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エンドロール
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浩史さんの言う所のクソつまんない映画というのは古い恋愛映画だった。耳に入って来る滑らかな英語はつまらないというよりはむしろ子守唄のように心地よかった。
このままここで眠ってしまったらもう引き返すことはできないかもしれない。
しばらく頭の中でぐるぐるとそんな事を考えていると、浩史さんの頭がゆっくりとこちらに傾いてくるのに気が付いた。少しずつ傾いた頭はやがて私の頭に寄りかかって止まる。
──え、寝てる?
余程疲れていたのか私の肩を抱いたままの体勢で、浩史さんはいつのまにかぐっすりと眠っていた。
抱き枕にされた状態で私は字幕もよく見えない古い恋愛映画をしばらくぼーっと眺めていた。色褪せた画面の中では恋人たちが愛を囁き合い、笑い合い、喧嘩をして……ヒロインが大粒の涙を流しながらクッションを投げた辺りで、私はもう諦めて目を閉じる事にした。
映画の中の恋人たちの恋の行方には全く興味がなかったが、多分あの二人はこの後仲直りをしてハッピーエンドを迎えるだろう。ヒロインたちの様に面と向かってお互いの感情をぶつけ合うことは自分にはできなかったことだった。自分は言い争いになる前に背を向けて逃げ出した。
次に目を開けると、画面はちょうどエンドロールに切り替わった所だった。顔を上げると浩史さんは先に起きていたようで、目が覚めた私に気がつくと手に持っていたスマホを横に置いた。
「ちょうど今終わった。」
「みたいですね。途中までの記憶はあるんですけど……本当に寝ちゃいました。」
「俺は途中からしか記憶ないし。」
目が覚めた後でも罪悪感に変わりはなかった。おまけに不自然な体勢で寝てしまったせいで体のあちこちが凝り固まったように痛かった。いつの間にか膝の上には薄いバスタオルのようなものがかけられていてぎょっとする。
「俺が動いても全然起きないし、ちょっと警戒心なさすぎるよね。」
「抱き枕にされてて動けなかったんです……途中まではちゃんと起きてたんですけど。」
「あ~ごめん、俺のせいか。なんか逆に疲れちゃった?俺は気持ちよかったけど、昼寝。」
伸びをしながら浩史さんは立ち上がるとそのままキッチンに向かって歩き出した。
「コーヒー飲む?」
「あ……それよりも……トイレ借りてもいいですか?」
「そっちの先の右側。」
バッグの中から鏡を取り出して恐る恐る覗いた。泣き腫れた目をした顔に嫌気がさすが、こんな事をいつまでも気にしていたら本当に帰られなくなる。
──とにかくきちんとお礼を言って、その後は何を言われても帰んなきゃ……。
大きくため息をつくと気を取り直してリビングに戻った。テーブルの上にはアイスコーヒーが置いてある。
「私そろそろ帰ります。」
「そっか、分かった。じゃこれ飲んだら家まで送ってくよ。」
「……大丈夫です、一人で帰りますから。」
浩史さんは自分の飲んでいたコーヒーを置くと時計を確認した後で窓の外に目を向けた。
「俺なんとなく分かるんだけどさ。きっと沙耶ちゃんが帰るの待ってると思うよ、あいつ。」
浩史さんの見ているのは悠馬のアパートのある方向だった。
確かに浩史さんの言う通りかもしれないと思った。明日は悠馬の仕事も休みだろうし、電話でも直接会って話がしたいと言っていたくらいだ。” 一人になって改めて考えてみてもやっぱり納得がいかないから ”──悠馬が少し怒った顔をしながら私の家の前に立っている姿は容易に想像ができた。
「沙耶ちゃんの家の鍵とか、持ってないの?向こうは。」
「大丈夫です、鍵は渡してません。」
「……」
「本当にいろいろとありがとうございました。でもこれ以上浩史さんに甘える訳にもいかないですから、あとはなんとか自分で頑張ってみます。」
「一人で頑張るって……今更……。」
「もちろんお礼はちゃんと後日改めてしますから。」
浩史さんは驚いた顔で私を見上げると、呆れたように声をあげた。
「お礼?何それ。」
「分かんないですけど、とにかく私、浩史さんにこれ以上優しくされたらなんか勘違いしちゃいそうで……。」
「……勘違い?」
「はい。だから──」
「勘違いも何も、男が女の子に優しくする理由なんてはじめから一つしかないでしょ?」
──やっぱり……私、遊ばれてたんだ。
立ち上がって近付いて来る浩史さんを警戒して身を強張らせた。バッグを握る手に思わず力がこもる。
「好きだからに決まってんじゃん。」
「そんな訳ないです。」
「コインランドリーに可愛い子がいるなぁと思って見てたら、目の前で男物のパンツ落として。俺に見られたのに気がついたら動揺して真っ赤になって、おまけにコケてんのよ?可愛すぎでしょ?……一目惚れ。」
「あれは……その……」
浩史さんの大きな手が私の髪をゆっくりと撫でた。面と向かって可愛いなんて言われたことがないせいで免疫がついてない私は動揺を隠せなかった。それに浩史さんが時々見せるこういう雰囲気に、今度こそ完全に飲み込まれそうになっている。
「あの朝、泣きそうな顔しながら重たいゴミ袋ひきずってるの見たとき決めたんだ。絶対に俺の彼女にするって。」
爽やかなスーツ姿でゴミ袋を持ってくれた浩史さんの照れたような笑顔を思い出す。どこまでが本気でどこからが嘘なのかよく分からなかった。
「沙耶ちゃんは?寂しい時に都合よく声かけてくれたからって、それだけの理由でここまでついて来たの?」
「私、そこまで要領のいい女じゃありません。」
「俺も。都合のいい男のままで終わるつもりなんて最初からないよ。」
このままここで眠ってしまったらもう引き返すことはできないかもしれない。
しばらく頭の中でぐるぐるとそんな事を考えていると、浩史さんの頭がゆっくりとこちらに傾いてくるのに気が付いた。少しずつ傾いた頭はやがて私の頭に寄りかかって止まる。
──え、寝てる?
