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告白
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「なぁマルセル。眠れそうもないならここにいても?」
「あぁ……。」
ジャンはソファーに深く座り直すと床に脚を投げ出した。
「俺がステーリアに初めて船で行った時の話を何か聞いたか?」
「いや……。ステーリアでの話は何も。」
マルセルは俯いたままでボソボソと呟いた。ジャンが気を使って話を変えようとしてくれているのが分かる。
「父はステーリアについた後も船から降りなかったんだ。普通は船が着くと同時に客は皆降ろされ、船は燃料や物資を補給するものだ。だが父は乗船したまま出航の準備が整うまで待ち、同じ船で帰って行った。」
「……ポールは何故そんな事を?」
「俺もその時はよく分からなかった。船まで迎えに来てくれた老人に連れられて後をついて行くのに必死だったから。」
「ポールの知り合いというのはその老人だったのか?」
「あぁ。古くからの知り合いだと言っていた。船が出航の準備をしている間にも何度かその人は父に会いに船まで通っていたみたいだ。」
ポールはその老人の所まで無事にジャンを送り届けたら直ぐに戻って来るとマルセルに約束をしていた。しかしいくらなんでも下船することもなく船上で出航までの時間を過ごさなくとも良かったはずだ。
ステーリアの神殿から逃亡する聖女の手助けをした神殿騎士──ひょっとしてポールはステーリアに上陸した瞬間に逮捕される事を恐れていたのだろうか?
「今になってやっと分かった。父は自らが捨てて逃げ出したステーリアの地に再び足を踏み入れる事を自分に許さなかったんだと思う。」
「……」
「父はマリエ様を幸せにする事が出来なかった。最後まで守る事も……。」
『マリエ様がどこへ転移されたとしても必ず捜し出して──幸せにすると。』
マルセルはあの日ミレーヌの別荘でポールが見せた苦悶の表情を思い出していた。
「そうか……。その老人というのはもしかしたら神殿で騎士をしていた時の知り合いだったのかもしれないな。ポールはきっと母上が死んだ事を知らせるためにステーリアへ行ったんだ。最初からステーリアの地を踏むつもりはなかったのかもしれない。」
二人は物音一つしない静かな夜に、声を潜めて話し続けた。
「俺もそう思う。」
「神殿騎士と聖女か……。」
「騎士学校では神殿や聖女に関することも多く学んだ。それから……ステーリアの王族についても。」
ジャンは少し間を置くと自らの髪を指で引っ張り、顔を顰めた。
「学校では卒業前に御前試合があって…。王族を直接見る機会もあったんだが──。その時になってやっと髪を黒く染めろと強要された意味が理解出来た。」
「強要?誰に?」
「あぁ、例の老人だよ。船を降りてすぐの日はその人の所で世話になったんだが……。家に着いて荷物を下ろすと直ぐに染められた。」
「……御前試合と何の関係が?」
「ステーリアには髪色の薄い人はほとんどいなかったと前に言っただろう?」
「あぁ、確かザールで再会した時にそう言っていたな…。」
「あれは本当は少し違うんだ。ステーリアで髪色が薄い茶色や銀色をしているのは王族だけなんだ。薄い茶色──光の具合によっては金にも見えるんだが、それが王族の色。銀に近いのは聖女様の色なんだそうだ。」
「金と銀の──」
マルセルはジャンの髪に目を向けた。今でこそクロゼで悪目立ちしないように茶色く染めてあるが、記憶の中にある三年前のジャンは確かに色白で金にも見える髪を持つ美しい少年だった。
「ステーリアの王族は眉目秀麗だと聞いたが…それも本当だったのか?」
「あぁ。色が白くて……。まるでマルセルを見ているかのようだった。マリエ様は確かにステーリアの王族と聖母様の間に生まれた聖女様だったんだな。」
マルセルは先程まで感じていた自らの不甲斐なさをひと時忘れると、今は亡き母親へと思いを馳せた。
母国の神殿を逃げ出し異国の地へ転移してきたものの、結局はまた王族の手に落ちてしまった母親。異国の地で双子の王子を産む運命だと分かっていれば、神殿に残りステーリアの聖母となる道を選んでいたのだろうか?
「ジャン、一つ聞きたいんだが。」
「?」
「神殿には聖女は二人居るが、聖母は一人なんだよな?もう一人の元聖女はどうしているんだ?」
ジャンは首を傾げると記憶を辿るようにしばらく黙り込んだ。
「聖女様は一度しか子を授かることができない。代替わりの時に選ばれた一方が聖母様になるんだ。無事に双子の聖女様が誕生したら……聖母様の姉妹は神殿から任をとかれて教会に下るんじゃなかったかな?」
「教会に下る?」
「あぁ。次代に引き継いでその力を失ったとは言え聖なる方だから。でも子を成せないから貴族に嫁ぐ事は稀だったはずだ。」
「そうか。母上はステーリアにいる間は何れにせよポールの子を持つ事は出来なかったということか……。」
「いや…待てよ?違うな。確か代替わりの儀よりも前に男女の関係を持って聖女の力を失ったという例があったような…。」
マルセルはジャンと目を見合わせると苦笑した。
「そんな例まで騎士学校では教えるのか?」
「そうだ。騎士学校を出て神殿騎士の道を歩む者も多いからな。誤った道を進まない様にと。」
「じゃあポールと母上の話も悪い例としてどこかにあったんじゃないのか?禁断の愛の逃避行だ。禁止されている転移までしたと言うんだからな。」
ジャンは再び首を傾げながら記憶の糸を辿っているようだったが、やがて顔を横に振った。
「いや、記憶にないな。」
「お前の記憶は確かなのか?もしかして剣の腕ばかり磨いて座学は疎かにしていたんじゃないだろうな?」
「あぁ……。」
ジャンはソファーに深く座り直すと床に脚を投げ出した。
「俺がステーリアに初めて船で行った時の話を何か聞いたか?」
「いや……。ステーリアでの話は何も。」
マルセルは俯いたままでボソボソと呟いた。ジャンが気を使って話を変えようとしてくれているのが分かる。
「父はステーリアについた後も船から降りなかったんだ。普通は船が着くと同時に客は皆降ろされ、船は燃料や物資を補給するものだ。だが父は乗船したまま出航の準備が整うまで待ち、同じ船で帰って行った。」
「……ポールは何故そんな事を?」
「俺もその時はよく分からなかった。船まで迎えに来てくれた老人に連れられて後をついて行くのに必死だったから。」
「ポールの知り合いというのはその老人だったのか?」
「あぁ。古くからの知り合いだと言っていた。船が出航の準備をしている間にも何度かその人は父に会いに船まで通っていたみたいだ。」
ポールはその老人の所まで無事にジャンを送り届けたら直ぐに戻って来るとマルセルに約束をしていた。しかしいくらなんでも下船することもなく船上で出航までの時間を過ごさなくとも良かったはずだ。
ステーリアの神殿から逃亡する聖女の手助けをした神殿騎士──ひょっとしてポールはステーリアに上陸した瞬間に逮捕される事を恐れていたのだろうか?
