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4.素敵な出会い

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「ちっさ……」

それは、とても小さなプレイヤーだった。
彼女がこれまでに相対あいたいしてきたどんなプレイヤーよりもはるかに小さい。

呆気あっけに取られた彼女は、その小さなプレイヤーとしばらくの間見つめ合ってしまっていた。

「あのー!」

彼女は小さなプレイヤーに声をかけられて、はたと我に返る。
そして、とりあえず階段を下りようと一歩足を踏み出したその時、彼女は体にまとわりつく窮屈きゅうくつな違和感を覚えた。

「なんだこれは……」

彼女が自身の身体を見下ろすと、濡羽色ぬればいろのドレスが身を包んでいた。

ウエストがキュッと絞られたコルセット、フリルとレースで装飾された膝下丈ひざしたたけのスカート、ひじから手のこうまでを覆うドレスグローブ、ガーターベルトにレースのストッキング。

彼女は困惑した。
こんなものを身に着けた覚えはない。

今まで下着のような軽装しかしていなかったデーモンには、体を締め付けるコルセットやストッキングはとても窮屈に感じられた。

「あなたがお姫様ね!」

「え?」

彼女はドレスを脱ごうとこころみたが、再び小さなプレイヤーに声をかけられる。
そんなことをしている場合ではなかった。
今、相対しているのはどれほど見た目が特殊であろうとプレイヤーであることにかわりはないのだ。
彼女は気を引き締めて身構える。

階段を下りてそのプレイヤーに近寄ると、その小ささがより一層ありありと感じられた。背が彼女のお腹辺りまでしかないのだ。

「ドアが開けられないの」

そう言って小さなプレイヤーは扉を指さして振り返り、背中を向ける。

それを見た彼女は即座に地面を蹴った。

彼女は爪のきっさきを鋭くとがらせ、腕を槍のようにしならせる。そして、上段から小さなプレイヤーを目掛けて振り下ろす──。


ポヨンっ


「?!」

彼女の攻撃は小さなプレイヤーに当たる直前、軽妙な音とともに弾かれた。

小さなプレイヤーはまだ彼女の攻撃に気づいていない様子であった。振り返りもせず取っ手をつかんで扉を開けようとしている。

もう一度──。そう思い彼女は再び小さなプレイヤーに攻撃を仕掛ける。


ポヨンっ


攻撃は再び小さなプレイヤーに当たる直前で弾かれた。彼女は困惑する。

「ねー聞いてる?」

小さなプレイヤーは何事もなかったように彼女に振り返る。

「お前は何者だ……?」

彼女は警戒心を剥き出しにして問いかける。

「わたしはエリカ! 6歳!」

小さなプレイヤーは明るく胸を張ってエリカと名乗った。

「エリカ……お前は私を殺しにきたのではないのか?」

デーモンがそう問いかけると、エリカは「あんた何言ってるの?」とでも言うように怪訝けげんな顔で首をかしげた。

「お前は何が目的でこの城へ来た……?」

「目的……? そんなの決まってるじゃない!」

そう言ってエリカは人差し指を彼女に向ける。

「あなたに会いに来たのよ!」

「会いに……? ただ会いに来ただけだと言うのか?」

「ええ、そうよ」

「なぜだ……?」

「あなたと友だちになるために決まってるでしょ」

「友だち……?」

「あなたがこの城のお姫さまなんでしょ?」

「お姫さま……」

「あなたみたいな綺麗な人と友だちになれたらきっと自慢になるわね」

「自慢……」

彼女はエリカの話にまったくついていけない様子であった。

「あなたの名前はなんていうのかしら?」

「名前……私は、デーモンだ」

彼女に固有名称はない。名乗るとしたら種族名の他になかった。

「全然可愛くない名前ね、お姫さまなのに」

そんなことを知らないエリカはやれやれといった具合に辛辣しんらつな感想を返した。

「とりあえず電気をつけてくれない? デーモンさん。こんなところにいたら目が悪くなっちゃいそうよ」

エリカはキョロキョロと薄暗い大広間を見渡して言った。

「電気?」

城館は古い建築物をモデルにした建物であったために電気は通っていなかった。城内の明かりは全て蝋燭ろうそくやオイルランプでまかなわれていたのだ。
そのため、彼女は電気というものが何なのかさえわからなかった。

「あっ!!!!」

「なんだ?!」

突然大声を出したエリカに彼女は驚いて声を上げる。

「そうよ! わたしってなんて馬鹿だったのかしら!」

そう言ってエリカは首から下げている黄色のポシェットに手を入れて、なにやらガラス細工ざいくで作られた一輪の花を取り出した。

「こうすればよかったのよ!」

エリカがその花を上空に投げると、花はくるくると回りながら天井へとのぼっていく。

そして、花が天井まで届いたその時、天井に大広間を照らす大きな花が咲き誇った。

それは、美しく繊細せんさいなガラス細工で作られた、光輝くシャンデリアであった。

続いてエリカはポシェットから次々に花や巻物を取り出していく。
そして、それらをすべて抱えて走り出したのだ──。




エリカは大広間を駆け回る。

「破れたカーテンなんていらなーい!」

花模様のレースのカーテンにベルベットの真紅のカーテン。

味気あじけない大広間を染め上げるように。

「穴の空いた床や汚い壁も!」

大理石の床に真っ赤な絨毯じゅうたん、継ぎ目のない白漆喰しろしっくいの壁。

世界をいろどるように。

「明かりが全然足りないわ!」

ブラケットにフロアスタンドにテーブルライト。

薄暗い大広間に光を灯す。

「これはこっち! これはあっち!」

白く美しい振り子時計、鏡面仕上げの飾り棚に大きな陶磁器とうじきの花瓶。

花を巻きながら、くるくると軽快に舞い踊る。

「もっと花があったほうがいいわね!」

薔薇にガーベラにカーネーション。
百合にブルースターにチューリップ。

ホップ、ステップ、ジャンプ、ターン。

それは、正しく魔法のような光景であった。

エリカと名乗る少女の手によって、薄暗くボロボロだった大広間が次々と美しく姿を変えていく。
  
彼女は息をするのも忘れてその光景に魅入っていた。

最後にエリカは大広間の中心で立ち止まると、ワンピースドレスのすそつまんで深々とお辞儀をする。

そしてお辞儀から顔を上げると、ニシシと歯をむき出して無邪気に笑った。

彼女の心臓が高鳴る。

その高鳴りは、彼女が今まで感じていたものとはまるで違っていた。

彼女はほうけたようにエリカを見つめる。

そして、抱いた既視感。

彼女はそれを見たことがあった。

城の書庫に眠っていた『幻想生物図鑑』と題された古い文献ぶんけんで。

自身悪魔のことが書かれたページの隣に、それは描かれていた。

悪魔である自身とは対をなす存在。  

死のふちに舞い降りて、

世界を彩り、光を灯す神の御使みつかい。

それは正しく、




天使であった。
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