悪役令嬢、中身はサイコパス〜王子様、社会的にも物理的にも終わりです〜

城間ようこ

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本物の王子様出番です

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ウィルフォン・マリ・ダンシャーリィ王太子は、一通りの書類に目を通し、必要な指示を出したところで、ふと窓の向こうを見やった。

「──王太子殿下に申し上げます。第二王子殿下につきましては、部屋の調度を荒らし、お耳汚しになるような言葉を繰り返されておいでとのことで……」

「……どうせ、また私を『妾腹のものが』と罵っているのだろうな。言いたいように言わせておけ。しかし調度は王宮のものであり、すなわち民から得た国有財産だ。まだ無事な調度は、速やかに部屋から運び出すように」

ひとつ息をつくと、空に小鳥が飛び立つのが見えた。遥かな大空に向かって飛んでゆく小鳥は、何を目指しているのか。王太子は茫洋と思いを馳せる。

「──私の生母には何ら落ち度などない。アスランは、それを認めれば己の根幹が崩れると恐れているだけだ」

亡き母は側妃といえど、生家は由緒ある伯爵家だし、そこで淑女として教育も受けた女性だ。

国王と王妃の間に、長らく子を授かれなかったがゆえに王宮に迎え入れられ、そして自分が生まれた。ひどい難産だったらしく、母は自分を生んですぐに力尽きたと聞いている。

母の命と引き換えに誕生した、その立ち位置こそ庶子だが、決して卑しい出自と蔑まれるような謂れはない。

そう自負するからこそ、卑屈にもならずに王宮で一国の王子として誠実に学んできた。

結局、正妃は王太子が三歳を迎えたとき子宝に恵まれたが、その第二王子は幼い頃にもてはやされたことが忘れられないまま歳を重ねた。

馬術、剣術、座学──それらを習い始めると、常に王太子が歩んだ成長速度と比較され、ついにはその影に追われることを嫌がるあまり、心を腐らせてしまった──そんな心の弱さは彼の甘えだと王太子は受けとめている。

待望の嫡子──その期待や重圧は幼心にも負担ではあったろうが、しかしそれでも王子としての努力と責務を、放棄していい理由にはならないというのに。

「……それより、公女はまだ修道院に滞在していると聞いたが」

「は、国王陛下より公にも罪咎なしとのお言葉を頂戴されましたので、公爵家の方でも戻るよう、呼びかけてはいるようですが……」

「──公女の心の問題か?」

「周りでは、そのように見受けております」

「貴族が集まる場……そのような衆目の面前で、婚約を交わしていた相手から手酷い仕打ちを受けたのだから、傷はそう簡単に癒えるものでもないのだろうな」

「公女様は毎日部屋に籠もったまま、修道女たちには『ここで神に祈りを捧げていたい、一人にしておいて欲しい』と申されているとか……」

王太子の知るヴィクトリアは、世間の風雨にたわんでも折れない、美しく芯の強い女性だ。

それこそ、国母にふさわしいと思えるような。

確かにヴィクトリアは美貌の令嬢であり、鋼の精神を持っている。腹黒さは公爵家により上手いこと隠されてきているため、辛酸を舐めて地位を築いた王太子でも気づけない。

「……私が書簡を送っても、王族から怒りを買った事実の重さを鑑みればとの一点張りだ。弱音も泣き言も、一言たりとも言葉にしない」

裏の実態はもちろん異なる。ヴィクトリアにとって有益な休息と足場固めのための日々である。だからこそ、王太子にも健気な令嬢を装っている。

その姿が、王太子の目には儚く哀れに見えてしまうのだ。

あれほど脆さを見せずに、常に凛としていた令嬢が──と。

王太子は眉間を指で押さえてから、侍従に問いかけた。

「──今日の執務は片付いたな?」

「はい、──ですが、夕刻が迫っておりますゆえ……」

「早駆けすれば済むだろう。私の馬を出すように」

──公女様は、まだ国王陛下が第二王子殿下との婚約破棄を認めていないのに……ここで王太子殿下が動いたら、これは骨肉の争いが生まれない?

