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腹黒い令嬢
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所変わって、ナレステア子爵家の一室。
「ああもうっ、あの女のせいで何にも思い通りにならないじゃない!私はアスラン様から愛されて選ばれた身なのに!」
アレキサンドリアは私室で大いに荒れていた。枕やクッションを殴ったり投げ飛ばしたりしても、気が収まることはない。
何しろ、断罪パーティーの翌日から、他の貴族令嬢たちの態度が一変してしまったのだ。
お茶会やパーティーの招待状は一切来なくなり、ならば自分でとお茶会を開こうにも、誰もがお断りの返事を寄越す。
しかも、第二王子と会おうにも当の王子が騒ぎを起こしてしまったため、今は王城で謹慎させられていて連絡もとれない始末なのだ。
「新しいドレスや宝石だって欲しいのに!王子からの贈り物も途絶えちゃって手に入らないし!親にねだっても『贅沢はさせられない』の一点張りで、可愛い一人娘のお願いも聞いてくれない!」
ナレステア子爵家の領地運営は堅実なものだったが、規模が小さいため豊かな収益は望めない。
その分、アレキサンドリアは第二王子に無心して、次々と新しいドレスや宝石を手に入れていたのだ。
それを知るヴィクトリアとしては、アレキサンドリアをいたぶるためにナレステア子爵家を取り潰しにしようとまではしないで、公爵家当主による遺憾の意を利用した。
当然ながら、遥か格下の子爵家は厳しく己と娘を律するしかなくなる。
ヴィクトリアは、最も近しいはずの家族たちから手のひらを返され、冷たく厳しい目で見られているアレキサンドリアの苦しい立場を、人伝てに聞いて楽しむことを手始めにしたわけである。
だが、第二王子に可愛がられていたおかげで、たとえ身分不相応に飾り立てても周りからは黙過してもらえていた頃に味わった多幸感を、アレキサンドリアは忘れられない。
しかし世の中は、甘い汁ばかり吸う人間には甘くないもので、役にも立たない令嬢なぞ簡単に切り捨てる。
「今まで私のこと可愛いって褒めてくれてた男どもも、いつの間にか一人もいなくなってるし!」
それは、ヴィクトリアが子爵家の厨房に潜り込ませていた輩も用は済んだと立ち去って、犀角のない普通の食生活になったのだから当然の帰結だ。
犀角の力が及ばなくなったことも大きいが、令息たちは第二王子に忖度する必要がなくなったことも影響している。もう彼の付属品でしかない令嬢を褒めることに意味や価値はない。
むしろ、ヴィクトリアが王都で名を上げている現状を見ていれば、アレキサンドリアのことなど相手にしてはならないのだ。
「──ガルタ!あんたも私の現状はひどいと思うでしょう?!私は王子に愛されてるだけなのに爪弾きにされて、王子に愛されてるのに軽んじられるなんて!」
「お嬢様の仰せの通りでございます。全ては殿下のお心と公女の振る舞いが端を発しております」
人を落ち着かせるような声音で慰めを口にしたガルタは、アレキサンドリアが当たり散らしたメイドたちのなかで、唯一離れなかった人物だ。
もちろん名前は仮の名、真の雇い主はヴィクトリアである。報酬は月に金貨十枚、時に特別手当として多額の報酬も支払われる。
普通に考えれば、子爵家の安い給金でアレキサンドリアの気まぐれな八つ当たりを受けて、それでも我慢してお仕えしようなどという忠義に厚いメイドがいるわけがないのだが、それが分からない子爵家の家族は大概頭がおめでたい、もとい人を信用しやすい。
「あんな澄ました顔してても、公女は婚約者から見限られたような出来損ないなのに!きっと裏の顔があって、実はすごい悪女に違いないの!私とアスラン様は、あの女に嵌められたのよ!」
「──お嬢様のご心痛を思いますと、私めも口惜しく存じます。いっそ知る顔のものに……いえ、出すぎたことを申しました」
わざとらしい呼び水だが、アレキサンドリアはすかさず食らいついた。
「──何か妙案があるのね?遠慮せずに言いなさい」
「は、はい……憚りながら……」
こんな三文芝居が、王宮で鬱屈している第二王子の元でも繰り広げられた。公爵家の人脈とは恐ろしいもので、怒らせると王子でさえ手の上で操られてしまうらしい。
ヴィクトリアは全て把握している。修道院の要地に護衛を配置して──そして、どこかから差し向けられた五人の刺客を生け捕りにさせた。
