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旅立ち 悠馬視点
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早朝マンションの前に停まった大きな引っ越し用トラックに次々と荷物が積み込まれていく。先に大型家電が運び出されたものの、そのあとに続く段ボール箱は予想以上に量が少ない。
「おい、箱はあとどのくらい来る?」
「あと5,6個ってとこです。もうほぼ出てますから。」
「……そんなもんか?」
「なんか単身者らしいですよ。」
「あ、そうなんだ?にしては家具家電すげーな。」
「金持ちなんっスね、きっと。」
アパートの薄暗い階段をコンビニ袋をぶら下げて上っていた女が隣を歩く男の服を引っ張った。
「ねぇ悠くん、あの引っ越しの荷物見た?」
「あぁ、テレビでかかった。」
「何LDKなのかな、あそこのマンション。ソファーとかドラム式洗濯機とか積んでたけど、どんだけ広いんだろうね。」
「さぁ。この時期の引っ越しなら転勤族とかだろ、俺らには関係な……い。」
「悠くん?」
「……」
「何?どうしたの?」
「沙耶……?」
荷積みを終えたトラックの最終確認に現れたのは二人の男女だった。引越し業者と何やら会話を交わした後で男の方が礼を言い、業者はトラックに乗り込んでいく。
マンションの出入り口付近で仲良く寄り添ってトラックを見送っているのは去年の秋別れた彼女――安野沙耶で間違いなかった。
「あいつ……。」
怒りで目の前が真っ暗になった。3年もの間付き合っておきながら、他に好きな人ができたからと一方的に電話で別れ話をされそれきり何の連絡もよこさなかった。
しばらくは仕事の忙しさを理由に考えないようにしていたが、時間が経った今でも結局自分はどうするべきだったのか答えがわからないままでいた。
「知り合い?」
「同じ大学の……後輩。」
「えーすごいじゃん。お金持ちの彼ゲットしたんだー。」
「……」
「悠くん?ちょっと、どこ行くの?」
「先部屋戻っといて。」
とにかく何か一言言ってやらないと気がおさまらない――アパートの階段を駆け下りるとマンションに向かって歩き出した。
まず一言目には何を言おうか。
マンションの前まで行くと、二人は自動ドアから中に入ったところだった。先を歩いている沙耶はもう見えなくなっていたが、その後ろを歩いていた男の方が振り返った時ちょうど目が合った。
「沙耶!」
オートロックの向こう側から出てきた男は露骨に嫌な顔をしてみせた。
「……君は?」
「佐野……そう言えば分かると思います。話がしたいんですけど、呼んでもらえませんか。」
「浩くん?誰?」
男の横からひょっこり顔を出した彼女はこちらを見ると一瞬驚いたように目を見開いた。
「沙耶に話があるんだって。俺ちょっと出て来るわ。話終わったら連絡して。」
「浩くん……ありがとう。」
ヒロくんと呼ばれた男は沙耶の頭をポンと叩くと俺を一睨みしながらマンションの外に出て行った。呆気ないほど簡単に二人きりになってしまった状況に少し戸惑う。
「悠馬……久しぶり。」
「今のは?誰?」
「ここじゃ他の人の迷惑になるから、とりあえず中に入って。」
「……」
沙耶は慣れた様子でマンション内を移動すると、荷物が運び出された後のガランとした一室に案内した。
「引っ越し作業がさっき終わった所だから何もないけど。」
「いつか言ってた沙耶の好きな人ってさっきのあの人?」
「……そう。瀧本さんって言うの。」
「お前……隣のマンションに住んでる金持ちの男にわざわざ乗り換えたんだ?嫌味かよ?」
「嫌味とかあてつけのつもりはないけど。そうだね……結果的には乗り換えたのかも。」
「残念だったな。せっかく捕まえたのに引っ越すんだろ?」
「東京に異動になったんだって。」
「半年たたないうちに遠距離かよ、しかも東京とか……終わったな。」
「悠馬──」
沙耶はそれまで俺の顔を見ないように窓の外を見ていたが、ここにきてようやくこちらを向いた。その顔はまるで俺の事を憐れんでいるかのようで、俺は続けようとしていた罵りの言葉を思わず飲み込んだ。
