているお姉ちゃん、エリちゃんを、ユサユサと揺らして声をかけます。でも、それはただのアバターなので返事はありません。
「エリちゃん……エリちゃんもなんだか本物みたいね」
そうなのです。エリちゃん(アバター)もとても本物みたいだったのです。いいえ、みたい、ではありません。もうそれはそれは本物なのです。
エリカはもう一度、屋根裏部屋を見渡します。
「エリちゃんもいるし、やっぱりわたしのお家よね?」
どうやらエリカはまだ、ここが本当にどうぶつ村の自分のお家なのか確信が持てないでいるようでした。なんせ、屋根裏部屋には二人のベッドの他には何にも置いていないのです。こんなことになっているのですから、たったそれだけでは確信が持てなくても当然です。
エリカは床をギシギシと鳴らしながら2階に下りるための階段へと向かいます。そして、手すりをギュッと掴んで、こっそりといった調子で階下を覗き込むのです。でも、そこから見えたのは階段の踊り場だけで2階の部屋はまったく窺い知れません。
エリカは一歩ずつ、ゆっくりと階段を下り始めました。トントンと、1段1段両足をついて下りてゆくのです。
踊り場を折り返してからエリカが6段を数えたところで、手すりの隙間から2階の部屋が顔を覗かせました。
その瞬間、エリカは息を呑みます。
階段を下りる足はぴたりと止まって、クリクリとしたふたつの目は瞬きも忘れて2階の部屋に釘付けになっているのです。
窓から射し込む陽の光。
風に揺れるレースのカーテン。
ニスを塗ったように輝く飴色の家具。
部屋中に漂うのは木と絨毯の香り。
エリカにはわかります。それが、今まで自分とエリちゃんで頑張って集めてきた家具たちであることを。ふたりで模様替えをした部屋であることを。
でも、目の前のそれは今までのおもちゃのようなものとはまるで違っていました。
エリカの目には、まるで家具たちが命を持ったように思えたのです。
「エリちゃん!」
エリカは急いで階段を駆け戻ります。
エリカの脚ではそんなに早くは階段を上れないものですから、両手も使ってバッタンバッタンと上ってゆくのです。
「エリちゃん! 起きてっ! すごいわ!」
屋根裏部屋に辿り着いたエリカは、エリちゃんをユサユサと何度も揺らします。
「起きなさい!」
でも、やっぱりそれはアバターなので一向に起きる気配はありません。
「まったく! 本当にお寝坊さんなんだから!」
エリカはあきらめて階段を大急ぎに、これまたバタバタと下りてゆきました。
2階の部屋を改めて目の当たりにしたエリカは、ぴょんぴょんと跳びはねて手を叩きます。
「あはっ! すごいわ!」
そうして部屋の中に入っていくと、楽しそうにはしゃぎだしました。
ソファに飛び乗ったり、絨毯の上をゴロゴロと転がったり、意味もなくクローゼットの戸を開けたり閉めたりするのです。
そして、エリカは部屋の隅にあるドレッサーに目をつけました。
エリカがドレッサーの戸を開けると中から鏡が現れます。
「わたしだ!」
鏡に映っていたのはアバターではない本当の自分。エリカは「やっぱり!」と言って、手をパンっとひとつ叩きました。
「全部本物になってるわ!」
部屋の家具、いいえ部屋そのものが、そして、エリカ自身が、ついでにエリちゃんも全部本物になっているのです。
こんなに素敵なことは他にない!エリカはそう思いました。
「エリちゃんもったいないわね! こんなに素敵なことになっているのよ!」
エリカは「フンッ!」と鼻息を荒くして、今この場にいないエリちゃんに向けて自慢するように言いました。
部屋の中で散々とはしゃぎまわったエリカは、頬に涼やかな風を受けて窓の外へと目をやりました。
「あら?」
みえたのは空、よく晴れた青い空です。
「動いてるわ……」
それは空に浮かぶ白い雲でした。窓枠の左から右へ、雲は少しづつ形を変えながらゆっくりと流れていました。
「まだあるのね……」
まだ、もっと素敵なことがある。エリカはそう思い走り出しました。
1階へ下りる階段を、どんどんバタバタこれでもかと小さな足を叩きつけて駆け下りてゆきます。