暗殺を生業にして極めていた護衛にすれば、ヴィクトリアを狙った刺客たちなど子ども騙し程度の力しか持っていない。
「ご苦労。捕らえた刺客たちのうち、最も弱いものを無傷で生かしなさい。それから、他のものは彼の目の前で拷問して黒幕を吐かせること。自決させては駄目よ。聞き出せることを全て引き出したあとに、とどめとして、弱者には全員が惨殺される姿を見せつけなさい」
残酷なことを傲然と命じたヴィクトリアだが、自分を狙った刺客さえも、実は裏で手配させた末端の手駒だ。
だから、報告の内容もあらかじめ予想していた通りになる。
刺客たちは口を封じられ、悲鳴さえ上げることを許されず、自分が捨て駒だったことも知らないまま地獄に落とされた。
「──失礼致します。取り調べた四人全員が、第二王子殿下からの指示だと吐きましたので、見せしめとして処分した上で、改めて生き残りを尋問した結果、ナレステア子爵令嬢から依頼を受けたとのことでした」
「まあ、興味深い結果が出たわね」
白々しく感嘆してみせるが、そこに恐れはない。
むしろ、さて次の一手をと心が踊っている。
「その生き残りは後で使うから、生かしておきなさい。──ナタリー。ナレステア子爵家へ、国内の各地に自生する毒草への知識が豊富なものを送り込んで」
そう、各地の毒草に精通するもの。ここが彼女の計画の肝である。
王宮ではなく子爵家に送り込むのも、王宮は何かと毒物への警戒心が強いからだ。
より扱いやすいナレステア子爵令嬢を手駒にするためになら、ヴィクトリアも多少の害は覚悟出来ている。
──あとは、私が自身に施してきた実験の成果次第ね。
心の中で呟き、部屋に並んでいた怪しい実験器具を見下ろして、主のために働くナタリーの代わりに控えていた護衛の一人へ声をかけた。
「──この器具は用済みよ。存在していなかったことにして。いいわね?」
「はい、かしこまりました」
アレキサンドリアも第二王子も、まさかヴィクトリアを恐れさせ懲らしめるための「知る顔のもの」が、命まで狙う刺客として差し向けられたとは思いもよらない。
ただ、ヴィクトリアが冷徹にねじ伏せた事実だけを知らされて、それぞれで地団駄を踏むことになる。
「公女が公爵家の庇護から離れている隙を狙ったのに、これでは万が一でも事が明るみに出てしまったら、王室の醜聞として騒がれるじゃないか!」
第二王子が私室で焦れば、ナレステア子爵家でもアレキサンドリアが慌てふためく。
「──ちょっと、何とかアスラン様に書簡を届けられないの?!ガルタ!あんたが考えたことでしょうが!責任持って何とかしなさいよ!あの女に何か言われたら……いえ、何も言わせないで!とにかく黙らせといて!」
二人の声は虚しくかき消され、もはや本人の意思さえ無視して姿を利用され、悪意に満ちた事件を起こされてしまうとは誰が知ろうか。
──翌日、満を持して王太子が修道院を訪れた。
王太子としては、急な来訪が失礼にあたることも分かっていたが、とりあえず早馬を送って知らせてはおいたし、何ぶん弟の様子が突然おかしくなったのが気がかりで仕方ない。
「これは……ありがたいお運びを頂き、王国の輝ける星にご挨拶を申し上げます」
楚々と頭を下げるヴィクトリアに異変はない。
その姿に安堵して、王太子は表情を微かに緩めた。
「頭を上げてくれ。こちらこそ、特に用件があるわけでもないのに申し訳ない」
「用件でございますか?……それは、わたくしのことが何か心にかかられたからでございましょう?」
「……公女には敵わないな」
「戯れを申しましたわ、──今日は一段と冷えております。熱いお茶を用意させますので、お入り下さいませ。ちょうど素晴らしい茶葉を頂いたところですので、一人占めするようでは惜しくて……」
「では、甘えさせてもらおう」
そして、メイドにより手際よくサーブされた紅茶の水色を確認して、ヴィクトリアが先に口をつけた。
──ああ、喉と胃が爛れてゆく。焼けているように熱くて痛いのに、手足は冷えて震え始めたわ。──これなら大丈夫。
「……公女?どうかしたのか?急に顔色が悪くなって……」
「──王太子殿下に申し上げます。こちらのお茶をお飲みになられてはいけません──毒入りでございますわ」
目もとに笑みを浮かべ、ヴィクトリアが告げる。その唇から、込み上げてきた血が流れ出た。
「──公女!──人を呼べ!それから急ぎ……」
ぐらりと傾いだ体を慌てて抱きとめた王太子が、果たしてどんな顔をしているのかを確かめるには、既に視界が黒く埋まり、意識が遠のいていた……。
