くちなしの姫君と破滅の楔

城間ようこ

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そこには愛があればこそ

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 夏木は言われるままに従うしかなかった。一礼して下がろうとすると、姫君のおさえきれない慟哭が聞こえてきた。
 主上は宮中に帰って不調をあらわし、嵐の去った翌朝に身罷った。最期まで、うわごとで繰り返し「母上……」と姫君を呼んでいたという。
 まだ世継ぎとなる男御子のいない宮中は荒れ、懐妊で里下がりしている女御のところでは男子出産の祈願が大いに行われた。
 六条では遠い話だった。そして、あの嵐の行幸以降、姫君は夏木を呼び寄せることなく勤めに没頭した。
 
 あの紫の花は嵐に散らされた。
 故関白家では血の繋がりがあった帝の死に絶望し、意気消沈した。完全に没落し、北の方は生きる望みを失ったため出家したが、臥せがちなまま世を去った。
 姫君の住む六条では、夏木が見えなくなったことを尼達が訝しんでいた。
「夏木は今日も局に籠もっているのかしら」
「女院様には、もうしばらくお呼びもないわね。女童の頃からのご寵愛だったというのに……」
「身罷った主上が行幸あそばしたときに夏木だけでお相手を勤めたことが女院様のご不興をかったとか……」
「ご寵愛をほしいままにして出過ぎたことをしたものよね。まあ、でも存外長く咲いた花だったこと」
 夏木は姫君に遠ざけられ、局に籠もって亡きものにした主上の鎮魂と成仏を祈念していた。他に思いつくことはなかった。朝も夜もなく、ひたすら祈った。
 姫君は逡巡と葛藤のなかにいた。夏木は自分を守ってくれるために主上を斥けたのだということは分かっている。主上が母子の情を越えて想いをかけてこなければ、姫君が出家してなお諦めず追い求めるようなことをしなければ、夏木は罪を重ねはしなかった。
 けれど、我が子を殺された母でもあるのだ。夏木は姫君の懇願に背き、毒を用いた。
「……夏木……」
 他に手立てはなかったのかと問いたかった。手を尽くして諦めさせられたのならば、主上は今も生きていた。逃げてばかりいた自分を姫君は責めた。行幸の際に自身で対面していれば、どうなっただろうか。主上を説き伏せることもできたのではないか。
 しかし、夏木も進んで毒を用いたのではないはずだ。主上に接して、何かを感じとり、致し方なく用いたのではないだろうか。
 姫君は勤めの合間に、無残に散った紫の花の木を見つめた。今は緑の葉だけがささやかに茂っている。
 もう一度、夏木と向き合って話すべきではないか。
 ──今さら何を話す? 何を話せばいい?
 姫君は一人で苦悩した。今までは常に夏木が傍らにいて支えてくれた。どのようなときも姫君を庇い、見守ってくれた。
「……夏木……夏木」
 知らず、口をついて呼ぶ声がもれる。だが、夏木は姿を現さない。
 ──清様のおためだけに。……私の全てをかけて。
 いつも、そう言ってくれた。事実、その通りに生きてきてくれた。毒の苦痛にも耐え、姫君のためだけに。姫君の生家が滅ぶことになろうとも、栄華を手離すことになろうとも。
「……夏木……夏木は、どこで何を?」
 姫君はたまらず控えていた尼に声をかけた。
「はい、夏木でしたら局で主上への祈念を……それはもう真剣に打ち込んで」
 その尼は実直な性格で信を得ているものだった。他の尼達のように悪意の噂に加わることはなく、独自の目で六条を把握している。
「……主上への……」
 頭を殴られるような衝撃を受ける。やはり夏木とて望んでしたことではないのだ。おそらく、今も慚愧の念に駆られている。
「夏木をここへ……今すぐ」
「はい、かしこまりました」
 言いつけられた尼が下がる。姫君は焼けつく思いで夏木を待った。時が流れるのが、ひどく遅い。手がそわそわとして落ち着かない。
 ──夏木、お前は私の心に背いたけれど。
 それも姫君のためだけを思うがゆえのことだったのだ。姫君が悲しむことになるのは理解していただろう。だから言い訳せず局に籠もって祈念し続けている。せめてもの罪滅ぼしとさえ思っていないに違いない。純粋に姫君の子のためにこそ祈っている。
 夏木、早く。姫君は待ち焦がれていたが、尼は一人で戻ってきた。
「……夏木は?」
「はい、夏木はただ今、臥せっておりまして……」
 刹那、姫君の視界が真っ暗になった。
 夏木は長年に渡って塗り込めてきた毒の弊害が生じていた。昼夜を問わず行なった祈念による無理も祟って、毒に持ちこたえるための体力も落ちていた。寝食を忘れて打ち込んだことが仇となった。
「あっ……女院様!?」
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