余程疲れていたのか私の肩を抱いたままの体勢で、浩史さんはいつのまにかぐっすりと眠っていた。
抱き枕にされた状態で私は字幕もよく見えない古い恋愛映画をしばらくぼーっと眺めていた。色褪せた画面の中では恋人たちが愛を囁き合い、笑い合い、喧嘩をして……ヒロインが大粒の涙を流しながらクッションを投げた辺りで、私はもう諦めて目を閉じる事にした。
映画の中の恋人たちの恋の行方には全く興味がなかったが、多分あの二人はこの後仲直りをしてハッピーエンドを迎えるだろう。ヒロインたちの様に面と向かってお互いの感情をぶつけ合うことは自分にはできなかったことだった。自分は言い争いになる前に背を向けて逃げ出した。
次に目を開けると、画面はちょうどエンドロールに切り替わった所だった。顔を上げると浩史さんは先に起きていたようで、目が覚めた私に気がつくと手に持っていたスマホを横に置いた。
「ちょうど今終わった。」
「みたいですね。途中までの記憶はあるんですけど……本当に寝ちゃいました。」
「俺は途中からしか記憶ないし。」
目が覚めた後でも罪悪感に変わりはなかった。おまけに不自然な体勢で寝てしまったせいで体のあちこちが凝り固まったように痛かった。いつの間にか膝の上には薄いバスタオルのようなものがかけられていてぎょっとする。
「俺が動いても全然起きないし、ちょっと警戒心なさすぎるよね。」
「抱き枕にされてて動けなかったんです……途中まではちゃんと起きてたんですけど。」
「あ~ごめん、俺のせいか。なんか逆に疲れちゃった?俺は気持ちよかったけど、昼寝。」
伸びをしながら浩史さんは立ち上がるとそのままキッチンに向かって歩き出した。
「コーヒー飲む?」
「あ……それよりも……トイレ借りてもいいですか?」
「そっちの先の右側。」
バッグの中から鏡を取り出して恐る恐る覗いた。泣き腫れた目をした顔に嫌気がさすが、こんな事をいつまでも気にしていたら本当に帰られなくなる。
──とにかくきちんとお礼を言って、その後は何を言われても帰んなきゃ……。
大きくため息をつくと気を取り直してリビングに戻った。テーブルの上にはアイスコーヒーが置いてある。
「私そろそろ帰ります。」
「そっか、分かった。じゃこれ飲んだら家まで送ってくよ。」
「……大丈夫です、一人で帰りますから。」
浩史さんは自分の飲んでいたコーヒーを置くと時計を確認した後で窓の外に目を向けた。
「俺なんとなく分かるんだけどさ。きっと沙耶ちゃんが帰るの待ってると思うよ、あいつ。」
浩史さんの見ているのは悠馬のアパートのある方向だった。
確かに浩史さんの言う通りかもしれないと思った。明日は悠馬の仕事も休みだろうし、電話でも直接会って話がしたいと言っていたくらいだ。” 一人になって改めて考えてみてもやっぱり納得がいかないから ”──悠馬が少し怒った顔をしながら私の家の前に立っている姿は容易に想像ができた。
「沙耶ちゃんの家の鍵とか、持ってないの?向こうは。」
「大丈夫です、鍵は渡してません。」
「……」
「本当にいろいろとありがとうございました。でもこれ以上浩史さんに甘える訳にもいかないですから、あとはなんとか自分で頑張ってみます。」
「一人で頑張るって……今更……。」
「もちろんお礼はちゃんと後日改めてしますから。」
浩史さんは驚いた顔で私を見上げると、呆れたように声をあげた。
「お礼?何それ。」
「分かんないですけど、とにかく私、浩史さんにこれ以上優しくされたらなんか勘違いしちゃいそうで……。」
「……勘違い?」
「はい。だから──」
「勘違いも何も、男が女の子に優しくする理由なんてはじめから一つしかないでしょ?」
──やっぱり……私、遊ばれてたんだ。
立ち上がって近付いて来る浩史さんを警戒して身を強張らせた。バッグを握る手に思わず力がこもる。
「好きだからに決まってんじゃん。」
「そんな訳ないです。」
「コインランドリーに可愛い子がいるなぁと思って見てたら、目の前で男物のパンツ落として。俺に見られたのに気がついたら動揺して真っ赤になって、おまけにコケてんのよ?可愛すぎでしょ?……一目惚れ。」
「あれは……その……」
浩史さんの大きな手が私の髪をゆっくりと撫でた。面と向かって可愛いなんて言われたことがないせいで免疫がついてない私は動揺を隠せなかった。それに浩史さんが時々見せるこういう雰囲気に、今度こそ完全に飲み込まれそうになっている。
「あの朝、泣きそうな顔しながら重たいゴミ袋ひきずってるの見たとき決めたんだ。絶対に俺の彼女にするって。」
爽やかなスーツ姿でゴミ袋を持ってくれた浩史さんの照れたような笑顔を思い出す。どこまでが本気でどこからが嘘なのかよく分からなかった。
「沙耶ちゃんは?寂しい時に都合よく声かけてくれたからって、それだけの理由でここまでついて来たの?」
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