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東国の隠者
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裁判はひと通り終えたものの、フレンセッツ公爵夫人が貴婦人たちに飲ませていた幻覚剤について、ヴィクトリアは薬を扱う能力で大体を見抜いていたが、公的にも詳らかにさせる必要があった。
そこで、王家の調査機関と貴族相手の民間機関の両方に調べさせることにした。
結果は真っ黒である。
「陛下、フレンセッツ夫人の用いた幻覚剤は、効いている間の記憶がほぼ残らず、曖昧に楽しかったものとだけ思い出されるようです。──ですが、麻薬でございますもの」
「ああ、ひと時の愉悦を再び求める依存性はあるだろう」
「はい。そして、副作用として貴婦人たちは少しずつ理性や知性を鈍らせてゆき──愚鈍でフレンセッツ夫人に従順な人形となったそうですわ。それは、標的にされたのが、貴族の家門の女主人だったことが問題となります」
「……しかも、前王妃もまた操られた、と」
「どうやら、貴族派の闇は深そうですわね」
「──しかし、前王妃は処刑されて今は存在しないことが救いともいえる。今回の君の働きにより、貴族派の連中を弱体化させることもできた。──あとは」
「フレンセッツ公爵家、この悪の温床だった家門への対応でございましょう」
「……裁判では爵位の剥奪および、家長の終生懲役刑に夫人は地下監獄への幽閉、他の家族は皆修道院へ送ること、という判決だったな。──元公爵家夫妻には、改めて罪に問うべきか」
「国家転覆罪に問えるかと存じます。そのためには、前王妃が幻覚剤中毒だったという事実を公表しなければなりませんが……」
「フレンセッツ夫人の悪意により中毒に陥った、という事実は伏せたいところだ。国民からの同情を、今さら前王妃に与えたくはないからね」
「わたくしも同様に考えておりますわ、陛下。──フレンセッツ夫人と前王妃は共謀関係にあったと、そのように断定いたします」
──前王妃は自ら進んで幻覚剤の使用を好んだとすること、フレンセッツ夫人は求めに応じつつ、それを利用したということ。
その意図は、国王にも正確に伝わったらしい。
「では、フレンセッツ夫妻には、減刑して欲しくばとそそのかすことにしよう。そうすれば都合のいい自白が得られるからね」
「ご賢明な判断でございます」
──それなら、私が夫妻に薬を用いて操る必要もない。国王に任せられるから、余計な労力もかけずに済む。
とことん労力の搾取を嫌うヴィクトリアは健在だ。
──さて、私が伴侶と認めた殿方には、末永く賢王として君臨してもらわなくては。不穏分子の排除は怠れない。
「──では、ヴィクトリア。これからフレンセッツ夫人への尋問を命じ、誘導させる」
「お任せいたします」
そうして、手荒な尋問を速やかに行なった結果、二人は有利なカードを手に入れられた。
フレンセッツ夫人は声を震わせながら、こう自白したのだ。
「嫡出の王子という手駒を持つ王妃を御せれば、私たち貴族派が……その主たるフレンセッツ公爵家が、未来の国王をも傀儡にできると目論んだのです……」
これで、王家をいいように操ろうとする全ての貴族派を潰す名目ができたことになる。
彼らの断罪を翌日に控えた夜、国王とヴィクトリアは私室で二人きり、グラスを合わせて秘密の祝杯を挙げ、薄闇の微笑みを交わしたのだった。
「それにしても、王太子だった頃は腐敗を待つ爛熟した国だと認識していたものの、いざ即位してみれば……もはや腐敗の広まった国だと痛感させられた」
「陛下が憂うことは至極当然のことと存じます。……ですが、陛下がその腐敗を取り除き、新生を促してまいりましたこともまた真実ですわ。そして陛下には、わたくしが傍におります。陛下の后として、わたくしがお支えしてゆく限り、王国に日没はございません」
「ヴィクトリア……そうだね、他でもない君がいてくれる。賢明な君ならば、私を愚かものにはしない」
「もちろんです。力を尽くしますので、心を平らかにお保ちくださいませ」
「頼もしいな、君は」
うっとりと見つめ合い、そして二人は引き寄せられるように、そっと唇を重ねて抱き合った。
