都合のいい男 要領のいい女

ゆみ

文字の大きさ
7 / 11

帰れない帰したくない

しおりを挟む
 おにぎり、サンドイッチ、惣菜パンとドーナツ。おまけにサラダとポテトが添えてあった。

「ポテト頼んだら予想外に時間がかかって戻るのが少しだけ遅くなりました。」
「コンビニにいたんですか?もしかしてあのコインランドリーの向かい側の?」
「うん。何かあったらすぐに帰れるように近くの方がいいかと思って。」
「何かって……?」
「泣きながらフラフラ歩いて出てくる女の子とか、包丁持って飛び出してくる男とか?」
「……どんだけ修羅場を想定してたんですか?」
「……」
「それに、彼にはココにいる事なんて話してないですよ。」
「元カレ、ね。まぁそうなんだけど。」

 浩史さんはコーヒーをグビグビ飲みながら、鮭おにぎりをあっという間に食べた。おにぎりにコーヒーというおかしな組み合わせを普通にできる人が、自分以外にもこの世の中に存在することを知って正直驚いた。

「何食べる?ドーナツ?」
「……はい。何で分かるんですか?」
「女の子ならコーヒーには甘いものなのかな、って。」
「……浩史さん、モテるでしょ?」
「普通ですけど、まぁ、それなりに。でも沙耶ちゃん程じゃないかと。」

 浩史さんの口からはじめて名前を呼ばれたことに驚いて顔を上げると、浩史さんは私の目をじっと見つめながらコーヒーに口を付けた。

「彼氏途切れたことないでしょ?」
「それは……どうでしょう。」
「しかも一度付き合うと割と長続きするんじゃない?」
「普通が分からないんで短いのか長いのかは何とも。」
「最短は?」
「……一週間。」

 浩史さんはマグカップをテーブルに置くと、肘をついて両手で顔を覆った。

「一週間?……ハズしたか。」
「高1の時の話ですけどね。」
「じゃ、それはノーカンということで。」
「浩史さんは?どうなんですか?最短記録。」
「……俺の昔の話は……いいでしょ。」

 拗ねたようにそう言うと、浩史さんはポテトをつまんで口に放り込んだ。
 怒ってはいないようだけど、もしかしたら触れられたくない過去があるのかもしれない。まずいことに触れてしまったかなぁと思いながらドーナツを大人しく食べていると、しばらく静かだった浩史さんの方からまたポツリポツリと話がはじまった。

「でも、どっちかと言うと長く続かない方かも……俺の場合は。」
「そうなんですか。」
「一番長くて、そうだな…半年……かな。」
「半年……。」

 高1の時、一週間だけ付き合ったその人は私にできた初めての彼氏だった。その彼とさよならした後はしばらく片思いの期間が続いて、大学に入学すると同時に地元を離れて一人暮らしが始まった。大学一年の時に付き合い始めた人とは一年、その次は悠馬。だから悠馬とはほぼ3年付き合っていた事になる。
 経験値が足りなさすぎて、半年という交際期間が長い方なのか短い方なのかは微妙なところかな、と私には思えた。

「大学までは男同士でつるんで馬鹿やってる方が楽しかったから。で、就職すると出会いがない、想像以上に。」
「あー、なるほど。」
「俺の周りの場合就職して2,3年経った頃が最初の結婚ラッシュだね。そいつらだって就職する前から付き合ってたのばっかだし。」
「あの……浩史さんって今入社何年目なんですか?」
「2年目……言ってなかった?」
「多分……聞いてないかと。」

 気がついたら浩史さんのおかしな敬語はどこかに消えてしまっていた。

「あー。なんか……久しぶりに仕事以外でこんなに喋った気がする。」
「……」
「どう?まだ泣きたい気分?」
「え?いえ、それはもう……バッグに入れて持ち帰りますから、大丈夫です。ホントありがとうございました。」
「もう帰るの?」

 浩史さんは大きな欠伸をすると涙を目にためたままこちらを見上げた。その姿が大きな犬のように見えて思わず笑顔になった。

「はい、帰ります。……まだ目、腫れてますか?」
「目……どうかな?よく分かんない。」

 テーブルの向かい側に座っている浩史さんに見えるように少しだけ身体を前に屈めると、浩史さんが手を伸ばしてくるのが見えた。瞼を触ろうとしているような気がして反射的に目を閉じると、暖かくて大きな手が頬に触れ、そのままゆっくりと唇が重ねられた。

「まだ、帰したくない。」

 2度、3度と繰り返される優しいキスになぜだか自然と涙が溢れてきた。
 こうなることを心のどこかで期待して部屋までついて来たと認めるのは心底嫌だった。

「綺麗だけど……これは何の涙?」
「自分でもよく分かりません。」

 親指が何度も頬を流れる涙を優しく拭ってくれる。誰かに優しくされる度に自分が最低な女なんだと思い知らされる。

「まぁそういう時もあるか……。こっちにおいで。」

 浩史さんは私の手をひくと、大きなテレビの前にあるソファーまで引き寄せそこに座らせた。ソファーのサイドテーブルにあるリモコンを手に持つと、隣に座ってポンポンと自分の肩を叩く。

「泣きたいなら貸すよ?」
「肩を?」

 浩史さんは私の肩を抱き寄せると頭を自分の方にもたれさせた。頭のてっぺん辺りから低い声が聞こえる。

「苦しくない?」
「苦しくはないですけど……。」
「気にしないで泣きつかれたら寝ていいよ。今から俺クソつまんない映画見るから。」

――絶対ソレ気になって泣けないやつじゃん。

 出会って間もない年上の男の人に、遊ばれているだけなのかもしれないとうすうす勘付いてはいた。でも浩史さんが相手ならそれでも構わないと思いはじめていた。
 とにかく全てを忘れてしまいたい気持ちで、自棄になっていたのかもしれない。
 暖かい肩に顔を寄せたまま目を閉じると、頭にキスをされた。私の涙がまだ乾かないうちに、もう悠馬のことが頭の片隅に追いやられて行く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

清掃員と僕の密やかな情状

MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。 青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。 肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。 44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

処理中です...