侍従は思ったものの、心のどこかで第二王子から公女を奪って「ざまぁ」して欲しいとも思っている。

「──かしこまりました」

「急ぎ乗馬服に着替える。その間に、早馬で公女への知らせを」

王太子は、第二王子に慎ましく控えるヴィクトリアを傍目で見てきたからこそ、この時に動き出す決断をしたのである。

第二王子はヴィクトリアの真価も認めずに彼女を棄てた。ならば、と。

*          *          *

──そして早馬で王太子の来訪を知らされたヴィクトリアは、あらかじめ知らされたおかげで、部屋にある大量の娯楽品を片付けておく余裕を持てた。

何しろ、水煙草に始まり、大衆紙に発禁書籍に怪しい実験器具と、公爵家から持ち込んだものは多い。

ナタリーを使って隠し部屋にしまわせ、王太子が来る頃には、それまで娯楽に興じていたとは思えないような、どこか厳かな雰囲気さえ漂う室内になっていた。

「王国の輝ける星にご挨拶申し上げます」

ヴィクトリアは清楚なオフホワイトのドレス姿で出迎えた。

「──公女、慣れぬ環境にあって不自由はないだろうか?」

遠回しに、元いた公爵家へ帰りなさいと王太子は言っているのだが、ヴィクトリアはほのかな笑みで拒絶した。

「より身近に神を感じられる環境は心が休まります。祈るほどに、擦り切れた精神が癒されてゆくのを感じられますもの……」

そう言われれば、ヴィクトリアを痛ましく思う王太子の心は募るばかりだ。やはり彼女は傷ついているのだと、愚かな弟への怒りもあらたになる。

「我が弟には、公女への侮辱について王室会議で罪を問うことも可能だが……公女の望む形を聞かせてはもらえないか?」

ヴィクトリアの望む形は、アレキサンドリアと二人並んでの処刑だが、それは最終的なものだし、今望んでも叶わない。この程度では、与えられる罰など、せいぜい一時的な郊外での謹慎処分だ。

「第二王子殿下には、婚約破棄を言い渡されました瞬間より、何かを望む心も消えました」

伏せ目がちに告げると、濃密な睫毛が瞳に影を落とす。これがどれほど切なげで効果的に映るか、計算づくである。

──公女の心は、希望どころか慰めすら持てないほどに痛めつけられているのか。

果たして、王太子は上手く思惑に乗ってくれた。ヴィクトリアを見つめる眼差しは、当の本人よりも悲しそうだ。

「……せめて、公女には年頃の娘らしく伸びやかな暮らしをと、今さらかもしれぬが国王陛下も望まれておいでだ。どうか、気を強く持って……出来るなら私を頼ってはくれないか?」

「もったいないお言葉でございます、殿下……」

王太子は、いっそヴィクトリアを弟から奪いたい。自身の婚約者は定まった相手もいない今でしか、ヴィクトリアを選べない。

だから、ヴィクトリアに自分の手を取って欲しい。

弟の第二王子もだが、王太子もまた、恋は盲目もいいところである。

どうにも、兄弟揃って前のめりになる癖が強い。

そんな王太子を前にしたヴィクトリアはというと、そんな内心はお見通しで、さて王太子殿下にはどう対すれば、効果的に第二王子からの憎しみを買えるかと思案している。

──あの男が抵抗して足掻くのは楽しいけれど……あまり長い間、痛めつけ続けてしまうのも駄目ね。痛がる姿も見すぎては、周囲で同情する声が上がるというもの。それに忘れてはいけないわ、可愛らしい子爵令嬢のことも虐めたいし……。

そのためにも、上手く憎まれなくてはならない。

熟考するヴィクトリアを前にして、王太子は彼女が未来に何も思い描けず、今を憂いているようにしか見えなかった。

「公女……もし本当に、弟に何の望みも持てなくなっているのなら……私から国王陛下に、正式な婚約の破棄を願い出てもいい」

「王太子殿下から、でございますか?……そのようなことをなされましたら……」

本音を言えば、もう少し引っ張りたいのがヴィクトリアの考えだが、どうにも発熱の自覚から沸騰までが早い王太子である。

もっとも、意思の萌芽をいち早く自認して行動に移すこと自体は、王家の男性として不適格な振る舞いではない。時として、思考から決断までが迅速に行なえるよう求められる場合もある。

王太子の場合では、完璧にヴィクトリアの思惑通り動いてくれるとは言えないものの、少し勢いを落とさせれば、王家内部の実力者としては大変使える有能な人間だ。

「──公女、今すぐに決意は迫らない。だが、考えてみて欲しい。公女が最も幸福になれる、最も公女にふさわしいといえる未来を」

──公女の悲しみや失望は、裏切りにより心に空洞があいた痛みだ。公女はおそらく、痛みに麻痺している。……そう、母のいない世界での成長というものに慣れて馴染むしかなかった自分のように。

与えられた生を受けいれることは、そのまま己の人生を歩むことには繋がらないと、王太子は理解している。反面、受けいれてはじめて、己と向き合うことが出来ることも理解出来ている。

──公女は人生の壁を前に、何を必要としているだろう?

その答えは、ヴィクトリアのみが分かっている。

「王太子殿下……わたくしに、どうか今少しお時間を賜りたく存じます。お心遣いの厚いこと、身に余ることと、心より感謝致しております。両親と家族からの心配も痛いほど自覚しております。ですが……今はここで、祈りによる生命の浄化をと願います」

「……そうか……」

「申し訳ございません……ですが、殿下」

落胆をかいま見せた王太子に、すかさずヴィクトリアが一手を放った。歩み寄り、一言囁く。

「……わたくしは殿下のお心により、再び活路を見いだせるものと信じております」

その一言で、王太子の一生の選択は決まった。

当時に、ヴィクトリアが次に繰り出す策略も──。
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