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【新章】その王妃、サイコパスにつき〜国王陛下、常闇の楽園にいざないます〜【第1話】
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国王であるウィルフォン・マリ・ダンシャーリィとヴィクトリアの婚姻により、王家主催の夜会が盛大に催され──ここしばらく威光が翳っていた王家の、新たなる太陽と月を、夜会に招待された貴族たちは祝賀でもって迎え入れ、晴れやかな雰囲気を醸し出していた。
しかし、それを享受して満足するヴィクトリアではない。
「王国に輝ける太陽と月にご挨拶申し上げます。本日は誠に喜ばしく、尊い日となりました。王国には王室の威信が必要でごいましょう。国王陛下と王妃殿下があまねく国民を照らしてくださいますことを確信しております」
へこへこと媚びへつらい、たるんだ顔を歪ませて笑いながら挨拶に来たのは、バスヘルク侯爵家の当主である中年男性だ。
ヴィクトリアは言葉を最後まで聞いたのち、冷ややかに口を開いた。
「バスヘルク侯爵の屋敷では……仕えているものたちに対し、休日に与える食事の分だけ、平日の食事で量と質を落としたことは話に聞き及んでいます。──これは、人間の尊厳を踏みにじる行為だと思い知りなさい」
いきなり始まった公開処刑である。一気に場内がざわついた。誰もが忙しなく視線を交わして、不穏な空気に変わり果てる。
国王は言うまでもなく、あらかじめ承知している。これは王妃ヴィクトリアの手始めなのだ。どのような言葉を繰り出してくれるか、むしろ楽しみにして見ている。──顔にこそ出さないで、ヴィクトリアと同様に厳しい面持ちを保っているものの。
「な、なにを突然言い出すのですか?私が王妃殿下の出自よりも低い身分だからといって、公衆の面前で侮辱されるとは、一国の王妃としての品位が問われますが!」
「わたくしは貴殿が振るった事実を言葉にしたのみです。国の定めに従わずして貴族を名乗ろうとは」
「──そのような罪の証拠などございません!」
「証拠?──陛下、証拠さえあれば彼は罪を認めるそうですわ」
おもむろに国王へ向けて話を振ったヴィクトリアが、見た目の楚々とした印象からかけ離れ、あまりにも雄々しく堂々としていて「前王妃よりも恐ろしい……」と囁きが漏れる。
国王は笑いを堪えて渋面を作ることに苦心しつつ、バスヘルク侯爵家当主に向かってヴィクトリアへの援護射撃を繰り出した。
「バスヘルク侯爵家で働いているものたちのうち、数人を王城へ移した。彼らはみな、真冬も冷たい水で体を洗い、日々空腹に耐えながら働き、朝日どころか夕日とも無縁な薄暗い部屋を与えられ、だがそれを嘆けば『寝食を保証してもらっておきながら怠けようとする身の程知らずへの罰だ』と、鞭打たれた旨を証言している」
「──そう、日々の食事も満足に与えず、それらへの不満を口にする下仕えに体罰を与え、恐怖による支配を行なっていたこと。まさに人間の尊厳を踏みにじる振る舞いと言わざるをえない……貴殿にこそ罰が必要というもの」
「な……なっ……我が家の使用人を勝手に連れ去るとは、暴挙にも程がございます!」
「王妃よ、このものには道理が通じぬようだ」
「そのようでございます、嘆かわしいこと。──衛兵、このものを王宮の地下監獄へ。尋問すると同時に、屋敷の労働者たち全員の健康状態を、王宮の医師団に一人ずつ診察させなさい。……芳しくないものが現れた場合は……陛下より正式な処罰を」
「待っ……お待ちください!私は適正に使用人を使役してきただけなのです!──離せ、このっ……助けてくれ、誰か!」
足掻いても、衛兵たちは無言で脇を抱えるように引きずって退場させてゆく。バスヘルク侯爵は悲鳴の余韻を残して姿を消した。
あとに残された貴族たちは、明日は我が身か、粛清の始まりかと、なんとも言えない顔つきをしている。
それを素知らぬ顔で、国王は温厚そうな声音に変えてヴィクトリアへ語りかけた。
「──王妃よ、バスヘルク侯爵家から連れ出した使用人たちは戻すのも哀れだ。王城で働かせよう」
「ええ、そのように致しましょう。陛下のご温情をありがたく存じますわ」
