悪役令嬢、中身はサイコパス〜王子様、社会的にも物理的にも終わりです〜

城間ようこ

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物騒な愛情の萌芽

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ヴィクトリアは帰宅してから晩餐の時間まで、ナタリーに髪の手入れをさせながら水煙草をくゆらせていた。

しかし一向に気持ちが落ち着く気配はなく、温室での王太子が思い返されて、何とも心が澄みわたらない。

──こんなのは、私らしくないわ。

水煙草にも飽きて紅茶を運ばせ、熱い紅茶で一息つくと、王太子の言動に振り回されている己に苛立ってきた。

──私ならば……本来、自由に考えて欲求を満たすために生きるでしょう?

王太子と婚約することを拒絶はしないが、ヴィクトリアは常に自分の生き方や歩みを第一にしてきたのだ。

たとえ見返りを渡さなければならない手駒だろうが関係ない。

──こうなれば、自身の去就をかけて勝負に出てやるわよ。王太子の反応を楽しんでやるの。それで敵に回るなら消えてもらう。

そこでようやく口角を上げた。それにしても極端に考えを巡らせるものである。

そうして、家族との晩餐の時間になると、ヴィクトリアは身支度を整えて食堂に向かい、何食わぬ顔でカトラリーを使って食事を始めた。

家族、特に親としては、王太子に呼ばれて何を言われたか気になるし聞きたい。

団欒の場でも口を固く閉ざしているヴィクトリアに、まず痺れを効かせたのは父親だった。

「ヴィクトリア、今日は王太子から何か不快なことなど言われなかったか?純潔の娘が、王太子相手とはいえ温室で二人きりにされたのだろう?」

「──お父様、殿下より熱烈な愛の告白を受けて、わたくしは心を掻き乱されました」

「……愛の、告白だと?我が娘に?」

その場の空気が、途端に凍りついた。

しかし空気ごときに気を遣うヴィクトリアではない。平然と決意を述べた。

「お父様、王太子殿下と真正面からお話しする機会を作って下さいませ。白黒つけますわ」

「だが、婚約を交わしてもいないお前に言い寄ったような人間だろう」

「だからこそ、ですわ。水面下では殿下とわたくしの婚姻が望まれておりますことに、わたくしが気づいていないとでも?互いの本心を確かめます」

「ヴィクトリア……すまない。お前に報告連絡相談を怠ったことは謝ろう。詫びに王宮へ使いを出して、王太子殿下と話し合える場を設けさせる」

「ありがとうございます、お父様。──お食事を続けましょう?家族揃ってすごす貴重なお時間ですもの」

「……そうだな、先走った王太子殿下には腹も立つが、今は一家の絆を深めるのが優先だ」

この親子、一国の王太子に対する敬意がまったくない。

だが、子を思う親の気持ちを優先させた当主は、食後すぐに書簡を用意して王宮に向かわせた。

ヴィクトリアと王太子が再び相まみえることになったのは、温室での対話から、わずか二日後のことだった。

話を進めんとする積極性が大変高い。いや、真っ向勝負に出てやるという攻撃性はさらに高い。

しかも、前回は王宮の温室だったが、あろうことか今回は王太子の居室である。相手は王太子、常に誰かが控えるべきところを、ヴィクトリアの希望により完全に人払いまでしている。

「──王太子殿下には、お忙しい日々を送られておいでですのに、過分なご配慮を賜り感謝の念が尽きません」

「いや、私も公女と話が出来るのならと思っていたところだ。公女の方から願い出てくれたおかげで叶ったことを、喜ばしく思っているくらいだ」

「……このように殿下の私的な部屋にも関わらず、無礼を承知で人払いをさせても、でございますか?」

「構わない。──むしろ、公女が本音を語ってくれるということだろう?」

「本音でございますか……はい、畏れながら、すべてをお話ししたく存じましたので願い出ました」

「すべて?確かに、ありのままを公女に求めたが、人とは誰しも隠したいことがあるものだと思うが」

──隠すことは、まだ言わないけれど。それでも王太子の心を試すには話すべきことがある。話して怒りに触れようが、神をも恐れぬ不遜な女だと蔑まれようが、私らしく生きられなくなるくらいなら、王太子からの白眼視なんて気にしない。

ヴィクトリアは毅然として王太子の目を見ながら口火を切った。内容はもちろん、公女でも許されざることの暴露である。

「わたくしが毒に倒れたとき……あの紅茶に毒を混入するよう指示したのは、わたくしです。第二王子殿下とナレステア子爵令嬢に嫌疑がかかるよう、裏で根回し致しました。ですが、わたくしが二人にしたことは、それだけではございません」

王太子は無表情になって話を聞いている。その程度の反応に怯むヴィクトリアではない。さらなる爆弾発言を口にしてのけた。

「──第二王子殿下とナレステア子爵令嬢に、揃いのカップを毎日使うよう仕向けました。そのカップは、致死性のある自白剤でした。……そうなるよう、わたくしがカップに仕込んだのです」