「私、就職先決まったよ。」
「……あぁ、内定もらってたとこ何個かあったんだろ?覚えてるよ。」
「あそこじゃなくて。あの後、追加募集かけてる企業受けて。4月から採用してもらえる話になった。」
「……そう。よかったじゃん、無事決まって。」
「だから私も引っ越すんだ──東京に。」
「は?」
地元で就職した自分は離れた場所にいる相手との恋愛なんてそもそも続くとは思っていなかったし、考えたくもなかった。
今住んでいる場所から通える範囲限定で就職活動をしていた彼女が苦戦しているのは、付き合っていた当時からもちろん聞いていた。希望していた職種は諦めざるを得ず、それ以外でようやく内々定をもらった会社もどちらかといえば乗り気ではなかったはずだ。
それでも自分は敢えて何も口出しをしなかった。彼女が大学を卒業して地元の企業に就職して、社会の厳しさを一度は味わってみるべきだと思っていた。結婚はそれから考えても遅くはない。
そんな彼女が就職先の希望を東京にまで広げたのはきっとあの男の影響だ。
「……大丈夫なの?そんな簡単に男について東京とか引っ越して行って。もし別れることになったらお前一人でやっていけるのかよ?」
「……うん。それは、大丈夫。」
「そっか……なら、俺はもう……何も言わない。沙耶 お前、雰囲気変わったな。」
「悠馬も。もう会うのはこれが最後になると思う。」
「……だろうな。」
「いろいろ、ありがとう。あと、あの時は私の我が儘押し通して傷つけるような別れ方しちゃって、ごめんなさい。」
沙耶の中で俺との事はとっくに終わった過去の話になっていた。あの時こうしていたら、もしこうしていれば……ウジウジと考え続けて結局前に進んでいなかったのは自分だけだった。
すべてが終わって、自分だけがぽつんと一人取り残されたような孤独を感じていた。ガランとした見知らぬ広い部屋でこうして沙耶の目の前に突っ立っているより、狭い部屋に戻って誰でもいいから暖かい身体を抱き締めていたいと思った。
「俺、行くわ。」
沙耶は黙ったままで、さよならの一言も言ってはくれなかった。
「おい、箱はあとどのくらい来る?」
「あと5,6個ってとこです。もうほぼ出てますから。」
「……そんなもんか?」
「なんか単身者らしいですよ。」
「あ、そうなんだ?にしては家具家電すげーな。」
「金持ちなんっスね、きっと。」
アパートの薄暗い階段をコンビニ袋をぶら下げて上っていた女が隣を歩く男の服を引っ張った。
「ねぇ悠くん、あの引っ越しの荷物見た?」
「あぁ、テレビでかかった。」
「何LDKなのかな、あそこのマンション。ソファーとかドラム式洗濯機とか積んでたけど、どんだけ広いんだろうね。」
「さぁ。この時期の引っ越しなら転勤族とかだろ、俺らには関係な……い。」
「悠くん?」
「……」
「何?どうしたの?」
「沙耶……?」
荷積みを終えたトラックの最終確認に現れたのは二人の男女だった。引越し業者と何やら会話を交わした後で男の方が礼を言い、業者はトラックに乗り込んでいく。
マンションの出入り口付近で仲良く寄り添ってトラックを見送っているのは去年の秋別れた彼女――安野沙耶で間違いなかった。
「あいつ……。」
怒りで目の前が真っ暗になった。3年もの間付き合っておきながら、他に好きな人ができたからと一方的に電話で別れ話をされそれきり何の連絡もよこさなかった。
しばらくは仕事の忙しさを理由に考えないようにしていたが、時間が経った今でも結局自分はどうするべきだったのか答えがわからないままでいた。
「知り合い?」
「同じ大学の……後輩。」
「えーすごいじゃん。お金持ちの彼ゲットしたんだー。」
「……」
「悠くん?ちょっと、どこ行くの?」
「先部屋戻っといて。」
とにかく何か一言言ってやらないと気がおさまらない――アパートの階段を駆け下りるとマンションに向かって歩き出した。
まず一言目には何を言おうか。
