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帰れない帰したくない
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おにぎり、サンドイッチ、惣菜パンとドーナツ。おまけにサラダとポテトが添えてあった。
「ポテト頼んだら予想外に時間がかかって戻るのが少しだけ遅くなりました。」
「コンビニにいたんですか?もしかしてあのコインランドリーの向かい側の?」
「うん。何かあったらすぐに帰れるように近くの方がいいかと思って。」
「何かって……?」
「泣きながらフラフラ歩いて出てくる女の子とか、包丁持って飛び出してくる男とか?」
「……どんだけ修羅場を想定してたんですか?」
「……」
「それに、彼にはココにいる事なんて話してないですよ。」
「元カレ、ね。まぁそうなんだけど。」
浩史さんはコーヒーをグビグビ飲みながら、鮭おにぎりをあっという間に食べた。おにぎりにコーヒーというおかしな組み合わせを普通にできる人が、自分以外にもこの世の中に存在することを知って正直驚いた。
「何食べる?ドーナツ?」
「……はい。何で分かるんですか?」
「女の子ならコーヒーには甘いものなのかな、って。」
「……浩史さん、モテるでしょ?」
「普通ですけど、まぁ、それなりに。でも沙耶ちゃん程じゃないかと。」
浩史さんの口からはじめて名前を呼ばれたことに驚いて顔を上げると、浩史さんは私の目をじっと見つめながらコーヒーに口を付けた。
「彼氏途切れたことないでしょ?」
「それは……どうでしょう。」
「しかも一度付き合うと割と長続きするんじゃない?」
「普通が分からないんで短いのか長いのかは何とも。」
「最短は?」
「……一週間。」
浩史さんはマグカップをテーブルに置くと、肘をついて両手で顔を覆った。
「一週間?……ハズしたか。」
「高1の時の話ですけどね。」
「じゃ、それはノーカンということで。」
「浩史さんは?どうなんですか?最短記録。」
「……俺の昔の話は……いいでしょ。」
拗ねたようにそう言うと、浩史さんはポテトをつまんで口に放り込んだ。
怒ってはいないようだけど、もしかしたら触れられたくない過去があるのかもしれない。まずいことに触れてしまったかなぁと思いながらドーナツを大人しく食べていると、しばらく静かだった浩史さんの方からまたポツリポツリと話がはじまった。
「でも、どっちかと言うと長く続かない方かも……俺の場合は。」
「そうなんですか。」
「一番長くて、そうだな…半年……かな。」
「半年……。」
高1の時、一週間だけ付き合ったその人は私にできた初めての彼氏だった。その彼とさよならした後はしばらく片思いの期間が続いて、大学に入学すると同時に地元を離れて一人暮らしが始まった。大学一年の時に付き合い始めた人とは一年、その次は悠馬。だから悠馬とはほぼ3年付き合っていた事になる。
経験値が足りなさすぎて、半年という交際期間が長い方なのか短い方なのかは微妙なところかな、と私には思えた。
「大学までは男同士でつるんで馬鹿やってる方が楽しかったから。で、就職すると出会いがない、想像以上に。」
「あー、なるほど。」
「俺の周りの場合就職して2,3年経った頃が最初の結婚ラッシュだね。そいつらだって就職する前から付き合ってたのばっかだし。」
「あの……浩史さんって今入社何年目なんですか?」
「2年目……言ってなかった?」
「多分……聞いてないかと。」
気がついたら浩史さんのおかしな敬語はどこかに消えてしまっていた。
「あー。なんか……久しぶりに仕事以外でこんなに喋った気がする。」
「……」
「どう?まだ泣きたい気分?」
「え?いえ、それはもう……バッグに入れて持ち帰りますから、大丈夫です。ホントありがとうございました。」