──短期決戦に持ち込み、追い詰め痛めつけて叩くヴィクトリアの策略が始まろうとしている。
「ああもうっ、あの女のせいで何にも思い通りにならないじゃない!私はアスラン様から愛されて選ばれた身なのに!」
アレキサンドリアは私室で大いに荒れていた。枕やクッションを殴ったり投げ飛ばしたりしても、気が収まることはない。
何しろ、断罪パーティーの翌日から、他の貴族令嬢たちの態度が一変してしまったのだ。
お茶会やパーティーの招待状は一切来なくなり、ならば自分でとお茶会を開こうにも、誰もがお断りの返事を寄越す。
しかも、第二王子と会おうにも当の王子が騒ぎを起こしてしまったため、今は王城で謹慎させられていて連絡もとれない始末なのだ。
「新しいドレスや宝石だって欲しいのに!王子からの贈り物も途絶えちゃって手に入らないし!親にねだっても『贅沢はさせられない』の一点張りで、可愛い一人娘のお願いも聞いてくれない!」
ナレステア子爵家の領地運営は堅実なものだったが、規模が小さいため豊かな収益は望めない。
その分、アレキサンドリアは第二王子に無心して、次々と新しいドレスや宝石を手に入れていたのだ。
それを知るヴィクトリアとしては、アレキサンドリアをいたぶるためにナレステア子爵家を取り潰しにしようとまではしないで、公爵家当主による遺憾の意を利用した。
当然ながら、遥か格下の子爵家は厳しく己と娘を律するしかなくなる。
ヴィクトリアは、最も近しいはずの家族たちから手のひらを返され、冷たく厳しい目で見られているアレキサンドリアの苦しい立場を、人伝てに聞いて楽しむことを手始めにしたわけである。
だが、第二王子に可愛がられていたおかげで、たとえ身分不相応に飾り立てても周りからは黙過してもらえていた頃に味わった多幸感を、アレキサンドリアは忘れられない。
しかし世の中は、甘い汁ばかり吸う人間には甘くないもので、役にも立たない令嬢なぞ簡単に切り捨てる。
「今まで私のこと可愛いって褒めてくれてた男どもも、いつの間にか一人もいなくなってるし!」
それは、ヴィクトリアが子爵家の厨房に潜り込ませていた輩も用は済んだと立ち去って、犀角のない普通の食生活になったのだから当然の帰結だ。
犀角の力が及ばなくなったことも大きいが、令息たちは第二王子に忖度する必要がなくなったことも影響している。もう彼の付属品でしかない令嬢を褒めることに意味や価値はない。
むしろ、ヴィクトリアが王都で名を上げている現状を見ていれば、アレキサンドリアのことなど相手にしてはならないのだ。
「──ガルタ!あんたも私の現状はひどいと思うでしょう?!私は王子に愛されてるだけなのに爪弾きにされて、王子に愛されてるのに軽んじられるなんて!」
「お嬢様の仰せの通りでございます。全ては殿下のお心と公女の振る舞いが端を発しております」
人を落ち着かせるような声音で慰めを口にしたガルタは、アレキサンドリアが当たり散らしたメイドたちのなかで、唯一離れなかった人物だ。
もちろん名前は仮の名、真の雇い主はヴィクトリアである。報酬は月に金貨十枚、時に特別手当として多額の報酬も支払われる。
普通に考えれば、子爵家の安い給金でアレキサンドリアの気まぐれな八つ当たりを受けて、それでも我慢してお仕えしようなどという忠義に厚いメイドがいるわけがないのだが、それが分からない子爵家の家族は大概頭がおめでたい、もとい人を信用しやすい。
「あんな澄ました顔してても、公女は婚約者から見限られたような出来損ないなのに!きっと裏の顔があって、実はすごい悪女に違いないの!私とアスラン様は、あの女に嵌められたのよ!」
「──お嬢様のご心痛を思いますと、私めも口惜しく存じます。いっそ知る顔のものに……いえ、出すぎたことを申しました」
わざとらしい呼び水だが、アレキサンドリアはすかさず食らいついた。
「──何か妙案があるのね?遠慮せずに言いなさい」
「は、はい……憚りながら……」
こんな三文芝居が、王宮で鬱屈している第二王子の元でも繰り広げられた。公爵家の人脈とは恐ろしいもので、怒らせると王子でさえ手の上で操られてしまうらしい。
ヴィクトリアは全て把握している。修道院の要地に護衛を配置して──そして、どこかから差し向けられた五人の刺客を生け捕りにさせた。
暗殺を生業にして極めていた護衛にすれば、ヴィクトリアを狙った刺客たちなど子ども騙し程度の力しか持っていない。
