騎士様は甘い物に目がない

ゆみ

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幸せな匂い

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 目を閉じて胸いっぱいの空気を吸い込む…。

──何だか幸せな匂いがする。

 満ち足りた表情で通りを見渡していると、隣で父親が苦笑しているのが分かった。
「お前は全く…商店街に来ただけだと言うのにもう顔がニヤけてるぞ?」
 チラッと横を見ると帽子を目深に被っているものの正体を隠しきれていないジークフリートがこれまた嬉しそうに笑っている。
「久しぶりだから何を買おうかと思ってさ。ジークはもう決まってるの?」
「あぁ。」
 そう言いながらジークフリートの目は通りに面した一件の店に向けられた。精肉店の店先で焼いている焼き鳥が目当てのようだ。前回街に降りてきた時に買ってその場で食べた串焼きがいたくお気に召したらしい。
「鳥かぁ!あれ皮がパリパリしてて香ばしくて美味しかったもんね!」
 スコールは二人が月に一度街に降りて楽しむ商店街での買い物を、今日も微笑ましく見守っていた。少しばかりの硬貨を渡された二人は楽しそうに店先を覗きながらも、慎重に自分の欲しいものだけを選んでいるようだ。

 焼き鳥を食べ、ジュースを飲んで満足そうに歩いていた二人の足が同時に止まった。後ろを歩いていたスコールが何事かと辺りの様子を伺うと、二人はどうやらパン屋の前で立ち止まっているようだ。しかし一向に店内に入る様子はなく、店の前で立ち止まると何かを相談し始めた。
「どうする?」
「…分かった、いいよ。」
 話し合いが終わったのか、ジークフリートから財布を渡されたレジナルドが一人で店内へ消えていく。
「ジーク様何か問題でもありましたか?」
 ジークフリートはパン屋の店内へ視線を向けると、恥ずかしそうにスコールに打ち明けた。
「いや、問題ない。姉上に街に降りたら何か菓子を買ってきて欲しいと言われていたんだ。でも私には何がいいのかよく分からないから、レジーに頼んだだけだ。」
「…それで、菓子を買うのにパン屋ですか?」
「レジーがここのパン屋の焼き菓子が美味いと言っていたから。」
 スコールが窓から店内を覗くと、レジナルドがカウンターに置いてある焼き菓子を幾つか購入しているのが見えた。
「一緒に入らなくてよかったのですか?」
「パン屋や菓子屋は店の中がなんとなく甘い匂いがするだろ?あれが何だか居心地が悪くて…。」
 嬉々として深呼吸をするレジナルドの姿を思い出し、スコールは苦笑した。まだまだ幼いと思っていた二人だが少しずつ成長してその好みにも違いがでてきたようだ。
 紙袋を抱えたレジナルドは店先で待っていた二人に飛び切りの笑顔を見せた。
「ごめん、待たせて。あったよお土産の焼き菓子。」
「随分沢山買ったようだけど?」
「リーナ様のお土産と、俺たちのおやつ分だよ?」
 レジナルドはポケットからジークフリートの財布を取り出しそれを返しながら答えた。
「次は何処へ参りますか?」
 スコールは少しずつ人が多くなってきた商店街を眺めながら二人に尋ねた。時間的に次が最後の店になるだろうか…。
 顔を見合わせた二人は何も言わずに頷きあうと同時に目的地へと迷わず歩き出した。

 教会の敷地内に入ると外の喧騒が少しだけ遠のいた。二人の手にはそれぞれ白い薔薇が一輪ずつ持たれている。慣れた様子で進んで行く先は教会の裏側にある墓地──バトラー侯爵夫人の眠る場所だ。
 月に一度街へ降りるのは二人の楽しみの為だったはずが、どういう訳だが最後には決まって教会へ花を持って来るようになっていた。
 レジナルドは母親の墓に花を手向けると、先程パン屋で買ってきたばかりの紙袋を探り、中から焼き菓子を一つ取り出してそっと花の横に置いた。
「母上にも一つ。」
 スコールは手に持った花束を墓前に手向けると静かに祈りを捧げた。

「さぁ、では戻りますよ?いいですか?」
 名残惜しそうに商店街の方を見ながら、二人もしょうがないと言うように頷く。
「帰ったらこれリーナ様に持って行くんだろ?その後で一緒に食べよう!」
 レジナルドが先に走り出した。
「結局あのパン屋で何を買ったんだ?チョコレートクッキーか?」
 遅れて駆け出したジークフリートもレジナルドの隣に並ぶと紙袋を覗き込む振りをした。
「チョコレートクッキーは溶けたら嫌だし、母上にあげるわけにはいかないから辞めたよ。帰ってからのお楽しみ~!」
 紙袋の口をギュッと握りしめたレジナルドはそれを高く持ち上げると笑った。
「教えるくらい良いじゃないか!」
 紙袋を奪う振りをして一歩踏み出したジークフリートの帽子が、その瞬間、風に煽られ宙を舞った。
「あ!」
 午後の陽射しをまともに受けて眩しく光る金髪が風に靡く。道行く人々の視線が一斉にジークフリートに集まるのが分かった。スコールは落ちて来た帽子を難なくキャッチすると素早くその頭を隠した。
「隠されるとますます覗いて見たくなるものですが…。」
「ジークの場合、隠しきれていないけどね。」
「そうか?風で帽子が飛ばされるような事がなければ大丈夫だろう?」
 スコールはレジナルドと顔を見合わせた。帽子の意味を分かっていないのは本人だけのようだ…。
 レジナルドが油断したその一瞬の隙をついてジークフリートは紙袋を奪い取ると袋の中を覗きこんだ…が、それが何なのか見ただけではよく分からない。
「ブラウニーだよ。」
「へぇ…。」
「何だ、見ても分からないなら隠す必要なかったね。」
「まぁな、そういう事だ。」
 何故だか分からないが胸を張ると、ジークフリートは帽子に手をかけそのまま取ろうとした。
「「駄目!」」
「帽子取ったら甘い菓子を持った女の子に一気に囲まれるよ?いいの?」
「…どういう事だ?」
「王太…身分がバレない事も大事だけど、その顔を何とか隠して欲しいんだよ!」
「その通りです。帽子程度ではその人目につくお顔は隠しきれませんが…。」
「この髪色ではなかったのか…。」
 ジークフリートは帽子を目深に被り直すと、紙袋を抱え込むようにして俯き加減に歩き始めた。
「金髪だけならそんなに珍しくもない事くらい分かるだろうに…。」
 レジナルドはしょんぼりとしている幼馴染に追い付くと、その帽子の頭をポンポンと叩いた。
「次からは俺も帽子をかぶるから、そんなに気にするなよ。」
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