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夜の庭園
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セシリアがリーナ王女の私室を辞したのはそれからしばらくしてからだった。辺りはすっかり薄暗くなり、客間に戻る際に通りかかった庭園では噴水の水の音だけが静かに響いていた。
「あの、少しだけ庭園を見たいのだけれど…」
前を歩く侍女に声をかけて立ち止まると、セシリアは空を見上げた。今夜は月も出ていないようだ。
「セシリア嬢?姉上の所から戻る所だった?」
丁度そこへジークフリートがレジナルドを伴って通りかかった。
「ジークフリート殿下、レジナルド様…」
「やぁ、セシリア嬢。随分体調は戻ったようだね、良かった」
セシリアにしてみれば王宮に来て初めて見かけたレジナルドの姿なのだが、どうやら向こうはそうではないらしい。
「あの、レジナルド様。明日からよろしくお願いいたします。」
「あぁ、ジークから聞いているよ。こちらこそよろしくね」
レジナルドは横にいるジークフリートを軽く小突くと、セシリアに会釈をしてすぐにその場を離れていった。
「殿下、レジナルド様はよろしかったのですか?」
「奴は丁度帰るところだったんだ、問題ない。それよりも、こんな所で何を?」
ジークフリートは侍女に後はいいから下がるように伝えると、セシリアの隣に並んだ。風に乗って花の香りが漂ってくる。
「部屋へ戻る前に少しだけ花を見たいと思いまして…。でも月も出ておりませんから、やめておきます。」
セシリアが言い終わらないうちに、ジークフリートは庭園へ1歩足を踏み入れた。
「おいで。私が案内しよう。」
断るのも不自然かと差し伸べられた手に手を重ねると、2人は黙ったままゆっくりと歩き出した。
程なく、噴水の傍までやって来ると、ジークフリートが足を止めそれにつられてセシリアも立ち止まった。
「分かってはおりましたが、あまり花は見えませんでしたね」
セシリアが苦笑すると、ジークフリートもまた花壇の方を向いたようだった。
「あぁ、花は確かに。…でも私は貴方がここに居てくれれば、それだけでいい」
そう言うと、ジークフリートは昨夜のようにセシリアの右手を引き寄せ、その胸に抱き寄せた。
「殿下、困りま…す!」
「…少しだけでいい このままで――」
「――」
目をギュッと閉じると、首元に暖かい吐息がかかるのを感じた。
「…リア、君は薬のせいで熱も高かったし覚えていないのかもしれない。でも、私は今でもはっきりと覚えているし、むしろ頭から離れないんだ…」
何のことだろうか?何か大事なことを覚えていないというのだろうか?
「頭から、離れない…?」
ジークフリートはようやくセシリアを胸から離すと、今度はその目に熱を込めて真っ直ぐに見つめてくる。
「そうだよ、リア。まだしばらくは僕の側から離れないでいて…いいね?」
噴水のたてる水音を聞きながら、セシリアはその意味する所が分からず、やはり何も言うことができなかった。
庭園でのジークフリートとの会話に何か引っかかるものを感じていたセシリアは、部屋に戻るとそのまま窓辺に行き、外を眺めながらしばらく考え込んだ。
――殿下からは嫌悪の感情は感じない…むしろ私の事を――
その先に自ら続けようとしていた言葉に驚き、慌てて瞬きをする。そんなはずはなかった。
――私は初めての茶会に薬入りの怪しげな菓子を持ってきた侯爵令嬢だ。そう、この事に関して私は罪に問われる筈なのだ。いくら殿下に気にするな、自分が守ると言われようが信じられる訳がなかった。
薬の影響がなくなるまでは殿下の元で監視の意味も込め、保護して貰っているだけ…。ならば今後何かしらの処分が下るのだろうか。殿下は私を王宮から逃がすのは不味いとお考えなのだわ。…では、なぜ?
記憶にはないが、何かジークフリートの弱みでも見聞きしてしまったのだろうか?