「ご苦労。捕らえた刺客たちのうち、最も弱いものを無傷で生かしなさい。それから、他のものは彼の目の前で拷問して黒幕を吐かせること。自決させては駄目よ。聞き出せることを全て引き出したあとに、とどめとして、弱者には全員が惨殺される姿を見せつけなさい」
残酷なことを傲然と命じたヴィクトリアだが、自分を狙った刺客さえも、実は裏で手配させた末端の手駒だ。
だから、報告の内容もあらかじめ予想していた通りになる。
刺客たちは口を封じられ、悲鳴さえ上げることを許されず、自分が捨て駒だったことも知らないまま地獄に落とされた。
「──失礼致します。取り調べた四人全員が、第二王子殿下からの指示だと吐きましたので、見せしめとして処分した上で、改めて生き残りを尋問した結果、ナレステア子爵令嬢から依頼を受けたとのことでした」
「まあ、興味深い結果が出たわね」
白々しく感嘆してみせるが、そこに恐れはない。
むしろ、さて次の一手をと心が踊っている。
「その生き残りは後で使うから、生かしておきなさい。──ナタリー。ナレステア子爵家へ、国内の各地に自生する毒草への知識が豊富なものを送り込んで」
そう、各地の毒草に精通するもの。ここが彼女の計画の肝である。
王宮ではなく子爵家に送り込むのも、王宮は何かと毒物への警戒心が強いからだ。
より扱いやすいナレステア子爵令嬢を手駒にするためになら、ヴィクトリアも多少の害は覚悟出来ている。
──あとは、私が自身に施してきた実験の成果次第ね。
心の中で呟き、部屋に並んでいた怪しい実験器具を見下ろして、主のために働くナタリーの代わりに控えていた護衛の一人へ声をかけた。
「──この器具は用済みよ。存在していなかったことにして。いいわね?」
「はい、かしこまりました」
アレキサンドリアも第二王子も、まさかヴィクトリアを恐れさせ懲らしめるための「知る顔のもの」が、命まで狙う刺客として差し向けられたとは思いもよらない。
ただ、ヴィクトリアが冷徹にねじ伏せた事実だけを知らされて、それぞれで地団駄を踏むことになる。
「公女が公爵家の庇護から離れている隙を狙ったのに、これでは万が一でも事が明るみに出てしまったら、王室の醜聞として騒がれるじゃないか!」
第二王子が私室で焦れば、ナレステア子爵家でもアレキサンドリアが慌てふためく。
「──ちょっと、何とかアスラン様に書簡を届けられないの?!ガルタ!あんたが考えたことでしょうが!責任持って何とかしなさいよ!あの女に何か言われたら……いえ、何も言わせないで!とにかく黙らせといて!」
二人の声は虚しくかき消され、もはや本人の意思さえ無視して姿を利用され、悪意に満ちた事件を起こされてしまうとは誰が知ろうか。
──翌日、満を持して王太子が修道院を訪れた。
王太子としては、急な来訪が失礼にあたることも分かっていたが、とりあえず早馬を送って知らせてはおいたし、何ぶん弟の様子が突然おかしくなったのが気がかりで仕方ない。
「これは……ありがたいお運びを頂き、王国の輝ける星にご挨拶を申し上げます」
楚々と頭を下げるヴィクトリアに異変はない。
その姿に安堵して、王太子は表情を微かに緩めた。
「頭を上げてくれ。こちらこそ、特に用件があるわけでもないのに申し訳ない」
「用件でございますか?……それは、わたくしのことが何か心にかかられたからでございましょう?」
「……公女には敵わないな」
「戯れを申しましたわ、──今日は一段と冷えております。熱いお茶を用意させますので、お入り下さいませ。ちょうど素晴らしい茶葉を頂いたところですので、一人占めするようでは惜しくて……」
「では、甘えさせてもらおう」
そして、メイドにより手際よくサーブされた紅茶の水色を確認して、ヴィクトリアが先に口をつけた。
──ああ、喉と胃が爛れてゆく。焼けているように熱くて痛いのに、手足は冷えて震え始めたわ。──これなら大丈夫。
「……公女?どうかしたのか?急に顔色が悪くなって……」
「──王太子殿下に申し上げます。こちらのお茶をお飲みになられてはいけません──毒入りでございますわ」
目もとに笑みを浮かべ、ヴィクトリアが告げる。その唇から、込み上げてきた血が流れ出た。
「──公女!──人を呼べ!それから急ぎ……」
ぐらりと傾いだ体を慌てて抱きとめた王太子が、果たしてどんな顔をしているのかを確かめるには、既に視界が黒く埋まり、意識が遠のいていた……。
──短期決戦に持ち込み、追い詰め痛めつけて叩くヴィクトリアの策略が始まろうとしている。
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