さよならは君のために

ゆみ

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ずっと前から好きでした

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「何?まだ上行くの?」
「ちょっと酷くね?俺怪我人なんですけど。」
「ごめん、あとちょっとだから。ほら、サイは腕の筋肉とか凄いし平気でしょ?頑張れ。」

 怪我をした幸人を真ん中にして三人並んで階段をゆっくりと上る。もうすぐ屋上に続くドアが見えるあの場所に着く。
 幸人は踊り場に着くとすぐに直哉に松葉杖を預け、壁際の手すりに寄りかかるように腰掛けた。

「やべー。マジで疲れた。」
「そこに座るか……腰の位置が違い過ぎてもはや異次元。」
「で?わざわざこんなとこまで連れてくるって相当だからね?マユ。」

 帰る前に話がしたいからと二人をこんな所までわざわざ引っ張って来たのはもちろん私だった。

「ごめん、無理言ったのは分かってる。でもどうしても三人で話がしたくて。」
「ここで?三人?」
「うん。」

 直哉と幸人は二人で顔を見合わせると私が話し出すのを待つように静かになった。
 どちらの顔も見る事ができず、足元を見つめながら話し始める。

「私、もう明日から一人で帰ることにしたから。」
「……は?」
「それって、サイの兄ちゃんの車に乗りたくないって事?」
「サイの足がよくなったとしても、一人で。」

 二人はもう一度顔を見合わせると、どちらが先に突っ込むかというように身振り手振りで会話を始めた。

「ごめん、私ナオと友達に戻るには結構時間がかかると思う。だから平気なふりして一緒にいるのはちょっとまだきつい。」
「あぁ、まぁ……それはそうだよね。」
「あと、幸人も。結果的にいろいろ巻き込んで迷惑かけちゃったし。それに私もうこれ以上二人の関係を壊すのが嫌で――」
「ちょい待ち。二人の関係って誰と誰?」

 幸人の大きな声に驚いて視線を上げると、二人と目が合った。二人とも私が思っていた以上に明るい表情をしてこちらを見ている。

「サイと……ナオ。」
「俺ら二人まとめて嫌われた?」
「いや、むしろ男の友情を壊したくないからこっちが身を引くというか、距離を置きたいというか。」
「いやいやいや、ちょっと待て、マユ。」

 幸人は片手を壁について手すりから降り立った。

「ナオと俺の事は気にする必要ない、大丈夫だから。」
「サイ、もういいから全部言っちゃえよ。」
「え?」
「マユに言わなきゃなんないこと、あるだろ?俺はもういいからさ。」

 幸人は困ったようにこちらを見下ろすと、いきなりの事にもごもごと口ごもった。

「その……マユがちゃんとナオとの事納得できるようになるまで待つつもりだったんだけど。」
「サイ、そういうのは私──」
「マユのことずっと前から好きだった。」

 幸人は直哉の目の前であるにも関わらず臆することなく思いを伝えて来た。どういう事かと直哉の顔を見たが直哉の方も顔色一つ変えることなく、むしろ私に対して申し訳なさそうにしながら言い訳を始めた。

「俺は知ってたよ。それに俺とサイの間ではもう話はついてるし、マユと俺は別れた。そうだろ?」

 直哉と別れたからその次は幸人に、そういう風にすぐに気持ちを切り替えられるはずがなかった。それは直哉だって同じはずだ。

 幸人は顔を顰めながら私の隣まで片足で来ると、頭の上にポンと手を置いた。

「ばーか。俺だって今すぐマユと付き合いたいとかそういう事言ってるワケじゃないって。だからナオみたいにいろいろ先の事考えすぎて悩むな。」
「サイの言い方にすげー悪意を感じるんですけど。あ、あと、明日から一緒に帰れないのは俺の方ね。新しい塾決まったんだ。だから今までみたいに二人に付き合ってゆっくり帰る訳にはいかないの。」

 幸人の大きな手が頭の上にあるせいで顔を上げる事ができなかった。直哉がどういう顔をしてこんな事を言っているのかが知りたかった。

「じゃ、そういう事でサイに後は任せた。俺先帰るわ。」
「おう、塾頑張れよ。」

 直哉は一瞬私の方を振り返って何かを言おうとしたが、思い直したのかそのままゆっくりと背を向けると階段を下り始めた。

「さよなら、マユ。」

 階段に直哉の優しい声が響くと、幸人の手がもう一度私の頭の上で動いた。生ぬるい涙が次々と頬を伝う。
 二人にさよならを言うのは私の方だったはずなのに。結局私は二人の優しさに守られるようにして何も言えないまま、ここに立っているだけだった。


「階段って声結構響くのな。この前お前がここでコクられてた時、全部下まで聞こえてたから。」
「じゃ、今のも?」
「多分ね。おまけに今マユひでぇ顔。……という事でしばらく待機。流石にこのまますぐに下りたら恥ずかしいでしょ。」

 幸人は私の肩に手を回すと、顔を近づけてきて耳元で何かを囁こうとした。
 するとタイミングを見計らったかのようにスマホのバイブ音が聞こえた。幸人は大きくため息をつきながらポケットからスマホを取り出すと、観念したようにそれを私の目の前に差し出した。

「さっきからずっと邪魔されてるんだけど、健人に。」
「迎えに来てくれたんじゃないの?」

 幸人はスマホをこちらに向けたままふてくされたように通話ボタンを押した。

「もしもーし?」
『コンビニ前で待ってんだけど。何してんの?』
「今絶賛取り込み中なんですけど。」
『……何?もしかしていい感じだった?マジかぁ……完全に先越されたわ。』
「前から不思議だったんだけどさ、何でお前最初からそっち側なの?」
『知らんわ。』

 笑いを堪えきれず思わず吹き出しそうになった私に向かって幸人は口パクでばーかと言いながらクシャッと笑顔になり、向こうを向いてしばらくの間健人さんと何かを話していた。
 晴れやな幸人のその笑顔がいつかの直哉の笑顔と重なる。

「迎えが来たからそろそろ帰りますか。大丈夫?」
「……しょうがないな。」
「お?いけそう?意外と立ち直り早いじゃん。」

 壁に立てかけてあった松葉杖を幸人に差し出すと、首を振って拒否された。

「持ってて。下りは自信ある。」

 幸人は私をその場に残したまま、手すりを使いながらリズミカルに階段を下り始めた。
 私は両手でもう一度涙を拭くと、幸人の足音が予想以上に響いている狭い踊り場を最後にもう一度見回した。

" ずっと前から好きでした "

 告白されたら必ず何か答えを返さないといけないと思っていた。先が見えないと相手だって次の一歩が踏み出せないから。
 だから同じように、私は直哉にもはっきりとした別れの理由を説明してほしかった。それに納得がいった時、初めて自分も次に向かっていけると信じていた。
 でも幸人は自分の思いを伝えただけで私に答えすら聞こうとはしない。それにきっと長い間足踏みをして同じ場所に留まっていることさえ躊躇わない、そういう何か芯の強さのようなものをこの人は持っている気がした。

「先行くぞー?」

 幸人の呼ぶ声が階段に響いた。いつまでも立ち止まっていないで歩き出せと私を急かすように。
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