「みなのもの、貴族としての義務と責任を放棄し、人を人として扱わぬ行ないは、今後王家が正してゆくことを、ここにおいて宣言する」
──これでいい。隠蔽する隙など与えないために、敢えて祝いの場を断罪に利用した。
ここで、気まずくなった夜会のなか、一人の女性が声を上げた。
「王妃殿下には、よく勤めを果たされましたことと畏れながら申し上げます。バスヘルク侯爵家は元より黒い噂の絶えない家門でございましたもの、私自身もあの家の話は耳にしておりました」
貴族の情報通、社交界を仕切るセイナダ夫人がヴィクトリアを褒め称え同調する。
すると、場内はバスヘルク侯爵家の話題で盛り上がり始めた。
「あの家門では、領民から不作の年でも根こそぎ収奪していたと聞くからな」
「まあ、それでは冬を越せません」
「私も聞いたことがあるぞ。それでも、領地から逃げようとすると一家の父を見せしめにしていたらしい」
「飢えて死するよりも惨いことですわね……ああした輩は、この機会に厳しく取り締まって頂きたいわ」
「しかし、尋問されて正直に話すかどうか」
──王宮の地下監獄における尋問というのは、拷問して罪を認めさせるものなのだけれど……その内実は知られれば貴族派からの反発を生むから、明かすべきものではないし。
ヴィクトリアとしては、王家に背く貴族など面倒でしかないから余計なことは言わない。
セイナダ夫人の気働きで夜会も活気を取り戻したところだ。自分も周りも、せいぜい楽しんでいればいい。バスヘルク侯爵の罪は夜会の終わりごろにもなれば判明する。
「ヴィクトリア、一曲踊ってもらえるかな?」
国王からの甘い誘いに、目を細める。
「ええ、もちろんです」
「──曲を。ゆったりと楽しめるものを演奏してくれ」
国王の言葉で、優雅なダンスが始まる。国王の巧みなリードに加え、ヴィクトリアの艷麗なステップと所作が遺憾なく発揮され、踊るものも眺めるものも、一様に国王夫妻の美しさが目に焼きついた。
「神に愛されたご夫婦ですわね……」
「本当に。国王夫妻がご健在のうちは、王国もますます栄えてゆくばかりでしょう」
うっとりと溜め息を漏らす人々を、国王がちらりと見やってヴィクトリアの耳もとに囁く。
「みなが君に見惚れているみたいだ」
「わたくしを見ているのだと致しましたら、それは陛下のリードが引き立ててくださっているからでしょう」
「それは気のせいだ。──君がまだ成人していないことが惜しい。若年での妊娠と出産はさせられないからね」
「……足を踏みますわよ?」
ヴィクトリアとしては、初夜について好奇心もあったのだ。しかし、国王は彼女を大事に思うがゆえに我慢を選び、お預けとなってしまった。寝室こそ一緒だが、ベッドも別だ。
国王がそうさせた理由が、「一緒のベッドでは理性が欲求に負けるかもしれない」とあっては、ヴィクトリアもさすがに「負ければよろしい」とも言えない。
「──二曲続けて踊ったことだし、少し座って休むといい。飲みものはレモネードでいいかな?」
「はい、陛下」
国王もヴィクトリアと付き合ううちに、すっかり彼女の好みを覚えてしまった。椅子を勧めて座らせ、給仕からレモネードのグラスを受け取り手渡す。
国王が王妃に甲斐甲斐しく尽くす姿は、前国王の頃を知るものからすれば目を疑う。しかし、どこか微笑ましい。
そうして、周りに見せつけるように二人が睦まじくしていると、やがてバスヘルク侯爵家を調べていたものが報告に上がった。
「国王陛下と王妃殿下に申し上げます、その……屋敷の使用人全員を調査した結果が出ましたが……」
「……なにか言いにくそうね?」
「このような晴れやかな場にはふさわしくないと思われる実態ですが……」
「構わないわ、包み隠さず話してよろしい」
「はい、……聞くところによりますと、使用人に与えられた食事は常に、屋敷の一族に出された食事の食べ残しで作ったスープと、薄いパン一切れだったそうです」
「……そのようなもので、どう味つけをするの」
「それが……憚りながら申し上げます、皿に残っていたドレッシングやソースをかき集め、使用人のスープ鍋に余さず入れていたとのことです」
「それが、味つけだというのか?」
あまりのことに国王が憤り、ヴィクトリアは惨状に呆れた。
──残飯で作ったスープとは、これはまた予想を越えてきたものだこと。
