悪役令嬢、中身はサイコパス〜王子様、社会的にも物理的にも終わりです〜

城間ようこ

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夢も現も叶えて

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……ナレステア子爵令嬢が、ヴィクトリアに対峙して口汚く罵り怨嗟の言葉を繰り返している。

「この、あばずれ女が!アスラン様から見限られたからって、すぐに王太子を誘惑して乗り換えて!私はアスラン様だけだったのに、あんたは打算で選り好みして、世間から尻軽女とか白眼視されるべきは私じゃなくてあんたよ!」

──この口の悪さは、貴族としていかがなものかしら?ずいぶん汚い言葉を吐いているじゃないの。

「自分を悲劇の主人公にするために、私とアスラン様に人まで使わせて!しかも自作自演で猛毒まで使うなんて!私たちを追い詰めるためなら、命の危険まで娯楽にするあんたなんて、王太子妃になったら国が傾くわよ!」

特に言葉も出す気にならず、どこかぼんやりと聞いているだけのヴィクトリアに向かって、子爵令嬢は憤怒の形相で言い、地団駄を踏んでいる。

「私はアスラン様と純愛を育んでたの!その証拠に獄中でも、アスラン様からの贈り物と信じてたカップを大事にしてた!なのにそのカップが罠だったなんて、私が可哀想すぎるわ!」

──純愛……自白剤を使った最期の言葉を思い返すと、その愛を己で台無しにしていたけれど。

「毒を仕込んだ揃いのカップまで送り込んで、私たちに使わせてた悪辣で卑劣な企みが許されるとでも?!獄中にあってなおカップを毎日使ってれば、アスラン様の耳に届いて、私が健気にアスラン様を慕っていると思わせられるって!そしたらアスラン様は王家の嫡子だから権力を使って私を助けてくれるって期待してたのに!」

──あらまあ、やはり本音は我が身可愛さなのね。私としては、相手への想いゆえにカップをよすがにして愛用すると考えていたのよ。まあ、関係を打ち壊す面白い本音は聞けたから、それはそれで悪くなかったわ。

「なのに、アスラン様は何の役にも立たなかった!手をこまぬいて、私を想う身分違いの恋に酔いしれてただけの腑抜け王子!それもこれも、あんたが婚約者としての責務を果たさずに、アスラン様の成長を阻害してたせい!」

──それにしても、私が秘密裡にしてきたことを、なぜ子爵令嬢は把握して身勝手な感情を籠めて、私にぶつけていられているのかしら?

ヴィクトリアは不思議に思ったが、子爵令嬢の一方的な口撃の勢いは衰えることを知らない。

「そうしていざ不要になったら、私とアスラン様を謀略しておいて、自分は被害者ぶって!家の力で王家から富を奪って安穏と暮らしてる!国王までをも騙して、力をひけらかして、何が裏切られた可哀想な令嬢なのよ!」

第二王子による不始末の対価、補填として公爵家が国から肥沃な領地を与えられたのは事実だ。結果として、ヴィクトリアの家門はさらに豊かな財を得ることとなった。

「強欲で冷酷な本性のあんたなんて、王太子から愛される価値があるとでも?微塵もないわよ!すぐに狡猾な本性の醜さで幻滅されるんだから!」

ここで、ヴィクトリアは初めて苛立ちをおぼえた。陥れるために手を下したのは自分とはいえ、下賎な犯罪者に身を落とした子爵令嬢に、どうこう言われるには相手の言葉が不快すぎる。

──私と王太子殿下の繋がりも知らぬ身で、よくもまあ言ってくれるものね。

「……いい加減、耳障りになってきたわね。よく喚きたてる獣だこと。犬や家畜でも、こんなに騒いだりしないわ」

うんざりしたヴィクトリアが呟いて、ぽんと右手で突き飛ばすと、子爵令嬢は呆気なく仰向けにひっくり返った。

──そうそう、この素敵な体勢!わがままに育った出しゃばりなお腹を踏みつけるのに理想的な……この体勢にさせてみたかったのよ!

ヴィクトリアは遠慮なく右足を上げて、ヒールのある靴底で子爵令嬢の腹を思いきり踏みつけた。

しかし、踏み抜く勢いで力いっぱい踏んだのに、腹は固いばかりで、想像に胸を踊らせていたような柔らかさも弾力もない。

何やら手応えをまったく感じられず、しかも子爵令嬢からは悲鳴も呻き声さえも出てこない。ヴィクトリアはそのつまらない無反応に好奇心も失った。

「……わたくしが思い描いていた喜びは、愉悦は、絵空事だったというの?」

──そこで景色が一転した。見慣れた天井に窓から射し込む朝日の美しさ。

「……まあ……あれは夢だったのね……」

──あれほど鮮明に夢で怒鳴っているのを見るだなんて、私は子爵令嬢にそれだけの思い入れでもあったのかしら?

