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罪悪感
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誰でもいいから話を聞いて欲しい気持ちと罪悪感とがごちゃ混ぜになって、気が付いた時には私は既にコインランドリーの前に立っていた。スーツから着替えたらしい浩史さんは前回見た時と同じようなパーカーにジーンズ姿で背中を丸めてスマホを覗いていた。
「社会人1年目なんて誰だってそんなもんでしょ。」
「やっぱり、そうですよね。」
「俺も。遠距離してた彼女とそういうのあったから。なんとなく向こうの気持ちも分かります。」
「ヒロシさんも遠距離だったんですか?」
「地元九州なんで、九州と東京。結局気が付いた時には自然消滅してました。」
「九州と東京?それはかなりの遠距離ですね。」
「会えないと寂しいって言われてもこっちも仕事休んでまで会いに行く訳にもいかないし。」
「ですよね……。」
「でも距離が距離でしたから。電車で30分っていう君たちとはちょっと違うかな。」
洗濯機のモーター音が低く響く店内で、片隅の椅子に座ったまま浩史さんは静かに話を聞いてくれた。他の利用客も頻繁に出入りする店内は誰にも気を使わなくていい、ほどよくうるさい空間で、私は知らず知らずのうちに全てを洗いざらい話していた。
「あ、でも地元が九州ってことは転勤でここに?」
「そう、たまたまね。本社が東京にあるんで新人研修なんかはそっちでみんな受けるんです。で、そのあと全国にばらばらと異動するシステム。」
「大企業なんですね……。」
「一応上場企業ですから。」
バッグの中でスマホが小さく振動する音がした。誰だろうと思いながら取り出すと画面には佐野の文字が表示されている。佐野悠馬……彼からだ。
「どうぞ、出て。」
浩史さんに目線でお辞儀をしながら声を潜めて悠馬の電話に出る。
「もしもし?」
『沙耶?今どこ?』
「今?」
ちらっと浩史さんの横顔を見る。口パクで” 彼? ”と聞かれたので慌てて頷く。浩史さんは自分もスマホを取り出すとおもむろに画面をタッチして何かをはじめたようだった。
「ちょっと、出かけてるんだけど。」
『そうなんだ。仕事思ったより早く終わったから今そっちに向かってたんだけどさ。』
「え?もう終わったの?どうしよう……」
『……今朝、鍵見つけた。』
「あ……。」
『あれ、どういうこと?直接会って話がしたいんだけど。』
「そう……だよね。でも、ごめん。ちょっとまだ帰れそうにない。」
『……そう。』
「ごめん、ホントに。」
『……別れたいって事?』
「今ちょっとそういう話できる場所じゃないから。」
ちらっと横を見ると浩史さんがスマホから顔を上げてこちらを向いたところだった。何か言いたそうな顔をしているけれど声を掛けるのを遠慮してくれているみたいだ。
『じゃ、後でかけ直して。俺とりあえず家に戻るから。』
「……分かった。」
悠馬がアパートに帰って来る。彼の会社は駅の向こう側だ。私の家に向かっているところだと話していたけれど今どこにいるのかははっきりしなかった。
──どうしよう。このままここにいたら顔を合わせることになる。
「終わった?話。」
「その……彼、鍵に気が付いてたみたいで。仕事終わったから直接会って話がしたいって。」
「そっか。じゃ、今から会うんだ?」
「それが、私の家に向かう途中だったらしくて。今いないって言ったらとりあえずアパートに戻るから電話してほしいって言われました。」
「彼、今どこ?」
「分かりません。多分、ここと駅の間のどこか……。」
「どうしたい?今会って話できそう?」
「どうしたらいいのかわからなくて……ちょっと混乱してます。今日は会う事ないって思ってたから、まだ心の準備が……。」
「じゃ、とりあえず俺の家来る?」
「え?」
いろいろな邪な考えが罪悪感と共に頭の中を過った。浩史さんとお互い黙ったまま静かに見つめ合う。
「……俺の方はもう準備できてるよ。」
「それって……。」
「決めるのは君。迷ってる時間はないんでしょ?」
すぐにスマホを片付けると浩史さんは立ち上がってこちらを振り向いた。
このままコインランドリーにいても、駅の方に歩いて帰っても結局は悠馬に会うことになる。いつかは会って直接話さなければいけないと頭では分かっていても、それがまさか今日になるとは思ってもいなかった。しかもさっきまで浩史さんと話していて改めて気が付いたこともいくつかあって、もう少しだけ考えさせてほしいと思ってしまう自分がいる。
──ごめんね悠馬。私、あなたからどうやって逃げようかって、そんな事ばかり考えるようになってる。
心の中で悠馬に謝りつつ立ち上がると、浩史さんに目で頷いた。
浩史さんは優しい笑顔を見せると、パーカーのポケットに手を突っ込んで私の前を歩き始めた。
彼のアパートの前を通り過ぎ狭い路地を挟んで隣にあるマンションのエントランスまで来ると浩史さんはようやく私の方を振り返った。
「大丈夫?」
何が大丈夫かなんて、聞いてはいけない事のような気がして黙って頷いた。
マンションの自動ドアから中に入ると、浩史さんがカードキーをかざしてオートロックを解除しているのが見えた。
「入って。エレベーターは左の方だから。」
私の後ろに続いた浩史さんはカードキーをポケットに戻すと、苦笑いしながら私の頭をポンと叩いた。
「顔死んでるよ。」