しかし、どうしたことでしょう。1階でエリカを待ち受けていたものは、これまたどれもこれも本物の素敵な家具たちばかりでした。
エリカはどうにもこうにも目移りしてたまりません。駆けていたエリカは我慢できず足踏みをしてまわれ右、お部屋の中をくるくると駆け回ります。
あのピカピカのキッチンでお料理ごっこをしたら、あの棚に並ぶ素敵な食器たちを、あの大きなくるみの木のダイニングテーブルに並べたら、そうしてどうぶつさんたちをお家に招待なんてしたら、それはどんなに楽しいことでしょう。エリカはそんなことを考えながら部屋の中を駆け回っているのです。
しかし、今はそれどころではありませんでした。家の外にはきっと、もっと素敵な光景がエリカを待っているのですから。
「おっと、いけないわ!」
そうやっと辿り着いた玄関、エリカは扉の取っ手を握ると、自分がとても緊張していることを感じました。胸に手を当てなくてもわかるくらい、大きな心臓の音が体の中から聴こえてきたのです。
「はぁーふぅー……」
エリカは一度大げさに深呼吸をしました。
そうして、期待に胸を膨らませながらゆっくりと玄関の扉を開いてゆくのでした。
エリカは短い眠りから目を覚まします。体を起こしてボヤけた目をゴシゴシとこすると、周りの景色がはっきりとしてきました。
「……あれ?」
どうやらそこはベッドの上でした。それも、どうぶつ村のエリカとエリちゃんの家。屋根裏部屋の寝室です。
エリカは、どうぶつさんの家にお泊りするとき以外は、いつもここで寝起き(ログイン、ログアウト)しています。
さっきまでクマさんの家にいなかったかしら?と不思議に思ったエリカでしたが、部屋の様子を見渡すと、そんなことはすぐにどうでもよくなってしまいました。
「なんだか……とっても本物みたい」
そうです。とても本物みたいだったのです。
エリカは真っ白な布団を抱き寄せて「んっー!」と顔を擦りつけました。
「やわらかい」
布団はとてもふかふかで、現実のものと同じ心地よい感触をしていました。
「あら?」
エリカは自分の両の手の平をみて、握ったり開いたり、甲の方を向けてみたりして、じっくりと眺めました。
「なんだかわたしも本物みたい」
手のひらのシワも、プニプニとした感触も、昨日切ってもらったばかりの爪だって、本物の自分のものとしか思えないのです。
「まあ」
エリカはひょっとベッドの上に立ち上がると、自分の全身を見下ろしました。
「かわいいー」
白いノースリーブのワンピースドレスに、ひらひらのフリルが施された白い靴下、皮作りのキャメル色のペコスブーツ。少し前までエリカが着ていたものとは型紙が同じようでまったく別物の、これまた本物のお洋服を着ていました。
「靴を履いたまま寝てしまったの?」
そう言ってエリカはおもむろにベッドから足を下ろすと、木の床がキシっと音を立てました。
「エリちゃん、すごいわ……なんだかすごいことになっているわ」
エリカは隣のベッドで寝息を立てているお姉ちゃん、エリちゃんを、ユサユサと揺らして声をかけます。でも、それはただのアバターなので返事はありません。
「エリちゃん……エリちゃんもなんだか本物みたいね」
そうなのです。エリちゃん(アバター)もとても本物みたいだったのです。いいえ、みたい、ではありません。もうそれはそれは本物なのです。
エリカはもう一度、屋根裏部屋を見渡します。
「エリちゃんもいるし、やっぱりわたしのお家よね?」
どうやらエリカはまだ、ここが本当にどうぶつ村の自分のお家なのか確信が持てないでいるようでした。なんせ、屋根裏部屋には二人のベッドの他には何にも置いていないのです。こんなことになっているのですから、たったそれだけでは確信が持てなくても当然です。
エリカは床をギシギシと鳴らしながら2階に下りるための階段へと向かいます。そして、手すりをギュッと掴んで、こっそりといった調子で階下を覗き込むのです。でも、そこから見えたのは階段の踊り場だけで2階の部屋はまったく窺い知れません。
エリカは一歩ずつ、ゆっくりと階段を下り始めました。トントンと、1段1段両足をついて下りてゆくのです。