「今になってやっと分かった。父は自らが捨てて逃げ出したステーリアの地に再び足を踏み入れる事を自分に許さなかったんだと思う。」
「……」
「父はマリエ様を幸せにする事が出来なかった。最後まで守る事も……。」
『マリエ様がどこへ転移されたとしても必ず捜し出して──幸せにすると。』
マルセルはあの日ミレーヌの別荘でポールが見せた苦悶の表情を思い出していた。
「そうか……。その老人というのはもしかしたら神殿で騎士をしていた時の知り合いだったのかもしれないな。ポールはきっと母上が死んだ事を知らせるためにステーリアへ行ったんだ。最初からステーリアの地を踏むつもりはなかったのかもしれない。」
二人は物音一つしない静かな夜に、声を潜めて話し続けた。
「俺もそう思う。」
「神殿騎士と聖女か……。」
「騎士学校では神殿や聖女に関することも多く学んだ。それから……ステーリアの王族についても。」
ジャンは少し間を置くと自らの髪を指で引っ張り、顔を顰めた。
「学校では卒業前に御前試合があって…。王族を直接見る機会もあったんだが──。その時になってやっと髪を黒く染めろと強要された意味が理解出来た。」
「強要?誰に?」
「あぁ、例の老人だよ。船を降りてすぐの日はその人の所で世話になったんだが……。家に着いて荷物を下ろすと直ぐに染められた。」
「……御前試合と何の関係が?」
「ステーリアには髪色の薄い人はほとんどいなかったと前に言っただろう?」
「あぁ、確かザールで再会した時にそう言っていたな…。」
「あれは本当は少し違うんだ。ステーリアで髪色が薄い茶色や銀色をしているのは王族だけなんだ。薄い茶色──光の具合によっては金にも見えるんだが、それが王族の色。銀に近いのは聖女様の色なんだそうだ。」
「金と銀の──」
マルセルはジャンの髪に目を向けた。今でこそクロゼで悪目立ちしないように茶色く染めてあるが、記憶の中にある三年前のジャンは確かに色白で金にも見える髪を持つ美しい少年だった。
「ステーリアの王族は眉目秀麗だと聞いたが…それも本当だったのか?」
「あぁ。色が白くて……。まるでマルセルを見ているかのようだった。マリエ様は確かにステーリアの王族と聖母様の間に生まれた聖女様だったんだな。」
マルセルは先程まで感じていた自らの不甲斐なさをひと時忘れると、今は亡き母親へと思いを馳せた。
母国の神殿を逃げ出し異国の地へ転移してきたものの、結局はまた王族の手に落ちてしまった母親。異国の地で双子の王子を産む運命だと分かっていれば、神殿に残りステーリアの聖母となる道を選んでいたのだろうか?
「ジャン、一つ聞きたいんだが。」
「?」
「神殿には聖女は二人居るが、聖母は一人なんだよな?もう一人の元聖女はどうしているんだ?」
ジャンは首を傾げると記憶を辿るようにしばらく黙り込んだ。
「聖女様は一度しか子を授かることができない。代替わりの時に選ばれた一方が聖母様になるんだ。無事に双子の聖女様が誕生したら……聖母様の姉妹は神殿から任をとかれて教会に下るんじゃなかったかな?」
「教会に下る?」
「あぁ。次代に引き継いでその力を失ったとは言え聖なる方だから。でも子を成せないから貴族に嫁ぐ事は稀だったはずだ。」
「そうか。母上はステーリアにいる間は何れにせよポールの子を持つ事は出来なかったということか……。」
「いや…待てよ?違うな。確か代替わりの儀よりも前に男女の関係を持って聖女の力を失ったという例があったような…。」
マルセルはジャンと目を見合わせると苦笑した。
「そんな例まで騎士学校では教えるのか?」
「そうだ。騎士学校を出て神殿騎士の道を歩む者も多いからな。誤った道を進まない様にと。」
「じゃあポールと母上の話も悪い例としてどこかにあったんじゃないのか?禁断の愛の逃避行だ。禁止されている転移までしたと言うんだからな。」
ジャンは再び首を傾げながら記憶の糸を辿っているようだったが、やがて顔を横に振った。
「いや、記憶にないな。」
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