深い夜が明けた翌日には、フレンセッツ夫妻の断罪がつつがなく執り行われ、かろうじて生かされていた彼らは衆目のもと火刑に処された。
これで、国王やヴィクトリアを脅かすような有力貴族は根絶したことになる。
国民は現国王と王妃への信任が厚い。残される課題は腐敗が進んでいた国の立て直しと外交となった。
その立て直しの一環である国の施策について、フレンセッツ家のことも過去にして落ち着いた頃、国王からヴィクトリアへと告げられた。
「ヴィクトリア、君の提案してくれたことだけれど──平民でも学習意欲と能力さえあれば、その日暮らしで貧困にあえぐ日々から、学びの機会を与えて安定した仕事に就けるようにする、そのための施設が、まず王都で完成した」
「それは喜ばしいことですわ、陛下の助力なしでは成し遂げられぬことでした。心よりの感謝を」
「私も民の暮らしをより良くしたい気持ちは同じだ。──それで、開校式には私たちも出席を望まれているのだが、どうかな」
「ええ、ぜひ陛下と出席したく存じます。民はどれほど喜ぶことでしょう」
平民たちのための職業学校の誕生だ。
就労意欲があり、学びを得れば働ける身体を持つものならば、性別や年齢を問わず通えるように国が支援する。
飲み込みの早い優秀な学生は、さらなる技術の習得を目的として、勉強を続けながら専門職に就いて働けることになった。これで、学生でも日々の生活費を稼げる。
国民は大いに喜び、開校式には多くの志願者が祝うため、学校前の広場に集まった。
「前国王の時代っていえば、『今日はパンとスープにありつけるか』なんて毎日頭を悩ませて、明日のことは憂鬱でさ、考えたくもなかったのになあ」
「まったくだよ、それがどうだ?今の国王陛下と王妃殿下は、常に平民の暮らしを思いやってくださるじゃないか。ありがたい話だ」
「あたしも頑張って勉強したら、毎日焼きたてのパンが買えるようになるのかな?」
「そりゃ、お前さんの頑張り次第だ。女でも子どもでも学校に通えるからな!」
集まった民の表情は希望に満ちていて明るい。控えの間から見下ろしたヴィクトリアは、満足そうに笑みを浮かべた。
──もう過去のように、王家の威信も失墜することはない。これからは私たちの時代なのだから。
「目には見えない疫病さえも退治してくだすったご夫妻だ、お二人がいなされば、この国はもっと良くなるだろうよ」
「国王陛下、王妃殿下、ありがとうございます!」
「お礼を言うのが早いよ、あんた。お姿を前にしてから叫びなさいな」
「それもそうだ。嬉しくて、つい」
「早くお姿を拝みたいねえ」
「ヴィクトリア、国民たちは待ちかねているようだ。──そろそろ姿を見せようか」
陛下がエスコートの手を差し出す。手を重ねようとした、そのとき──側近のものがお窺いを立ててきた。
「国王陛下ならびに王妃殿下へ、貴賓としてお越しくださいました方よりご挨拶を申し上げたいと」
「……大丈夫だ、──通しなさい」
「かしこまりました。──こちらでございます、お足もとお気をつけて、どうぞ」
陛下の最側近が緊張した様子を見せているところから、ヴィクトリアも相手は重要な人物と察する。
「初めまして、シャオギャ帝国よりまいりました、ワン・スーインと申します」
柔らかな物腰で、独特な作法の礼をしてみせた男性は、陛下とそう年齢差もなさそうだった。艶やかな黒髪に黒い瞳が、王国ではほとんど見ない色だ。
衣装も帝国の皇族が着用する正装で、赤い織物に金糸の刺繍が、たいそう鮮やかに彼を際立たせている。
──ワン・スーインというと東国シャオギャ帝国の第四皇子にあたる人ね。生と死の狭間で見た記憶がある。確か、あの時にはもう外交を任されていた。
何しろ、あの狭間には飽きるほど滞在していたので、そうした各国の細かい部分まで見て頭に入れてある。
「即位してからお会いするのは初めてですね。これからも友好な関係を築けるよう望みます」
陛下がなごやかに語りかけるのを確かめて、ヴィクトリアも口を開いた。
「初めてお目にかかります。お会いできて光栄です」
しかし、ヴィクトリアが臆することもなく挨拶すると、スーインが僅かに意外そうな面持ちで彼女を見つめた。
