都合のいい男 要領のいい女

ゆみ

文字の大きさ
10 / 11

旅立ち 悠馬視点

しおりを挟む
 早朝マンションの前に停まった大きな引っ越し用トラックに次々と荷物が積み込まれていく。先に大型家電が運び出されたものの、そのあとに続く段ボール箱は予想以上に量が少ない。

「おい、箱はあとどのくらい来る?」
「あと5,6個ってとこです。もうほぼ出てますから。」
「……そんなもんか?」
「なんか単身者らしいですよ。」
「あ、そうなんだ?にしては家具家電すげーな。」
「金持ちなんっスね、きっと。」


  アパートの薄暗い階段をコンビニ袋をぶら下げて上っていた女が隣を歩く男の服を引っ張った。

「ねぇ悠くん、あの引っ越しの荷物見た?」
「あぁ、テレビでかかった。」
「何LDKなのかな、あそこのマンション。ソファーとかドラム式洗濯機とか積んでたけど、どんだけ広いんだろうね。」
「さぁ。この時期の引っ越しなら転勤族とかだろ、俺らには関係な……い。」
「悠くん?」
「……」
「何?どうしたの?」
「沙耶……?」 

 荷積みを終えたトラックの最終確認に現れたのは二人の男女だった。引越し業者と何やら会話を交わした後で男の方が礼を言い、業者はトラックに乗り込んでいく。
 マンションの出入り口付近で仲良く寄り添ってトラックを見送っているのは去年の秋別れた彼女――安野沙耶で間違いなかった。

「あいつ……。」

 怒りで目の前が真っ暗になった。3年もの間付き合っておきながら、他に好きな人ができたからと一方的に電話で別れ話をされそれきり何の連絡もよこさなかった。
 しばらくは仕事の忙しさを理由に考えないようにしていたが、時間が経った今でも結局自分はどうするべきだったのか答えがわからないままでいた。

「知り合い?」
「同じ大学の……後輩。」
「えーすごいじゃん。お金持ちの彼ゲットしたんだー。」
「……」
「悠くん?ちょっと、どこ行くの?」
「先部屋戻っといて。」

 とにかく何か一言言ってやらないと気がおさまらない――アパートの階段を駆け下りるとマンションに向かって歩き出した。
 まず一言目には何を言おうか。
 マンションの前まで行くと、二人は自動ドアから中に入ったところだった。先を歩いている沙耶はもう見えなくなっていたが、その後ろを歩いていた男の方が振り返った時ちょうど目が合った。

「沙耶!」

 オートロックの向こう側から出てきた男は露骨に嫌な顔をしてみせた。

「……君は?」
「佐野……そう言えば分かると思います。話がしたいんですけど、呼んでもらえませんか。」
「浩くん?誰?」

 男の横からひょっこり顔を出した彼女はこちらを見ると一瞬驚いたように目を見開いた。

「沙耶に話があるんだって。俺ちょっと出て来るわ。話終わったら連絡して。」
「浩くん……ありがとう。」

 ヒロくんと呼ばれた男は沙耶の頭をポンと叩くと俺を一睨みしながらマンションの外に出て行った。呆気ないほど簡単に二人きりになってしまった状況に少し戸惑う。

「悠馬……久しぶり。」
「今のは?誰?」
「ここじゃ他の人の迷惑になるから、とりあえず中に入って。」
「……」

 沙耶は慣れた様子でマンション内を移動すると、荷物が運び出された後のガランとした一室に案内した。

「引っ越し作業がさっき終わった所だから何もないけど。」
「いつか言ってた沙耶の好きな人ってさっきのあの人?」
「……そう。瀧本さんって言うの。」
「お前……隣のマンションに住んでる金持ちの男にわざわざ乗り換えたんだ?嫌味かよ?」
「嫌味とかあてつけのつもりはないけど。そうだね……結果的には乗り換えたのかも。」
「残念だったな。せっかく捕まえたのに引っ越すんだろ?」
「東京に異動になったんだって。」
「半年たたないうちに遠距離かよ、しかも東京とか……終わったな。」
「悠馬──」

 沙耶はそれまで俺の顔を見ないように窓の外を見ていたが、ここにきてようやくこちらを向いた。その顔はまるで俺の事を憐れんでいるかのようで、俺は続けようとしていた罵りの言葉を思わず飲み込んだ。

「私、就職先決まったよ。」
「……あぁ、内定もらってたとこ何個かあったんだろ?覚えてるよ。」
「あそこじゃなくて。あの後、追加募集かけてる企業受けて。4月から採用してもらえる話になった。」
「……そう。よかったじゃん、無事決まって。」
「だから私も引っ越すんだ──東京に。」
「は?」

 地元で就職した自分は離れた場所にいる相手との恋愛なんてそもそも続くとは思っていなかったし、考えたくもなかった。
 今住んでいる場所から通える範囲限定で就職活動をしていた彼女が苦戦しているのは、付き合っていた当時からもちろん聞いていた。希望していた職種は諦めざるを得ず、それ以外でようやく内々定をもらった会社もどちらかといえば乗り気ではなかったはずだ。
 それでも自分は敢えて何も口出しをしなかった。彼女が大学を卒業して地元の企業に就職して、社会の厳しさを一度は味わってみるべきだと思っていた。結婚はそれから考えても遅くはない。

 そんな彼女が就職先の希望を東京にまで広げたのはきっとあの男の影響だ。

「……大丈夫なの?そんな簡単に男について東京とか引っ越して行って。もし別れることになったらお前一人でやっていけるのかよ?」
「……うん。それは、大丈夫。」
「そっか……なら、俺はもう……何も言わない。沙耶 お前、雰囲気変わったな。」
「悠馬も。もう会うのはこれが最後になると思う。」
「……だろうな。」
「いろいろ、ありがとう。あと、あの時は私の我が儘押し通して傷つけるような別れ方しちゃって、ごめんなさい。」

 沙耶の中で俺との事はとっくに終わった過去の話になっていた。あの時こうしていたら、もしこうしていれば……ウジウジと考え続けて結局前に進んでいなかったのは自分だけだった。
 すべてが終わって、自分だけがぽつんと一人取り残されたような孤独を感じていた。ガランとした見知らぬ広い部屋でこうして沙耶の目の前に突っ立っているより、狭い部屋に戻って誰でもいいから暖かい身体を抱き締めていたいと思った。

「俺、行くわ。」

 沙耶は黙ったままで、さよならの一言も言ってはくれなかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

清掃員と僕の密やかな情状

MisakiNonagase
恋愛
都心のオフィスビルで働く会社員の26歳・高城蓮(たかぎれん)。彼の無機質な日常に唯一の彩りを与えていたのは、夕方から現れる70歳の清掃員・山科和子だった。 青い作業服に身を包み、黙々と床を磨く彼女を、蓮は「気さくなおばあちゃん」だと思っていた。あの日、立ち飲み屋で私服姿の彼女と再会するまでは――。 肉じゃがの甘い湯気、溶けゆく氷の音、そして重ねた肌の温もり。 44歳の年齢差を超え、孤独を分かち合った二人が辿り着いた「愛の形」とは。これは、一人の青年が境界線の向こう側で教わった、残酷なまでに美しい人生の記録。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

処理中です...