「もう帰るの?」
浩史さんは大きな欠伸をすると涙を目にためたままこちらを見上げた。その姿が大きな犬のように見えて思わず笑顔になった。
「はい、帰ります。……まだ目、腫れてますか?」
「目……どうかな?よく分かんない。」
テーブルの向かい側に座っている浩史さんに見えるように少しだけ身体を前に屈めると、浩史さんが手を伸ばしてくるのが見えた。瞼を触ろうとしているような気がして反射的に目を閉じると、暖かくて大きな手が頬に触れ、そのままゆっくりと唇が重ねられた。
「まだ、帰したくない。」
2度、3度と繰り返される優しいキスになぜだか自然と涙が溢れてきた。
こうなることを心のどこかで期待して部屋までついて来たと認めるのは心底嫌だった。
「綺麗だけど……これは何の涙?」
「自分でもよく分かりません。」
親指が何度も頬を流れる涙を優しく拭ってくれる。誰かに優しくされる度に自分が最低な女なんだと思い知らされる。
「まぁそういう時もあるか……。こっちにおいで。」
浩史さんは私の手をひくと、大きなテレビの前にあるソファーまで引き寄せそこに座らせた。ソファーのサイドテーブルにあるリモコンを手に持つと、隣に座ってポンポンと自分の肩を叩く。
「泣きたいなら貸すよ?」
「肩を?」
浩史さんは私の肩を抱き寄せると頭を自分の方にもたれさせた。頭のてっぺん辺りから低い声が聞こえる。
「苦しくない?」
「苦しくはないですけど……。」
「気にしないで泣きつかれたら寝ていいよ。今から俺クソつまんない映画見るから。」
――絶対ソレ気になって泣けないやつじゃん。
出会って間もない年上の男の人に、遊ばれているだけなのかもしれないとうすうす勘付いてはいた。でも浩史さんが相手ならそれでも構わないと思いはじめていた。
とにかく全てを忘れてしまいたい気持ちで、自棄になっていたのかもしれない。
暖かい肩に顔を寄せたまま目を閉じると、頭にキスをされた。私の涙がまだ乾かないうちに、もう悠馬のことが頭の片隅に追いやられて行く。
「ポテト頼んだら予想外に時間がかかって戻るのが少しだけ遅くなりました。」
「コンビニにいたんですか?もしかしてあのコインランドリーの向かい側の?」
「うん。何かあったらすぐに帰れるように近くの方がいいかと思って。」
「何かって……?」
「泣きながらフラフラ歩いて出てくる女の子とか、包丁持って飛び出してくる男とか?」
「……どんだけ修羅場を想定してたんですか?」
「……」
「それに、彼にはココにいる事なんて話してないですよ。」
「元カレ、ね。まぁそうなんだけど。」
浩史さんはコーヒーをグビグビ飲みながら、鮭おにぎりをあっという間に食べた。おにぎりにコーヒーというおかしな組み合わせを普通にできる人が、自分以外にもこの世の中に存在することを知って正直驚いた。
「何食べる?ドーナツ?」
「……はい。何で分かるんですか?」
「女の子ならコーヒーには甘いものなのかな、って。」
「……浩史さん、モテるでしょ?」
「普通ですけど、まぁ、それなりに。でも沙耶ちゃん程じゃないかと。」
浩史さんの口からはじめて名前を呼ばれたことに驚いて顔を上げると、浩史さんは私の目をじっと見つめながらコーヒーに口を付けた。
「彼氏途切れたことないでしょ?」
「それは……どうでしょう。」
「しかも一度付き合うと割と長続きするんじゃない?」
「普通が分からないんで短いのか長いのかは何とも。」
「最短は?」
「……一週間。」
浩史さんはマグカップをテーブルに置くと、肘をついて両手で顔を覆った。
「一週間?……ハズしたか。」
「高1の時の話ですけどね。」
「じゃ、それはノーカンということで。」
「浩史さんは?どうなんですか?最短記録。」
「……俺の昔の話は……いいでしょ。」
拗ねたようにそう言うと、浩史さんはポテトをつまんで口に放り込んだ。