どう考えても、せいぜい楽しませてもらった以外に特別な感情はない。夢の中とはいえ、望んでいたことも出来たのに爽快感もない。

ヴィクトリアはナタリーが朝の洗顔と紅茶の用意をしてくるまで、ベッドから朝日を眺め続けた。

今日は午後から王太子と会うことになっている。用件は婚約の儀についてだが、婚約するに伴い、相談しておきたいことがあった。

将来国を背負う王太子との、せっかくの婚約だ。公的な儀式だけで済ませてしまうのは惜しい。

何しろ王家では晴れて婚姻を結べば、貴族を集めて盛大なパーティーを催すものの、婚約は王宮内の教会で誓いの儀式を行なうのみなのだ。

「──お嬢様、洗顔のお湯と目覚めの紅茶をお持ち致しました」

朝日にも飽きたところで、ナタリーがドアをノックしてきた。ちょうどいい。

「起きているわ、入りなさい」

王太子と話し合うには、きっちり身支度を整えて、万全の状態で相対しなければならない。

気持ちを切り替えたヴィクトリアの記憶には、夢でのアレキサンドリアの叫びもすでに朧気となっていて、単に夢で子爵令嬢が吠えていただけという印象しか残っていなかった。

*          *          *

家族との朝食も済ませ、王宮へ行くにふさわしいよう清楚で髪色に映える深緑のドレスに着替えて、髪型や薄化粧も整えたヴィクトリアは、最近乗り慣れた公爵家の特別な馬車で出向いた。

そして王太子とまみえ、己の美しさを存分に発揮しながら、眩しそうな眼差しで見つめてくる王太子に、さも温厚で誠実そうな口調で切り出した。

「──殿下、婚約の儀こそ王宮で厳かに執り行なわれるのでしょうけれど、お披露目はわたくしが修道院で始めた炊き出しパーティーで致したく存じますの」

「炊き出しパーティー?そういえば、公女は大規模な炊き出しで民を支え、彼らの空腹を満たしながら鼓舞していたね」

「そこまで皆さんのお役に立てていたかは分かりかねますが……わたくしは、貴族からも平民からも分け隔てなく祝福され、王国のものたちから認められたいと考えております」

果たして王太子という重い立場と地位にある彼が、平民も多く集まる雑多な場に出向くか、それは可能なのか。ヴィクトリアには好機だが、王太子が提案に賛同するには課題がある。

「わたくしは貴族の身でございます。恵まれた環境で生まれて育てられましたから、毎日のパンとスープにも困ることなく生活出来ます。学びの機会にも恵まれてまいりました」

──ここで畳み掛けなければ。王太子が強く望めば背景には我が家門があるもの、その希望を押し貫けるはず。

「だからこそ、日々のパンとスープもままならず、学びの機会を得られずに育ち、手に職をつけようにも日雇いで働くしか生活の手段がない──そのような方々に手を差し伸べることは、恵まれしものとしての責務と考えますの」

「なるほど……私たちの婚約を民のために活かすわけだね」

「はい。──わたくしは公爵家で生まれ育ったことを幸せに思います。ですが、特権階級に浴する身であるならば、その力は利己にのみ振るうべきではあらずと、そのように弁えております」

「公女の言うことは、至極もっともだと私も思う。私も国を牽引する王家の一員として、広く民に施すことは理にかなっているとも言えるだろう」

──ここまで誘導出来れば、互いに腹づもりは分かり合えているし、満足な結論を引き出せるわ。

王太子は乗り気になっているのが伝わってくる。ヴィクトリアは内心で頷き、表向きには柔らかく微笑んだ。

「殿下のご意思こそを必要としております。──どうか、わたくしたちの婚約を儀式のみで終わらせず、民への温情と慈愛で喜びに満ちたものとさせて下さいませ」

願いを口にして頭を下げる。これがアレキサンドリアならば第二王子の手を握って上目遣いでねだるだろうが、そのような無礼を働くヴィクトリアではない。公爵家の令嬢としての弁えはある。

「公女、頭を上げてくれ。──提案には私も賛成だよ。我が身の上では、修道院に赴くには護衛騎士を伴わなければならないだろうが、彼らにも民に手荒な振る舞いはさせないと約束しよう」

「よろしいのでございますか?──殿下、誠にありがたく存じます。お心の広さと慈しみ深さには、皆が喜びますことでしょう」

こうして、ヴィクトリアの思惑通りにことが進んだ。

婚約の儀まで残すところ半月ほど。衣装合わせなどの支度も忙しいが、その間に、炊き出しパーティーの準備も並行して行なうことになる。

並の貴族令嬢には不可能なことだ。しかしヴィクトリアにとっては、二度目の婚約の儀である。

──王太子に定まったお相手がいなかったことも幸いしたわね。

おかげで何の邪魔も横槍もない。そのうえ王太子の心はよそ見もしない。余計な面倒がないのは気持ちも楽でいい。

「王家にも我が家門にも幾久しく語り継がれる、実りあるパーティーに致しましょう、殿下」

「ああ。私に手伝えることがあれば、遠慮なく言って欲しい」

頼もしい返事に、ヴィクトリアは慎ましやかながらも喜びを隠さず笑みを深くした。
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