見知らぬ君がつく優しい嘘

ゆみ

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成人の儀

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 成人の儀当日。
 王宮は祝いの式典を行うために一部が開放されていた。しかし王宮の門をくぐれるのは成人を迎える貴族とその近親者だけで、それ以外の者は朝から広場で思い思いに成人の門出を祝い合っていた。


 オードラン伯爵家には今年は成人を迎える者がいない。シルヴィはまだ3年先の話だったし、当然だが弟はそれよりもまだ先だ。

 シルヴィは手元にある招待状を見ながらため息をついた。差出人はエマ侯爵夫人だ。宛先を間違えたのか、もしくは婚約破棄の前から準備していたものが誤って届いたのか。
 とにかく王宮で行われる成人の儀に出席するために必要な招待状が、何故かシルヴィ宛に届いていた。



「シルヴィ様、そろそろ準備をなさらないと間に合いませんよ?」
「いいの、きっと何か手違いがあったのよ。私は行かないわ。」
「では、せめてお着替えだけでも──。」



 成人の儀には多くの貴族が集まる。その誰もにとってレオの一連の騒動は記憶に新しいところだ。
 当のレオですら式典に現れる可能性は低いというのに、今となっては部外者である自分が姿を見せる理由も見当たらない。


 レオはロジェに指輪を渡すことができただろうか?それとも、エドモンと共にもう街から離れている頃だろうか?

 ロジェは何かを企んでいたようだが、うまくいったのだろうか?

 そして、自分はあれからロジェを怒らせるようなことをしなかっただろうか?



 ロジェに約束した通り、シルヴィはこの一月どんな誘いにも乗らず、生活のほとんどをこの伯爵邸で完結させるよう努めた。
 朝早くに起きて庭師と共に花の手入れをする日もあれば、暇に任せて教会からアンナを呼び寄せたこともある。シスターとお茶を飲むことはできなかったので、代わりにアンナに手紙を持たせて帰すこともあった。
 レオと婚約を交わすまではそれがシルヴィの日常だったはずなのに、心のどこかにポッカリと穴の空いたような虚しさを覚える事もあった。
 そんな日は大抵、明るい気持ちになれるよういつもより多くの花を飾った。


──そうだ、花。花を飾ろう。


 シルヴィは使用人が出してくれた礼装をやんわりと断ると、普段着のまま庭へ向かった。
 冬ももうそろそろ終わりに近い。今日は陽射しもあり庭は光に満ちていたが、思っていたよりも外気は冷たかった。

 この季節の庭には花が少ない。それでも白い花がいくつか誇らしげに咲いているのを見つけた。少しだけもらっていこうと手を伸ばしかけ、シルヴィはその場でじっと考え込んだ。
 寒い外から暖かい部屋にこの花を持って行っても大丈夫だろうか?気温差に驚いてすぐに枯れてしまうようならば、摘んでしまうのは惜しい──。


 花壇の側で小さくなっていたシルヴィの肩に、暖かい何かがかけられた。
 天気がいいからと油断して普段着のまま出てきたことを思い出すと、シルヴィは振り返らずにそのままの姿勢でお礼を言った。


「ありがとう、わざわざ持って来てくれたのね?すぐに戻るつもりだったからよかったのに。」
「そんな所で何をしている?」

 不機嫌そうな声で後ろからいきなり声をかけられたシルヴィは、完全に心臓が止まったと思った。
 聞き覚えのある声に慌てて振り向くと、背後に立つその人を振り仰ぐ。

「どうしてここに?」
「それは私が聞きたい。」

 立ち上がるシルヴィの肩から暖かく、重いコートが滑り落ちた。

「成人の儀は?主役がこんな所にいてもいいんですか?」
「私は朝早くにもう終えた。今は一般の貴族の時間だ。だから急げ、間に合わないぞ?」
「何に?」

 ロジェは落ちたコートを拾い上げるとシルヴィを部屋に戻るよう急かした。

「レオだよ。今日が最後だと言わなかったか?とにかく着替えろ。」


 部屋に押し戻されたシルヴィは訳も分からないまま着替えさせられると、そのまま邸から送り出された。
 しかし馬車に先に乗っているものだと思っていたロジェの姿が見当たらない。おかしいと思いながら御者台を覗いたシルヴィはぎょっとした。
 上機嫌で馬を走らせているのは成人したばかりの第三王子本人だ……。

──一体何考えてるの?今更私がレオ様に会いに行って何になるの?

 ドキドキと激しい鼓動を感じながら、改めて馬車を見回すといつもの簡素な馬車とは明らかに造りが違った。座席のクッションも、窓や内装も繊細で豪華だ。
 ロジェが自ら走らせているということはもしかしたら馬車はこのまま王宮に入っていくつもりなのだろうか?



 果たして、馬車は王宮の門の前で一旦スピードを落としたものの、正面入口まで一度も止まることなく到着した。
 一般貴族の式典はもう既に終わったようで、王宮に残っている人影はまばらだった。


 それでも、王子が自ら運転する王族専用馬車が正門から入ってきたことで、辺りに人が少しずつ集まり始めているようだ。


「着いたぞ?」
「シルヴィ?」

 扉を開いたロジェの声に優しい声が重なった。
 ゆっくりと顔を上げると、扉の向こうには心配そうにこちらを伺うロジェとレオの姿があった。
 その向こうにはエマ夫人と侯爵の姿も見える。

「これは……どういうことでしょうか?」

 エマ夫人に向かってシルヴィが問いかけると、夫人はレオの袖を引きながら申し訳なさそうな顔をした。

「私がはっきりと伝えなかったせいで混乱させてしまったようね。ほら、レオは一歩下がりなさい。」

 レオがロジェの肩をポンと叩きながら後ろに下がっていく。
 ロジェは大げさにため息をつくと、シルヴィに向かって手を差し伸べてくれた。
 何事かとその手を見つめるばかりで一向に降りようとしないシルヴィに、気が短いロジェはぼそっと呟いた。

「こういう役目はレオの方が似合うというのは私だって十分に分かっている。」
「いえ、そんな事、私は一言も。」

 恐る恐る手を重ねると、ドレスの裾を気にしながら馬車を降りた。
 正面玄関に見えた人影はどうやら警護の者たちだったようで、ロジェに手を取られ歩くシルヴィたちの後ろからはケビンとジョエルが付き従った。

 レオではなく、成人したばかりの王子に手を取られて王宮に入って行く──。
 シルヴィは自分が今どうやって歩いているのか分からないほど混乱していた。



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