反逆者は凱旋する

藩野真吾

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演習初日

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 一週間後、北方軍を動員した演習が始まった。



 演習の目的は主に練度の向上を掲げていて、その内容とは、行軍と野戦築城に重点をおいた物。
 軍全体での行動はおよそ二年ぶり。蛮族との小競り合いが激化し、慌てて動員がかかった時以来だ。

 夏の猛暑も過ぎ去り、秋の気配も感じられるようになってきた。
 ただ、今日に限っては、良く晴れた空に太陽を遮るものは無く、日光は未だに俺たちの肌を焦がす。日射病で倒れる者も相当出るだろうな。

 急病人が出た時の為に救護所が設置されてはいるが、本番、つまり軍役では隊から落伍すると言う事である。
 それ即ち死を意味するので、その後、隊長や同僚からネタにされることも多い。避けるべき事象だ。

 こういう大規模な催し物は久しぶりで、見物に来た付近の住民も多く、出店まで見える始末。仕方がないので、特別に観覧席が設けられ、好機と見た広報部が募兵活動をしたりもした。

「こんな数の観衆がいることなんて久しぶりだなぁ」

「クィントゥス、多分、今見えているだけじゃないと思うぜ」

「あの山の上でしょう? 小人数だと思いますから、警戒することも......」

 勿論、演習に興味がある者はほかにいる。
 それは紛れもない、「隣人」であった。今もどこからか、こちらをじっと、観察しているのだろう。これほどの軍隊が国境付近で活発に行動しているからには、向こうの斥候も動かざるを得ない。
 程度によっては、動員が向こうでもかかり、俺達は国境でにらみ合うことになる。

 ただ...... まあ、斥候でも煮炊きはすると思うが、煙の目立たないようにするのが普通じゃないか?

「孤立した兵がいたら、こっちの者かどうか確認してから収容しろ。そして夜までに他の部隊に押し付けるんだ」

「了解」

 他所の兵がいるとまずいことになるからな。

 俺たちの仕事は二日目の早朝、隠密裏に敵地に侵攻して兵站施設を攻撃する事。そうして向こうの軍をおびき出し、それを潰すことだ。

 ポルトディヌスから届いた書簡には、「挑発に乗ることは確実」と書かれていた。

 彼曰く、「奴らからしたら、この盆地の終わりにある峠を越えられると、次の防衛拠点はガルダ川まで皆無であり、この峠を放棄することはすなわちガルダからの撤退を意味する」

 らしい。よくわからないが、多分本当なのだろう。



「では、今から日程を伝達する」

 俺がこれから、皆に伝えることは、軍司令官から各大隊長へ、大隊長から小隊長に降りてきたものだった。

「一日目、我らが属する第十五軍団は午前に行軍演習を行い、午後になったら野営地を設定する」
「この小隊は軍団二列目の最右翼を担当する。隊列を組む時は考慮する事」

 帝国の野営地づくりには各軍団の個性が出る。
 例えば西部戦線に属していた軍であれば、防火に気を配り、建屋同士の間隔が広く取られている。
 南方に属しているのであれば、地面を通常より掘り下げて、使用する建材を節約したりすることが多い。

 これは各戦線の特徴が表れた物だ。ただ、いずれにしても、防御力については最大限に気を配られており、その堅牢さは小規模な城壁に相当するとまで言われている。

 ちなみに、俺らの様に北方に属する場合は、とにかく気密性の高い建屋を作ることが特徴だ。
 ガルダ時代の置き土産である。どんな屈強な兵士でも寒さには勝てない。

「二日目、我らの隊は、特別に『森林地帯夜間行軍訓練』を実施する。今日は早めに就寝し、明日に備えろ」

 皆は目に見えて動揺している。それが普通の反応だろう。

 先ず、夜間の行軍なんてやるもんじゃない。理由は単純、迷子になるからだ。
 迷子になろうものなら、幾らかの損害は確実なものになるだろう。ならないとしても、隊列がどうしても伸びる。
 そこを伏兵に襲われたらひとたまりもない。

 しかも森林だ。ただでさえ見通しが悪いのに、どうして迷わずにいられるだろうか?
 そのうえ体力もかなり使う。 兵が憔悴することは間違いないだろう。

 俺もこんな事、やりたくない。
 だって、すごい疲れるし、真夜中にやるもんだから、眠気はいつもと比較にならないほどになると思うから。

 ただ、『やりたいこと』にどうしても必要なのだ。そんなもんだから、やるしかない。

 ......皆には申し訳ないけど。

「第十四軍団の生き残りにして、ガルダの広大な土地が生んだ戦士である君たちならできる! 私は、各々が、それぞれの班長、分隊長、そしてこの小隊長を信じて、演習を無事、遂行することを望む!」

 サクラは、用意した。副長であるクィントゥスを除いて、あの四人。

 マルクス、ガイウス、プブリウス、ルキウス。彼らはこの百人を束ねるための重要な結束点で、それぞれ二十五人ほどを指揮していた。彼らは概ね信頼されていて、他の兵は動きを習うだろうと、そういう意図だった。

 結果から言えば、必要では無かった。

「了解!」

 厚みのある返事が、一つ。いや、一つに聞こえたのだ。個人個人の思考が重なり合い、導かれた結果だった。

 何が彼らをそうさせるのか、少々理解に苦しむ。面倒なことも、困難なことも、承知の上なのだろう。ならなぜ、首を横に振らないのか。なぜ、皆、反対しないのか。

 ......本当になんで? 俺が信頼されてる、ってことなら嬉しいんだけど、なんだか罪悪感がなぁ......



 午前の行軍過程は、一人の落伍者も、病人も出さないで、無事に過程を終了した。

 美味くも不味くもない、ただしょっぱくて、腹持ちのいい飯を喰らった後に、午後には野営地を築き始める。

 掘った土が命の分だと、帝国の兵は皆理解していた。故に掘る。鋭く、深く掘る。



 この『ザバニ盆地』に集結したのは幾度とない激戦を潜り抜けた、歴戦の『第十一軍団』と最近、北方諸都市の人員で新設された『第十五軍団』。前者は西方戦線から急派されて以来、この地に駐屯していた。

 同じく派遣されていたもう一つの軍団は、『第十五軍団』の新設を持って南部戦線に転属されたらしい。

 いずれにしても、そこに『第十四軍団』は存在しない。

 しかし、その生き残りは活動を始めた。
 野営地はとっくのとうに完成し、もう夜も大分更けた所である。
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