「……?失礼いたしますが、いかがなさいましたか?」
眼差しには、どうにも違和感を感じるし不躾なものにも受け取れる。それを暗に伝えることとしたが、しかし相手は余計に驚いた顔をした。
「いえ……申し訳ございません。王妃殿下の堂々たるご様子が、我が国に伝わってきたご令嬢時代の噂とは……あまりにも異なるものでしたので」
「……噂とは火のないところには立ちませんが、代わりに尾ひれがつくことが常でございますわ」
貴賓に対して無礼ではあるが、ちくりと嫌味を言ってみせる。これは王国の王妃としての牽制でもある。
──噂ごときに踊らされた第四皇子。外交を担う身でありながら、軽々たる言動……ここは釘を刺しておかなければ。
「心よりお詫び申し上げます、──王妃殿下のおっしゃる通りです。この祝いの場にはふさわしくない内容の噂でもございましたし、母国に戻りましたら私の口から訂正いたしましょう」
「お気になさらず。伝聞で揺るぐ身ならば、今この場に立ててはおりませんので」
「まこと、そのようでございます」
「ワン・スーイン殿。我が后の良からぬ噂を耳にされたようではあるが、こうして対面を果たせば真実も見えたというものでしょう」
国王が、スーインとヴィクトリアをとりなしているのか、単にヴィクトリアを援護しているのか分かりかねる言葉で場をまとめる。──いい加減、国民たちの前に出なければ待たせすぎになる。
「国王陛下には、お言葉の通りと存じました。──では、挨拶を長引かせてしまいましたことをお許しください」
そう言ってスーインは丁重なお辞儀をして見せ、その場から離れた。微妙な空気が漂ったものの、そこはヴィクトリアが国王の腕に自らの腕を絡めて強引に変えた。
「まいりましょう、陛下」
「──ああ、我が后、ヴィクトリア。祝福の時間だ」
腕を組み、ゆったりと歩を進めて登場する。国王が歓声を上げて沸き立った。
その歓喜を目にして充足感をおぼえる二人だったが、しかし──ワン・スーインという皇子が、ここで片付けられる男ではなかったと、あとで知ることとなる。
「王妃殿下……ヴィクトリア妃殿下は……私の知る彼女とは……思い描いてきた彼女は間違いなく……」
片隅に臨席するスーインの独白は、民衆の大歓声でかき消され、誰の耳にも届かなかった。
そこで、王家の調査機関と貴族相手の民間機関の両方に調べさせることにした。
結果は真っ黒である。
「陛下、フレンセッツ夫人の用いた幻覚剤は、効いている間の記憶がほぼ残らず、曖昧に楽しかったものとだけ思い出されるようです。──ですが、麻薬でございますもの」
「ああ、ひと時の愉悦を再び求める依存性はあるだろう」
「はい。そして、副作用として貴婦人たちは少しずつ理性や知性を鈍らせてゆき──愚鈍でフレンセッツ夫人に従順な人形となったそうですわ。それは、標的にされたのが、貴族の家門の女主人だったことが問題となります」
「……しかも、前王妃もまた操られた、と」
「どうやら、貴族派の闇は深そうですわね」
「──しかし、前王妃は処刑されて今は存在しないことが救いともいえる。今回の君の働きにより、貴族派の連中を弱体化させることもできた。──あとは」
「フレンセッツ公爵家、この悪の温床だった家門への対応でございましょう」
「……裁判では爵位の剥奪および、家長の終生懲役刑に夫人は地下監獄への幽閉、他の家族は皆修道院へ送ること、という判決だったな。──元公爵家夫妻には、改めて罪に問うべきか」
「国家転覆罪に問えるかと存じます。そのためには、前王妃が幻覚剤中毒だったという事実を公表しなければなりませんが……」
「フレンセッツ夫人の悪意により中毒に陥った、という事実は伏せたいところだ。国民からの同情を、今さら前王妃に与えたくはないからね」
「わたくしも同様に考えておりますわ、陛下。──フレンセッツ夫人と前王妃は共謀関係にあったと、そのように断定いたします」
──前王妃は自ら進んで幻覚剤の使用を好んだとすること、フレンセッツ夫人は求めに応じつつ、それを利用したということ。
その意図は、国王にも正確に伝わったらしい。
「では、フレンセッツ夫妻には、減刑して欲しくばとそそのかすことにしよう。そうすれば都合のいい自白が得られるからね」