暗闇に浮かぶ庭園を見つめながらセシリアは記憶を辿ってみるのだが、やはり何一つ思い出せそうになかった。
「あの、少しだけ庭園を見たいのだけれど…」
前を歩く侍女に声をかけて立ち止まると、セシリアは空を見上げた。今夜は月も出ていないようだ。
「セシリア嬢?姉上の所から戻る所だった?」
丁度そこへジークフリートがレジナルドを伴って通りかかった。
「ジークフリート殿下、レジナルド様…」
「やぁ、セシリア嬢。随分体調は戻ったようだね、良かった」
セシリアにしてみれば王宮に来て初めて見かけたレジナルドの姿なのだが、どうやら向こうはそうではないらしい。
「あの、レジナルド様。明日からよろしくお願いいたします。」
「あぁ、ジークから聞いているよ。こちらこそよろしくね」
レジナルドは横にいるジークフリートを軽く小突くと、セシリアに会釈をしてすぐにその場を離れていった。
「殿下、レジナルド様はよろしかったのですか?」
「奴は丁度帰るところだったんだ、問題ない。それよりも、こんな所で何を?」
ジークフリートは侍女に後はいいから下がるように伝えると、セシリアの隣に並んだ。風に乗って花の香りが漂ってくる。
「部屋へ戻る前に少しだけ花を見たいと思いまして…。でも月も出ておりませんから、やめておきます。」
セシリアが言い終わらないうちに、ジークフリートは庭園へ1歩足を踏み入れた。
「おいで。私が案内しよう。」
断るのも不自然かと差し伸べられた手に手を重ねると、2人は黙ったままゆっくりと歩き出した。
程なく、噴水の傍までやって来ると、ジークフリートが足を止めそれにつられてセシリアも立ち止まった。
「分かってはおりましたが、あまり花は見えませんでしたね」
セシリアが苦笑すると、ジークフリートもまた花壇の方を向いたようだった。
「あぁ、花は確かに。…でも私は貴方がここに居てくれれば、それだけでいい」
そう言うと、ジークフリートは昨夜のようにセシリアの右手を引き寄せ、その胸に抱き寄せた。
「殿下、困りま…す!」
「…少しだけでいい このままで――」
「――」
目をギュッと閉じると、首元に暖かい吐息がかかるのを感じた。
「…リア、君は薬のせいで熱も高かったし覚えていないのかもしれない。でも、私は今でもはっきりと覚えているし、むしろ頭から離れないんだ…」
何のことだろうか?何か大事なことを覚えていないというのだろうか?
「頭から、離れない…?」
ジークフリートはようやくセシリアを胸から離すと、今度はその目に熱を込めて真っ直ぐに見つめてくる。
「そうだよ、リア。まだしばらくは僕の側から離れないでいて…いいね?」
噴水のたてる水音を聞きながら、セシリアはその意味する所が分からず、やはり何も言うことができなかった。
庭園でのジークフリートとの会話に何か引っかかるものを感じていたセシリアは、部屋に戻るとそのまま窓辺に行き、外を眺めながらしばらく考え込んだ。
――殿下からは嫌悪の感情は感じない…むしろ私の事を――
その先に自ら続けようとしていた言葉に驚き、慌てて瞬きをする。そんなはずはなかった。
――私は初めての茶会に薬入りの怪しげな菓子を持ってきた侯爵令嬢だ。そう、この事に関して私は罪に問われる筈なのだ。いくら殿下に気にするな、自分が守ると言われようが信じられる訳がなかった。
薬の影響がなくなるまでは殿下の元で監視の意味も込め、保護して貰っているだけ…。ならば今後何かしらの処分が下るのだろうか。殿下は私を王宮から逃がすのは不味いとお考えなのだわ。…では、なぜ?
記憶にはないが、何かジークフリートの弱みでも見聞きしてしまったのだろうか?
暗闇に浮かぶ庭園を見つめながらセシリアは記憶を辿ってみるのだが、やはり何一つ思い出せそうになかった。
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