マンションの前まで行くと、二人は自動ドアから中に入ったところだった。先を歩いている沙耶はもう見えなくなっていたが、その後ろを歩いていた男の方が振り返った時ちょうど目が合った。
「沙耶!」
オートロックの向こう側から出てきた男は露骨に嫌な顔をしてみせた。
「……君は?」
「佐野……そう言えば分かると思います。話がしたいんですけど、呼んでもらえませんか。」
「浩くん?誰?」
男の横からひょっこり顔を出した彼女はこちらを見ると一瞬驚いたように目を見開いた。
「沙耶に話があるんだって。俺ちょっと出て来るわ。話終わったら連絡して。」
「浩くん……ありがとう。」
ヒロくんと呼ばれた男は沙耶の頭をポンと叩くと俺を一睨みしながらマンションの外に出て行った。呆気ないほど簡単に二人きりになってしまった状況に少し戸惑う。
「悠馬……久しぶり。」
「今のは?誰?」
「ここじゃ他の人の迷惑になるから、とりあえず中に入って。」
「……」
沙耶は慣れた様子でマンション内を移動すると、荷物が運び出された後のガランとした一室に案内した。
「引っ越し作業がさっき終わった所だから何もないけど。」
「いつか言ってた沙耶の好きな人ってさっきのあの人?」
「……そう。瀧本さんって言うの。」
「お前……隣のマンションに住んでる金持ちの男にわざわざ乗り換えたんだ?嫌味かよ?」
「嫌味とかあてつけのつもりはないけど。そうだね……結果的には乗り換えたのかも。」
「残念だったな。せっかく捕まえたのに引っ越すんだろ?」
「東京に異動になったんだって。」
「半年たたないうちに遠距離かよ、しかも東京とか……終わったな。」
「悠馬──」
沙耶はそれまで俺の顔を見ないように窓の外を見ていたが、ここにきてようやくこちらを向いた。その顔はまるで俺の事を憐れんでいるかのようで、俺は続けようとしていた罵りの言葉を思わず飲み込んだ。
「私、就職先決まったよ。」
「……あぁ、内定もらってたとこ何個かあったんだろ?覚えてるよ。」
「あそこじゃなくて。あの後、追加募集かけてる企業受けて。4月から採用してもらえる話になった。」
「……そう。よかったじゃん、無事決まって。」
「だから私も引っ越すんだ──東京に。」
「は?」
地元で就職した自分は離れた場所にいる相手との恋愛なんてそもそも続くとは思っていなかったし、考えたくもなかった。
今住んでいる場所から通える範囲限定で就職活動をしていた彼女が苦戦しているのは、付き合っていた当時からもちろん聞いていた。希望していた職種は諦めざるを得ず、それ以外でようやく内々定をもらった会社もどちらかといえば乗り気ではなかったはずだ。
それでも自分は敢えて何も口出しをしなかった。彼女が大学を卒業して地元の企業に就職して、社会の厳しさを一度は味わってみるべきだと思っていた。結婚はそれから考えても遅くはない。
そんな彼女が就職先の希望を東京にまで広げたのはきっとあの男の影響だ。
「……大丈夫なの?そんな簡単に男について東京とか引っ越して行って。もし別れることになったらお前一人でやっていけるのかよ?」
「……うん。それは、大丈夫。」
「そっか……なら、俺はもう……何も言わない。沙耶 お前、雰囲気変わったな。」
「悠馬も。もう会うのはこれが最後になると思う。」
「……だろうな。」
「いろいろ、ありがとう。あと、あの時は私の我が儘押し通して傷つけるような別れ方しちゃって、ごめんなさい。」
沙耶の中で俺との事はとっくに終わった過去の話になっていた。あの時こうしていたら、もしこうしていれば……ウジウジと考え続けて結局前に進んでいなかったのは自分だけだった。
すべてが終わって、自分だけがぽつんと一人取り残されたような孤独を感じていた。ガランとした見知らぬ広い部屋でこうして沙耶の目の前に突っ立っているより、狭い部屋に戻って誰でもいいから暖かい身体を抱き締めていたいと思った。
「俺、行くわ。」
沙耶は黙ったままで、さよならの一言も言ってはくれなかった。
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