「スープの具材は残り物だけかしら?どう考えても、屋敷の使用人全員に行き渡るほどの残り物は出ないでしょう」
「仰せの通りでございます……野菜を剥いた皮や、家畜の臓物を加え……かさ増しをしていたようです」
──家畜でも、もっとまともな餌を食べているでしょうに。
これは、あまりにも醜いことだとヴィクトリアは考える。国と民が健やかであれと決めたことに、従うべき貴族が小狡い抜け道を掘って、より使用人たちを虐げるようになるとは。
かろうじて声を荒らげるのをこらえた国王が、一番大事なことを訊ねた。
「……それで、使用人たちの健康状態は?」
「一家の専属に就けておりましたものはともかく、雑務で下働きをしているものは、仕事着で隠れている腕や足、胴体に栄養失調の他にも鞭打ちの傷痕が見受けられました。貧血のものと脱水症のものも少なくございません。……かなり劣悪な環境で労働に従事させられていたと思われます」
──処罰内容は決めた、もう他に思いつかない。
「……陛下、わたくしから言い渡してもよろしいでしょうか?」
「ああ、おそらく同じことを考えている」
もはや、二人とも無表情になっている。怒りを共にして心はひとつだ。
「ありがたく存じます。──では、言い渡す。爵位を剥奪して、一家は皆もれなく二度とものを味わえないように舌を切り、修道院へ送りなさい。残された命全てを贖罪に使わせること。家長は特に許しがたいため、両手も切り落とすように」
──斬首で全てを終わらせてあげることなど、生ぬるい。苦しみながら働いていたものたちの分を、しっかり苦しませて、恥辱と絶望のうちに生きて果ててもらわなくては。
「王妃の決定に異存はない。──バスヘルク侯爵家の領地は、王家が引き受ける。のちに健全な運営ができる家門へと引き渡そう」
国王が厳かに肯定して、バスヘルク侯爵家の処分は決定された。
このやり取りは、夜会を邪魔しないように──間近にいるものには聞こえるように──ひっそりと交わされたもので、後日、密やかに言い広められることとなる。
死罪にしないことは貴族への温情だ。
高位貴族であれど、容赦なく切り捨てる。
そうした両極端な意見がぶつかるなか、──王妃ヴィクトリアへの受けとめかたにも、明らかな意見の食い違いが生まれた。
あるものは国の頂点に立つ貴婦人と讃え、あるものは国を傾ける過激な毒婦と忌み嫌う。
それが顕著になった──ヴィクトリアへの悪意の方が剥き出しになったのが、彼女に宛てて届けられた一通の書簡だった。
しかし、それを享受して満足するヴィクトリアではない。
「王国に輝ける太陽と月にご挨拶申し上げます。本日は誠に喜ばしく、尊い日となりました。王国には王室の威信が必要でごいましょう。国王陛下と王妃殿下があまねく国民を照らしてくださいますことを確信しております」
へこへこと媚びへつらい、たるんだ顔を歪ませて笑いながら挨拶に来たのは、バスヘルク侯爵家の当主である中年男性だ。
ヴィクトリアは言葉を最後まで聞いたのち、冷ややかに口を開いた。
「バスヘルク侯爵の屋敷では……仕えているものたちに対し、休日に与える食事の分だけ、平日の食事で量と質を落としたことは話に聞き及んでいます。──これは、人間の尊厳を踏みにじる行為だと思い知りなさい」
いきなり始まった公開処刑である。一気に場内がざわついた。誰もが忙しなく視線を交わして、不穏な空気に変わり果てる。
国王は言うまでもなく、あらかじめ承知している。これは王妃ヴィクトリアの手始めなのだ。どのような言葉を繰り出してくれるか、むしろ楽しみにして見ている。──顔にこそ出さないで、ヴィクトリアと同様に厳しい面持ちを保っているものの。
「な、なにを突然言い出すのですか?私が王妃殿下の出自よりも低い身分だからといって、公衆の面前で侮辱されるとは、一国の王妃としての品位が問われますが!」
「わたくしは貴殿が振るった事実を言葉にしたのみです。国の定めに従わずして貴族を名乗ろうとは」
「──そのような罪の証拠などございません!」
「証拠?──陛下、証拠さえあれば彼は罪を認めるそうですわ」
おもむろに国王へ向けて話を振ったヴィクトリアが、見た目の楚々とした印象からかけ離れ、あまりにも雄々しく堂々としていて「前王妃よりも恐ろしい……」と囁きが漏れる。