「ご賢明な判断でございます」
──それなら、私が夫妻に薬を用いて操る必要もない。国王に任せられるから、余計な労力もかけずに済む。
とことん労力の搾取を嫌うヴィクトリアは健在だ。
──さて、私が伴侶と認めた殿方には、末永く賢王として君臨してもらわなくては。不穏分子の排除は怠れない。
「──では、ヴィクトリア。これからフレンセッツ夫人への尋問を命じ、誘導させる」
「お任せいたします」
そうして、手荒な尋問を速やかに行なった結果、二人は有利なカードを手に入れられた。
フレンセッツ夫人は声を震わせながら、こう自白したのだ。
「嫡出の王子という手駒を持つ王妃を御せれば、私たち貴族派が……その主たるフレンセッツ公爵家が、未来の国王をも傀儡にできると目論んだのです……」
これで、王家をいいように操ろうとする全ての貴族派を潰す名目ができたことになる。
彼らの断罪を翌日に控えた夜、国王とヴィクトリアは私室で二人きり、グラスを合わせて秘密の祝杯を挙げ、薄闇の微笑みを交わしたのだった。
「それにしても、王太子だった頃は腐敗を待つ爛熟した国だと認識していたものの、いざ即位してみれば……もはや腐敗の広まった国だと痛感させられた」
「陛下が憂うことは至極当然のことと存じます。……ですが、陛下がその腐敗を取り除き、新生を促してまいりましたこともまた真実ですわ。そして陛下には、わたくしが傍におります。陛下の后として、わたくしがお支えしてゆく限り、王国に日没はございません」
「ヴィクトリア……そうだね、他でもない君がいてくれる。賢明な君ならば、私を愚かものにはしない」
「もちろんです。力を尽くしますので、心を平らかにお保ちくださいませ」
「頼もしいな、君は」
うっとりと見つめ合い、そして二人は引き寄せられるように、そっと唇を重ねて抱き合った。
深い夜が明けた翌日には、フレンセッツ夫妻の断罪がつつがなく執り行われ、かろうじて生かされていた彼らは衆目のもと火刑に処された。
これで、国王やヴィクトリアを脅かすような有力貴族は根絶したことになる。
国民は現国王と王妃への信任が厚い。残される課題は腐敗が進んでいた国の立て直しと外交となった。
その立て直しの一環である国の施策について、フレンセッツ家のことも過去にして落ち着いた頃、国王からヴィクトリアへと告げられた。
「ヴィクトリア、君の提案してくれたことだけれど──平民でも学習意欲と能力さえあれば、その日暮らしで貧困にあえぐ日々から、学びの機会を与えて安定した仕事に就けるようにする、そのための施設が、まず王都で完成した」
「それは喜ばしいことですわ、陛下の助力なしでは成し遂げられぬことでした。心よりの感謝を」
「私も民の暮らしをより良くしたい気持ちは同じだ。──それで、開校式には私たちも出席を望まれているのだが、どうかな」
「ええ、ぜひ陛下と出席したく存じます。民はどれほど喜ぶことでしょう」
平民たちのための職業学校の誕生だ。
就労意欲があり、学びを得れば働ける身体を持つものならば、性別や年齢を問わず通えるように国が支援する。
飲み込みの早い優秀な学生は、さらなる技術の習得を目的として、勉強を続けながら専門職に就いて働けることになった。これで、学生でも日々の生活費を稼げる。
国民は大いに喜び、開校式には多くの志願者が祝うため、学校前の広場に集まった。
「前国王の時代っていえば、『今日はパンとスープにありつけるか』なんて毎日頭を悩ませて、明日のことは憂鬱でさ、考えたくもなかったのになあ」
「まったくだよ、それがどうだ?今の国王陛下と王妃殿下は、常に平民の暮らしを思いやってくださるじゃないか。ありがたい話だ」
「あたしも頑張って勉強したら、毎日焼きたてのパンが買えるようになるのかな?」
「そりゃ、お前さんの頑張り次第だ。女でも子どもでも学校に通えるからな!」
集まった民の表情は希望に満ちていて明るい。控えの間から見下ろしたヴィクトリアは、満足そうに笑みを浮かべた。
──もう過去のように、王家の威信も失墜することはない。これからは私たちの時代なのだから。
「目には見えない疫病さえも退治してくだすったご夫妻だ、お二人がいなされば、この国はもっと良くなるだろうよ」