怒ってはいないようだけど、もしかしたら触れられたくない過去があるのかもしれない。まずいことに触れてしまったかなぁと思いながらドーナツを大人しく食べていると、しばらく静かだった浩史さんの方からまたポツリポツリと話がはじまった。
「でも、どっちかと言うと長く続かない方かも……俺の場合は。」
「そうなんですか。」
「一番長くて、そうだな…半年……かな。」
「半年……。」
高1の時、一週間だけ付き合ったその人は私にできた初めての彼氏だった。その彼とさよならした後はしばらく片思いの期間が続いて、大学に入学すると同時に地元を離れて一人暮らしが始まった。大学一年の時に付き合い始めた人とは一年、その次は悠馬。だから悠馬とはほぼ3年付き合っていた事になる。
経験値が足りなさすぎて、半年という交際期間が長い方なのか短い方なのかは微妙なところかな、と私には思えた。
「大学までは男同士でつるんで馬鹿やってる方が楽しかったから。で、就職すると出会いがない、想像以上に。」
「あー、なるほど。」
「俺の周りの場合就職して2,3年経った頃が最初の結婚ラッシュだね。そいつらだって就職する前から付き合ってたのばっかだし。」
「あの……浩史さんって今入社何年目なんですか?」
「2年目……言ってなかった?」
「多分……聞いてないかと。」
気がついたら浩史さんのおかしな敬語はどこかに消えてしまっていた。
「あー。なんか……久しぶりに仕事以外でこんなに喋った気がする。」
「……」
「どう?まだ泣きたい気分?」
「え?いえ、それはもう……バッグに入れて持ち帰りますから、大丈夫です。ホントありがとうございました。」
「もう帰るの?」
浩史さんは大きな欠伸をすると涙を目にためたままこちらを見上げた。その姿が大きな犬のように見えて思わず笑顔になった。
「はい、帰ります。……まだ目、腫れてますか?」
「目……どうかな?よく分かんない。」
テーブルの向かい側に座っている浩史さんに見えるように少しだけ身体を前に屈めると、浩史さんが手を伸ばしてくるのが見えた。瞼を触ろうとしているような気がして反射的に目を閉じると、暖かくて大きな手が頬に触れ、そのままゆっくりと唇が重ねられた。
「まだ、帰したくない。」
2度、3度と繰り返される優しいキスになぜだか自然と涙が溢れてきた。
こうなることを心のどこかで期待して部屋までついて来たと認めるのは心底嫌だった。
「綺麗だけど……これは何の涙?」
「自分でもよく分かりません。」
親指が何度も頬を流れる涙を優しく拭ってくれる。誰かに優しくされる度に自分が最低な女なんだと思い知らされる。
「まぁそういう時もあるか……。こっちにおいで。」
浩史さんは私の手をひくと、大きなテレビの前にあるソファーまで引き寄せそこに座らせた。ソファーのサイドテーブルにあるリモコンを手に持つと、隣に座ってポンポンと自分の肩を叩く。
「泣きたいなら貸すよ?」
「肩を?」
浩史さんは私の肩を抱き寄せると頭を自分の方にもたれさせた。頭のてっぺん辺りから低い声が聞こえる。
「苦しくない?」
「苦しくはないですけど……。」
「気にしないで泣きつかれたら寝ていいよ。今から俺クソつまんない映画見るから。」
――絶対ソレ気になって泣けないやつじゃん。
出会って間もない年上の男の人に、遊ばれているだけなのかもしれないとうすうす勘付いてはいた。でも浩史さんが相手ならそれでも構わないと思いはじめていた。
とにかく全てを忘れてしまいたい気持ちで、自棄になっていたのかもしれない。
暖かい肩に顔を寄せたまま目を閉じると、頭にキスをされた。私の涙がまだ乾かないうちに、もう悠馬のことが頭の片隅に追いやられて行く。
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