都合のいい男 要領のいい女

ゆみ

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運命と価値観と

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 目を逸らしたら負け――まるでお互いがそう思っているかのようなにらめっこ状態がしばらく続いた。
 最初に目を逸らしたのは浩史さんの方だった。

「……沙耶ちゃんの目にはさ、俺はどう見えてるの?」
「どうって……浩史さんは格好良くて大人で優しくて。女の人の扱いに慣れてるんだろうなぁって。」
「俺が?慣れてる訳ないじゃん。最初沙耶ちゃんに声かける時だって凄い緊張して、平気なふりするだけで必死だったんだからさ。」
「浩史さんが?」
「そう。あのゴミ出しの時とか……結構ヤバかった。」
「そうなんですか?私には全然普通に見えましたけど。」
「それは……良かった。で、どうなの?俺ってやっぱり遊ばれてるのかな?」
「え?」

 聞き間違えたのかと思った。でも目の前の浩史さんはふざけている訳でもなく至極真面目な表情をしていた。

「寂しい時だけ付き合わせて、結局元彼のこと忘れられないからごめんなさい?」
「違います。」
「じゃ、さっきキスした時泣いてたのは何だったの?アイツのこと思い出して泣いてたんじゃないの?」
「それはないです。……別れ話した直後に別の人とすぐあんなことになってる自分が……嫌で。」
「……」
「私、頭の中では浩史さんの事ばっかり考えてて。悠馬の事なんて全然。……ひどい女なんです、ホントに。」

 浩史さんは黙ってもう一度時計を確認した。まだ3時過ぎで外も明るい。

「知り合ったばかりだとか、別れて直ぐだとか……どうでもよくない?俺だって頭の中沙耶ちゃんの事でいっぱいなんだからさ。いいじゃん、それで。俺は嬉しいよ、単純に。」

 浩史さんは少し迷った後で私をぎゅっと抱き締めた。目を閉じたらあの優しい香りが私をすっぽりと包み込んでくれる。

「浩史さん、私──」

 覚悟を決めて口を開いた直後、遮るようにインターホンが鳴り来客を知らせた。浩史さんががっくりとうなだれたのが分かった。

「タイミング最悪だな……。ごめんね、沙耶ちゃん。すぐ終わるからちょっと待ってて。」
「……」

 ぱっと体を離すと来客をカメラで確認し、浩史さんはインターホンに向かって声を掛けた。

「今開けるんで。お願いします。」



「設置場所の確認だけ先によろしいでしょうか?」
「どうぞ、こっちです。」
「失礼しまーす。」

 ソファーに座って小さくなっている私に軽く頭を下げると、作業着姿の業者が2人洗面所の方に案内されていく。指示を出して戻って来た浩史さんは、申し訳なさそうに隣に腰掛けるとごめんねと再び謝った。

「洗濯機が壊れたから買い替えたんだよね。今日届くように手配してたんだ。」
「あ……。そういう事でしたか……」

 モデルルームのように何でも揃っていそうな部屋に住んでいる浩史さんが、わざわざコインランドリーまで通っていた理由がようやく分かった。

「沙耶ちゃん運命って信じる?俺、ちょっと信じるようになったかも。」
「……もし洗濯機が壊れてなかったら、もしコインランドリーに行ってなかったら?」
「そう。だから元彼にも感謝しないと、ね。」
「……」

 二人がかりで慎重に運び込まれたのは最新型の立派なドラム式洗濯機だった。どこからどう見ても一人暮らし向けではない……。

「すみません、設置作業の方終わりましたので確認だけよろしいでしょうか?いつも使われるのは奥様の方でよかったですか?」
「いえ、二人で。」
「じゃ、簡単に説明しますのでお二人とも来ていただいて──」

 洗濯機の設置作業が終わるのを待っていたのか、業者が出て行くとすぐに浩史さんは口を開いた。

「俺、遠距離だった元カノと別れた理由さ、これなんだよね。」
「これって……洗濯機?」
「そうじゃなくてなんて言うか……。その時住んでた部屋に初めて彼女が遊びに来た時、絶対自分以外に女がいるはずだって騒がれてさ。」
「あ……確かに。さっき業者の人にも間違えられましたもんね。一人暮らしの男の人の部屋にしては綺麗で家具も家電も立派だし。」
「前の部屋はこんなに広くなかったよ。それに家電だってほぼ中古だったし。ただ余計なものは置いてないから綺麗に見えたのかも。」
「……」
「片付けるの面倒だから物増やさないだけなんだよね。それに疲れて帰って来た時くらい居心地のいい所にいたいと思わない?」
「そうですね、気持ちは分かります。私も同じだから。」
「そう?……多分分かんない人にはどう説明してもダメなんだよね。そういう意識っていうか、価値観。」
「じゃ、別れたのは価値観の違い……ですか。」
「そういうこと。クソつまんない恋愛映画見てボロボロ泣いたり、女の勘とかわけわかんないこと言われたり。」
「とりあえず、浩史さんとその人の価値観が違ったっていうのはよく理解できました。」 
「沙耶ちゃんはあの映画観ながら寝てたね……。さて、と……無事洗濯機も届いた事だし。そろそろ行きますか?奥様。」
「え?からかわないでください!」
「沙耶ちゃんのうち、送らせてよ。それともこのままここで暮らす?俺は歓迎するけど。」
「……帰ります。」

 立ち上がった浩史さんは財布とスマホを手早くポケットに突っ込むと、私の方を振り返って両手を広げた。

「おいで。俺も恥ずかしいから早く。」

 もうどうにでもなれ――そう思いながら目を閉じて一歩近付くとぎゅっと勢いよく抱きしめられた。

「さっき、沙耶ちゃん何か言いかけてたでしょ?」
「……もう忘れました。覚えてません。」
「ダメです。」
「……」
「俺が先にもう一回言う?」
「……好き……です。」
「うわ、破壊力ヤバすぎ……。」

 浩史さんはもう一度ギュッと腕に力を込めると、私の肩に顔を埋めながら小さくありがとうと呟いた。
 
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