──さて、これだけ白状すれば、普通なら幻滅するでしょうし……私への処罰感情も生まれるはず。そのときは用意しておいた薬を使えばいいわ。

何と、ヴィクトリアは王太子を害することにも臆していない。

言うだけ言って堂々としているヴィクトリアに、王太子は黙ってコーヒーを口にしてから、ひどく長く感じる少しの沈黙を置いて、ゆっくりと重々しく口を開いた。

「……アスランは愚かでも嫡子だった。立太子されることを目指すならば、私より圧倒的に有利な生まれだ」

──これはまた、ずいぶん唐突に話し始めたわね。

何しろ話題がすっかり逸れているように思える。だが、ここはおとなしく聞いているのが得策だろうとヴィクトリアは判断して続きを聞くことにした。

それに対し、王太子は彼女へ静かに問いかけてきた。

「──それでも、立太子されたのは庶子の私だ。そこに何があるのか、公女は察することの出来ない人ではないだろう?」

──そうね……王家で優位に立つ王子から、王太子の座を奪うのに必要なのは、幼少期からの努力──己の能力を高め、人望を集めて、常に優れた王子として振る舞うことかしら。

そして、優位にあるものを敗北に追い込むほどの強い意志の力が必要なのだろうとヴィクトリアは考えた。その意志は強さであり害意でもある。

そこに至って、王太子の真意が読めてきた。

王太子はどこか自嘲気味な語調で、想像した通りの言葉で締めくくった。

「甘ったれの愚弟に劣等感を植えつけ、卑屈にさせて腐らせるのは、──彼が純粋な心の持ち主だったから簡単だったよ」

「王太子殿下……それでは、第二王子の最期に何ら負の感情をいだかれておいでではないと、そのように聞き取れますが……」

「公女のしたことには驚きも隠せないが、アスランは私にとって目の上のこぶだったからね。経緯や公女のとった手段が何であれ、消えてくれたことには清々しているのが本音だ。元よりアスランは、消えるべくして消える身だったのだから」

これはつまり、ヴィクトリアが手出ししなかったとしても、いずれは王太子が何らかの手を下すつもりだったことを意味する。

──あら、何てことかしら。お互い腹のうちは真っ黒じゃない。

毒気を抜かれる思いとは、こういうときに使う言葉かもしれないと感じる。

王太子は冥い無表情から一転、ヴィクトリアへ真摯な眼差しを向けた。不思議と温室で話したときより熱を帯びている。

「話のすべてを聞いた今でも、公女を清らかな令嬢だと思う気持ちに変わりはない。本来ならば墓場まで持っていくべき秘密を、こうして私に打ち明けてくれたのだから」

──本来ならば、王子と貴族令嬢に毒を盛るだなんて極刑も免れない重罪だし、そんな恐ろしいことを仕出かした私を変わらずに清らかな令嬢として見ているですって?

ヴィクトリアもさすがに度肝を抜かれた。この王太子、闇が深すぎる。それだけ、王家では立太子争いが苛烈だったのだろうとは察したが、それにしても王太子がヴィクトリアの言葉に動じていなさすぎる。

「……殿下はご存知でしょうか?わたくしが、殿下を。目障りなものだと、不愉快なものと、認識致しましたら。──わたくしには、殿下を毒の犠牲にする力があることを」

ここで、追撃して王太子を試そうと思いつくヴィクトリアも大概な人間である。

大変物騒なことを本人相手に言ったが、王太子は怒りをあらわにするどころか、どことなく面白がるような笑みを浮かべた。

「公女が私を害する──それもまた、公女の人生で必要に迫られれば、ありうることだろう。しかし私は公女を想っている。そのような令嬢相手に失態をおかすほど、私は愚かではないよ」

──つまり、両者の婚姻に求められるべき権威と血筋と同盟に、王太子はこうして付加価値を付けてきているのね。

それは歪んだ人間の純心だ。腹黒い人間の真心だ。王太子が同類だと分かったヴィクトリアには、真っ直ぐに伝わってくる。

「……わたくしは、たとえ殿下と共に生きることになろうとも、わたくしの生き方も心のありようも崩せは致しません。わたくしに与えられた自由であり、わたくしを活かすための人生だからでございます。それでもよろしいと仰せになられますか?」

こうなると腹を括って、己の守りたい自身を貫きながらでも、念を押すしかない。

果たして王太子は、この上なく愛おしそうにヴィクトリアを見つめて答えた。

「公女が望むのならば、私は喜んで公女の人生に彩りを加えるものともなろう。神に誓う」

──この一言がとどめになり、ヴィクトリアは王太子との婚約を、身分や立場を抜きにして考えても、心のありようと望む生き方の両方で受け入れることになった。

そこには反駁も抵抗も無力であると悟るのと同時に、王太子は共犯になることも厭わないという確信が働いていた。

王太子の居室での密談を経て、王家と公爵家で交わされる婚約についてのやり取りは、隠しようもなく──むしろ世間に知らしめるかのように行なわれ始めた。

たゆみなき努力と優れた人望で立太子された王子と、婚約していた王族に裏切られた高貴な令嬢──その二人の育む信頼と愛情の物語を、貴族も平民も心を踊らせて思い描き、会話に花が咲いて、王都は活気を増した。

──この先、私の持つ力と見知は、私自身を必ず助けてくれる。

ヴィクトリアは話題の中心にあってなお、その先の人生を見据えていた。

もう、王太子への意味不明な戸惑いや苛立ちのような感情は解消されている。

王太子は、自分を──ヴィクトリアの望むありようを認めて守ってくれる存在だと、受けとめられたからだ。

──繁栄させましょう、悪を知るもの二人で。

ある日、私室で紅茶を口にしながら、ふとヴィクトリアは微笑むのだった。
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