国王は笑いを堪えて渋面を作ることに苦心しつつ、バスヘルク侯爵家当主に向かってヴィクトリアへの援護射撃を繰り出した。
「バスヘルク侯爵家で働いているものたちのうち、数人を王城へ移した。彼らはみな、真冬も冷たい水で体を洗い、日々空腹に耐えながら働き、朝日どころか夕日とも無縁な薄暗い部屋を与えられ、だがそれを嘆けば『寝食を保証してもらっておきながら怠けようとする身の程知らずへの罰だ』と、鞭打たれた旨を証言している」
「──そう、日々の食事も満足に与えず、それらへの不満を口にする下仕えに体罰を与え、恐怖による支配を行なっていたこと。まさに人間の尊厳を踏みにじる振る舞いと言わざるをえない……貴殿にこそ罰が必要というもの」
「な……なっ……我が家の使用人を勝手に連れ去るとは、暴挙にも程がございます!」
「王妃よ、このものには道理が通じぬようだ」
「そのようでございます、嘆かわしいこと。──衛兵、このものを王宮の地下監獄へ。尋問すると同時に、屋敷の労働者たち全員の健康状態を、王宮の医師団に一人ずつ診察させなさい。……芳しくないものが現れた場合は……陛下より正式な処罰を」
「待っ……お待ちください!私は適正に使用人を使役してきただけなのです!──離せ、このっ……助けてくれ、誰か!」
足掻いても、衛兵たちは無言で脇を抱えるように引きずって退場させてゆく。バスヘルク侯爵は悲鳴の余韻を残して姿を消した。
あとに残された貴族たちは、明日は我が身か、粛清の始まりかと、なんとも言えない顔つきをしている。
それを素知らぬ顔で、国王は温厚そうな声音に変えてヴィクトリアへ語りかけた。
「──王妃よ、バスヘルク侯爵家から連れ出した使用人たちは戻すのも哀れだ。王城で働かせよう」
「ええ、そのように致しましょう。陛下のご温情をありがたく存じますわ」
「みなのもの、貴族としての義務と責任を放棄し、人を人として扱わぬ行ないは、今後王家が正してゆくことを、ここにおいて宣言する」
──これでいい。隠蔽する隙など与えないために、敢えて祝いの場を断罪に利用した。
ここで、気まずくなった夜会のなか、一人の女性が声を上げた。
「王妃殿下には、よく勤めを果たされましたことと畏れながら申し上げます。バスヘルク侯爵家は元より黒い噂の絶えない家門でございましたもの、私自身もあの家の話は耳にしておりました」
貴族の情報通、社交界を仕切るセイナダ夫人がヴィクトリアを褒め称え同調する。
すると、場内はバスヘルク侯爵家の話題で盛り上がり始めた。
「あの家門では、領民から不作の年でも根こそぎ収奪していたと聞くからな」
「まあ、それでは冬を越せません」
「私も聞いたことがあるぞ。それでも、領地から逃げようとすると一家の父を見せしめにしていたらしい」
「飢えて死するよりも惨いことですわね……ああした輩は、この機会に厳しく取り締まって頂きたいわ」
「しかし、尋問されて正直に話すかどうか」
──王宮の地下監獄における尋問というのは、拷問して罪を認めさせるものなのだけれど……その内実は知られれば貴族派からの反発を生むから、明かすべきものではないし。
ヴィクトリアとしては、王家に背く貴族など面倒でしかないから余計なことは言わない。
セイナダ夫人の気働きで夜会も活気を取り戻したところだ。自分も周りも、せいぜい楽しんでいればいい。バスヘルク侯爵の罪は夜会の終わりごろにもなれば判明する。
「ヴィクトリア、一曲踊ってもらえるかな?」
国王からの甘い誘いに、目を細める。
「ええ、もちろんです」
「──曲を。ゆったりと楽しめるものを演奏してくれ」
国王の言葉で、優雅なダンスが始まる。国王の巧みなリードに加え、ヴィクトリアの艷麗なステップと所作が遺憾なく発揮され、踊るものも眺めるものも、一様に国王夫妻の美しさが目に焼きついた。
「神に愛されたご夫婦ですわね……」
「本当に。国王夫妻がご健在のうちは、王国もますます栄えてゆくばかりでしょう」
うっとりと溜め息を漏らす人々を、国王がちらりと見やってヴィクトリアの耳もとに囁く。
「みなが君に見惚れているみたいだ」
「わたくしを見ているのだと致しましたら、それは陛下のリードが引き立ててくださっているからでしょう」
「それは気のせいだ。──君がまだ成人していないことが惜しい。若年での妊娠と出産はさせられないからね」
「……足を踏みますわよ?」