踊り場を折り返してからエリカが6段を数えたところで、手すりの隙間から2階の部屋が顔を覗かせました。
その瞬間、エリカは息を呑みます。
階段を下りる足はぴたりと止まって、クリクリとしたふたつの目は瞬きも忘れて2階の部屋に釘付けになっているのです。
窓から射し込む陽の光。
風に揺れるレースのカーテン。
ニスを塗ったように輝く飴色の家具。
部屋中に漂うのは木と絨毯の香り。
エリカにはわかります。それが、今まで自分とエリちゃんで頑張って集めてきた家具たちであることを。ふたりで模様替えをした部屋であることを。
でも、目の前のそれは今までのおもちゃのようなものとはまるで違っていました。
エリカの目には、まるで家具たちが命を持ったように思えたのです。
「エリちゃん!」
エリカは急いで階段を駆け戻ります。
エリカの脚ではそんなに早くは階段を上れないものですから、両手も使ってバッタンバッタンと上ってゆくのです。
「エリちゃん! 起きてっ! すごいわ!」
屋根裏部屋に辿り着いたエリカは、エリちゃんをユサユサと何度も揺らします。
「起きなさい!」
でも、やっぱりそれはアバターなので一向に起きる気配はありません。
「まったく! 本当にお寝坊さんなんだから!」
エリカはあきらめて階段を大急ぎに、これまたバタバタと下りてゆきました。
2階の部屋を改めて目の当たりにしたエリカは、ぴょんぴょんと跳びはねて手を叩きます。
「あはっ! すごいわ!」
そうして部屋の中に入っていくと、楽しそうにはしゃぎだしました。
ソファに飛び乗ったり、絨毯の上をゴロゴロと転がったり、意味もなくクローゼットの戸を開けたり閉めたりするのです。
そして、エリカは部屋の隅にあるドレッサーに目をつけました。
エリカがドレッサーの戸を開けると中から鏡が現れます。
「わたしだ!」
鏡に映っていたのはアバターではない本当の自分。エリカは「やっぱり!」と言って、手をパンっとひとつ叩きました。
「全部本物になってるわ!」
部屋の家具、いいえ部屋そのものが、そして、エリカ自身が、ついでにエリちゃんも全部本物になっているのです。
こんなに素敵なことは他にない!エリカはそう思いました。
「エリちゃんもったいないわね! こんなに素敵なことになっているのよ!」
エリカは「フンッ!」と鼻息を荒くして、今この場にいないエリちゃんに向けて自慢するように言いました。
部屋の中で散々とはしゃぎまわったエリカは、頬に涼やかな風を受けて窓の外へと目をやりました。
「あら?」
みえたのは空、よく晴れた青い空です。
「動いてるわ……」
それは空に浮かぶ白い雲でした。窓枠の左から右へ、雲は少しづつ形を変えながらゆっくりと流れていました。
「まだあるのね……」
まだ、もっと素敵なことがある。エリカはそう思い走り出しました。
1階へ下りる階段を、どんどんバタバタこれでもかと小さな足を叩きつけて駆け下りてゆきます。
しかし、どうしたことでしょう。1階でエリカを待ち受けていたものは、これまたどれもこれも本物の素敵な家具たちばかりでした。
エリカはどうにもこうにも目移りしてたまりません。駆けていたエリカは我慢できず足踏みをしてまわれ右、お部屋の中をくるくると駆け回ります。
あのピカピカのキッチンでお料理ごっこをしたら、あの棚に並ぶ素敵な食器たちを、あの大きなくるみの木のダイニングテーブルに並べたら、そうしてどうぶつさんたちをお家に招待なんてしたら、それはどんなに楽しいことでしょう。エリカはそんなことを考えながら部屋の中を駆け回っているのです。
しかし、今はそれどころではありませんでした。家の外にはきっと、もっと素敵な光景がエリカを待っているのですから。
「おっと、いけないわ!」
そうやっと辿り着いた玄関、エリカは扉の取っ手を握ると、自分がとても緊張していることを感じました。胸に手を当てなくてもわかるくらい、大きな心臓の音が体の中から聴こえてきたのです。
「はぁーふぅー……」
エリカは一度大げさに深呼吸をしました。
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