「……綺麗なとこですね。」
「会社によるけどね、家賃補助っていうシステムがあるんですよ。」
「なるほど、さすが大企業。」
エレベーターに乗り込むと、浩史さんは11階のボタンを押した。狭い空間にふんわりと香水のようないい香りが漂った。知らない香りだったけれど、好きだと思った。
「社会人1年目なんて誰だってそんなもんでしょ。」
「やっぱり、そうですよね。」
「俺も。遠距離してた彼女とそういうのあったから。なんとなく向こうの気持ちも分かります。」
「ヒロシさんも遠距離だったんですか?」
「地元九州なんで、九州と東京。結局気が付いた時には自然消滅してました。」
「九州と東京?それはかなりの遠距離ですね。」
「会えないと寂しいって言われてもこっちも仕事休んでまで会いに行く訳にもいかないし。」
「ですよね……。」
「でも距離が距離でしたから。電車で30分っていう君たちとはちょっと違うかな。」
洗濯機のモーター音が低く響く店内で、片隅の椅子に座ったまま浩史さんは静かに話を聞いてくれた。他の利用客も頻繁に出入りする店内は誰にも気を使わなくていい、ほどよくうるさい空間で、私は知らず知らずのうちに全てを洗いざらい話していた。
「あ、でも地元が九州ってことは転勤でここに?」
「そう、たまたまね。本社が東京にあるんで新人研修なんかはそっちでみんな受けるんです。で、そのあと全国にばらばらと異動するシステム。」
「大企業なんですね……。」
「一応上場企業ですから。」
バッグの中でスマホが小さく振動する音がした。誰だろうと思いながら取り出すと画面には佐野の文字が表示されている。佐野悠馬……彼からだ。
「どうぞ、出て。」
浩史さんに目線でお辞儀をしながら声を潜めて悠馬の電話に出る。
「もしもし?」
『沙耶?今どこ?』
「今?」
ちらっと浩史さんの横顔を見る。口パクで” 彼? ”と聞かれたので慌てて頷く。浩史さんは自分もスマホを取り出すとおもむろに画面をタッチして何かをはじめたようだった。
「ちょっと、出かけてるんだけど。」
『そうなんだ。仕事思ったより早く終わったから今そっちに向かってたんだけどさ。』
「え?もう終わったの?どうしよう……」
『……今朝、鍵見つけた。』
「あ……。」
『あれ、どういうこと?直接会って話がしたいんだけど。』
「そう……だよね。でも、ごめん。ちょっとまだ帰れそうにない。」
『……そう。』
「ごめん、ホントに。」
『……別れたいって事?』
「今ちょっとそういう話できる場所じゃないから。」
ちらっと横を見ると浩史さんがスマホから顔を上げてこちらを向いたところだった。何か言いたそうな顔をしているけれど声を掛けるのを遠慮してくれているみたいだ。
『じゃ、後でかけ直して。俺とりあえず家に戻るから。』
「……分かった。」
悠馬がアパートに帰って来る。彼の会社は駅の向こう側だ。私の家に向かっているところだと話していたけれど今どこにいるのかははっきりしなかった。
──どうしよう。このままここにいたら顔を合わせることになる。
「終わった?話。」
「その……彼、鍵に気が付いてたみたいで。仕事終わったから直接会って話がしたいって。」
「そっか。じゃ、今から会うんだ?」
「それが、私の家に向かう途中だったらしくて。今いないって言ったらとりあえずアパートに戻るから電話してほしいって言われました。」
「彼、今どこ?」
「分かりません。多分、ここと駅の間のどこか……。」
「どうしたい?今会って話できそう?」
「どうしたらいいのかわからなくて……ちょっと混乱してます。今日は会う事ないって思ってたから、まだ心の準備が……。」
「じゃ、とりあえず俺の家来る?」
「え?」
いろいろな邪な考えが罪悪感と共に頭の中を過った。浩史さんとお互い黙ったまま静かに見つめ合う。
「……俺の方はもう準備できてるよ。」
「それって……。」
「決めるのは君。迷ってる時間はないんでしょ?」
すぐにスマホを片付けると浩史さんは立ち上がってこちらを振り向いた。
このままコインランドリーにいても、駅の方に歩いて帰っても結局は悠馬に会うことになる。いつかは会って直接話さなければいけないと頭では分かっていても、それがまさか今日になるとは思ってもいなかった。しかもさっきまで浩史さんと話していて改めて気が付いたこともいくつかあって、もう少しだけ考えさせてほしいと思ってしまう自分がいる。
──ごめんね悠馬。私、あなたからどうやって逃げようかって、そんな事ばかり考えるようになってる。
心の中で悠馬に謝りつつ立ち上がると、浩史さんに目で頷いた。
浩史さんは優しい笑顔を見せると、パーカーのポケットに手を突っ込んで私の前を歩き始めた。
彼のアパートの前を通り過ぎ狭い路地を挟んで隣にあるマンションのエントランスまで来ると浩史さんはようやく私の方を振り返った。
「大丈夫?」
何が大丈夫かなんて、聞いてはいけない事のような気がして黙って頷いた。
マンションの自動ドアから中に入ると、浩史さんがカードキーをかざしてオートロックを解除しているのが見えた。
「入って。エレベーターは左の方だから。」
私の後ろに続いた浩史さんはカードキーをポケットに戻すと、苦笑いしながら私の頭をポンと叩いた。
「顔死んでるよ。」
「……綺麗なとこですね。」
「会社によるけどね、家賃補助っていうシステムがあるんですよ。」
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