「国王陛下、王妃殿下、ありがとうございます!」
「お礼を言うのが早いよ、あんた。お姿を前にしてから叫びなさいな」
「それもそうだ。嬉しくて、つい」
「早くお姿を拝みたいねえ」
「ヴィクトリア、国民たちは待ちかねているようだ。──そろそろ姿を見せようか」
陛下がエスコートの手を差し出す。手を重ねようとした、そのとき──側近のものがお窺いを立ててきた。
「国王陛下ならびに王妃殿下へ、貴賓としてお越しくださいました方よりご挨拶を申し上げたいと」
「……大丈夫だ、──通しなさい」
「かしこまりました。──こちらでございます、お足もとお気をつけて、どうぞ」
陛下の最側近が緊張した様子を見せているところから、ヴィクトリアも相手は重要な人物と察する。
「初めまして、シャオギャ帝国よりまいりました、ワン・スーインと申します」
柔らかな物腰で、独特な作法の礼をしてみせた男性は、陛下とそう年齢差もなさそうだった。艶やかな黒髪に黒い瞳が、王国ではほとんど見ない色だ。
衣装も帝国の皇族が着用する正装で、赤い織物に金糸の刺繍が、たいそう鮮やかに彼を際立たせている。
──ワン・スーインというと東国シャオギャ帝国の第四皇子にあたる人ね。生と死の狭間で見た記憶がある。確か、あの時にはもう外交を任されていた。
何しろ、あの狭間には飽きるほど滞在していたので、そうした各国の細かい部分まで見て頭に入れてある。
「即位してからお会いするのは初めてですね。これからも友好な関係を築けるよう望みます」
陛下がなごやかに語りかけるのを確かめて、ヴィクトリアも口を開いた。
「初めてお目にかかります。お会いできて光栄です」
しかし、ヴィクトリアが臆することもなく挨拶すると、スーインが僅かに意外そうな面持ちで彼女を見つめた。
「……?失礼いたしますが、いかがなさいましたか?」
眼差しには、どうにも違和感を感じるし不躾なものにも受け取れる。それを暗に伝えることとしたが、しかし相手は余計に驚いた顔をした。
「いえ……申し訳ございません。王妃殿下の堂々たるご様子が、我が国に伝わってきたご令嬢時代の噂とは……あまりにも異なるものでしたので」
「……噂とは火のないところには立ちませんが、代わりに尾ひれがつくことが常でございますわ」
貴賓に対して無礼ではあるが、ちくりと嫌味を言ってみせる。これは王国の王妃としての牽制でもある。
──噂ごときに踊らされた第四皇子。外交を担う身でありながら、軽々たる言動……ここは釘を刺しておかなければ。
「心よりお詫び申し上げます、──王妃殿下のおっしゃる通りです。この祝いの場にはふさわしくない内容の噂でもございましたし、母国に戻りましたら私の口から訂正いたしましょう」
「お気になさらず。伝聞で揺るぐ身ならば、今この場に立ててはおりませんので」
「まこと、そのようでございます」
「ワン・スーイン殿。我が后の良からぬ噂を耳にされたようではあるが、こうして対面を果たせば真実も見えたというものでしょう」
国王が、スーインとヴィクトリアをとりなしているのか、単にヴィクトリアを援護しているのか分かりかねる言葉で場をまとめる。──いい加減、国民たちの前に出なければ待たせすぎになる。
「国王陛下には、お言葉の通りと存じました。──では、挨拶を長引かせてしまいましたことをお許しください」
そう言ってスーインは丁重なお辞儀をして見せ、その場から離れた。微妙な空気が漂ったものの、そこはヴィクトリアが国王の腕に自らの腕を絡めて強引に変えた。
「まいりましょう、陛下」
「──ああ、我が后、ヴィクトリア。祝福の時間だ」
腕を組み、ゆったりと歩を進めて登場する。国王が歓声を上げて沸き立った。
その歓喜を目にして充足感をおぼえる二人だったが、しかし──ワン・スーインという皇子が、ここで片付けられる男ではなかったと、あとで知ることとなる。
「王妃殿下……ヴィクトリア妃殿下は……私の知る彼女とは……思い描いてきた彼女は間違いなく……」
片隅に臨席するスーインの独白は、民衆の大歓声でかき消され、誰の耳にも届かなかった。
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