ヴィクトリアとしては、初夜について好奇心もあったのだ。しかし、国王は彼女を大事に思うがゆえに我慢を選び、お預けとなってしまった。寝室こそ一緒だが、ベッドも別だ。
国王がそうさせた理由が、「一緒のベッドでは理性が欲求に負けるかもしれない」とあっては、ヴィクトリアもさすがに「負ければよろしい」とも言えない。
「──二曲続けて踊ったことだし、少し座って休むといい。飲みものはレモネードでいいかな?」
「はい、陛下」
国王もヴィクトリアと付き合ううちに、すっかり彼女の好みを覚えてしまった。椅子を勧めて座らせ、給仕からレモネードのグラスを受け取り手渡す。
国王が王妃に甲斐甲斐しく尽くす姿は、前国王の頃を知るものからすれば目を疑う。しかし、どこか微笑ましい。
そうして、周りに見せつけるように二人が睦まじくしていると、やがてバスヘルク侯爵家を調べていたものが報告に上がった。
「国王陛下と王妃殿下に申し上げます、その……屋敷の使用人全員を調査した結果が出ましたが……」
「……なにか言いにくそうね?」
「このような晴れやかな場にはふさわしくないと思われる実態ですが……」
「構わないわ、包み隠さず話してよろしい」
「はい、……聞くところによりますと、使用人に与えられた食事は常に、屋敷の一族に出された食事の食べ残しで作ったスープと、薄いパン一切れだったそうです」
「……そのようなもので、どう味つけをするの」
「それが……憚りながら申し上げます、皿に残っていたドレッシングやソースをかき集め、使用人のスープ鍋に余さず入れていたとのことです」
「それが、味つけだというのか?」
あまりのことに国王が憤り、ヴィクトリアは惨状に呆れた。
──残飯で作ったスープとは、これはまた予想を越えてきたものだこと。
「スープの具材は残り物だけかしら?どう考えても、屋敷の使用人全員に行き渡るほどの残り物は出ないでしょう」
「仰せの通りでございます……野菜を剥いた皮や、家畜の臓物を加え……かさ増しをしていたようです」
──家畜でも、もっとまともな餌を食べているでしょうに。
これは、あまりにも醜いことだとヴィクトリアは考える。国と民が健やかであれと決めたことに、従うべき貴族が小狡い抜け道を掘って、より使用人たちを虐げるようになるとは。
かろうじて声を荒らげるのをこらえた国王が、一番大事なことを訊ねた。
「……それで、使用人たちの健康状態は?」
「一家の専属に就けておりましたものはともかく、雑務で下働きをしているものは、仕事着で隠れている腕や足、胴体に栄養失調の他にも鞭打ちの傷痕が見受けられました。貧血のものと脱水症のものも少なくございません。……かなり劣悪な環境で労働に従事させられていたと思われます」
──処罰内容は決めた、もう他に思いつかない。
「……陛下、わたくしから言い渡してもよろしいでしょうか?」
「ああ、おそらく同じことを考えている」
もはや、二人とも無表情になっている。怒りを共にして心はひとつだ。
「ありがたく存じます。──では、言い渡す。爵位を剥奪して、一家は皆もれなく二度とものを味わえないように舌を切り、修道院へ送りなさい。残された命全てを贖罪に使わせること。家長は特に許しがたいため、両手も切り落とすように」
──斬首で全てを終わらせてあげることなど、生ぬるい。苦しみながら働いていたものたちの分を、しっかり苦しませて、恥辱と絶望のうちに生きて果ててもらわなくては。
「王妃の決定に異存はない。──バスヘルク侯爵家の領地は、王家が引き受ける。のちに健全な運営ができる家門へと引き渡そう」
国王が厳かに肯定して、バスヘルク侯爵家の処分は決定された。
このやり取りは、夜会を邪魔しないように──間近にいるものには聞こえるように──ひっそりと交わされたもので、後日、密やかに言い広められることとなる。
死罪にしないことは貴族への温情だ。
高位貴族であれど、容赦なく切り捨てる。
そうした両極端な意見がぶつかるなか、──王妃ヴィクトリアへの受けとめかたにも、明らかな意見の食い違いが生まれた。
あるものは国の頂点に立つ貴婦人と讃え、あるものは国を傾ける過激な毒婦と忌み嫌う。
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