ある日王子は国を出ることにした

ゆみ

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招かれざる者

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 それは時計の針が深夜を回った頃だった。いつもならば目が覚めるはずのない時間に何故か目を覚ましたマルセルは、どこからか自分の名前を呼ぶ小さな声が聞こえる事に気が付いた。
 静かに身を起こすと声のする方に耳を向ける。どうやら部屋の扉の外からジャンが呼んでいるようだ。マルセルは枕元に置いてあった護身用の剣を手に取ると、扉の鍵を開けるため立ち上がった。

「ジャンか?」

 鍵を開けると同時に背の高い男が扉の間から滑るように室内に入り込み、素早く後ろ手に扉を閉めた。振り返ったその顔を見てマルセルはほっと息をついた──ジャンだ。

「剣を持ってあの机の下に隠れるんだ、急いで。」

 ジャンは扉に鍵をかけるとマルセルを大きな机の方へ押しやり、椅子を引いて下に潜らせた。元通り椅子を戻すとマルセルの姿は隠れてほぼ見えなくなる。一方のジャンはマルセルのベッドに潜り込むと、扉に背を向けて横になった。

──何が起きている?

 深夜にいきなり部屋に飛び込んで来たジャンに言われるがまま訳も分からず机の下に隠れたものの、マルセルはジャンのただならぬ様子に恐怖を感じていた。自分には分からない何かが今目の前で起きようとしているのは確かだ。

 暗闇の中でしばらく身を潜めていると、廊下を歩く靴音がかすかに耳に届いた気がした。だんだんと近付いてくるその足音に、マルセルの動悸は激しさを増していく。

──そうか、使用人のほとんどは屋敷から引き上げていった。それを知っているのは……。

 部屋の鍵が外側から開けられる音がすると音もなく扉が開かれ、何者かが暗闇の中でじっと部屋の中の様子を窺っているのが分かった。マルセルは椅子の脚の間から瞬きをすることも忘れて扉のある方を凝視した。視界の隅で靴が動くのがぼんやりと見え始める。男物の古びた革靴……屋敷の使用人だろうか?男は暗い部屋の中を迷うことなく真っすぐにベッドのある方に進んで行くようだ。
 マルセルの視界から男の脚が消えると同時に鈍い音が部屋中に響き、短いうなり声と共に何か重いものが倒れる音がした。
 マルセルの額を汗が一筋伝って落ちる──ジャンは無事なのだろうか?勝負は一瞬でついたようだがマルセルは恐怖のあまりその場から動くことが出来ず、固まったように蹲っていた。

「マルセル?もう出て来ても大丈夫だ。」

 固く目を閉じて丸まっていたマルセルは、ジャンの声を聞くとその場ではっと目を開けた。しかし膝が震えてしばらくは動けそうになかった。

「マルセル?」

 椅子が後ろに引かれると、膝をついたジャンが机の下を覗き込んできた。怪我を負った様子もなく何事もなかったとでも言うようなその顔を見て、マルセルはようやく声を出すことができた。

「ジャン……一体何があったんだ?」
「あぁ、隠れていたから何も見えなかったんだろ?とりあえずそこに男が転がってるが気絶しているだけだ。」

 机の下からようやく這い出すと、ジャンが顎で示した方に恐る恐る目を向ける。そこには今日屋敷に到着した時に馬車を牽いて行った使用人の姿があった。少し離れた場所には短剣が落ちている。

「今の物音は何だ?」

 部屋の外からロベールの声がすると同時に部屋に明かりが灯された。

「使用人の一人だろう、マルセルを狙ってきたようだ。」
「怪我は?大丈夫だったのか?」
「あぁ、俺たちは問題ない。」

 ジャンは床に落ちた短剣を拾い上げるとそれをロベールに手渡した。ロベールはベッドからシーツを引きはがすと、それを割いて使用人を拘束しはじめる。マルセルはただ黙って二人のする事を見ているしかなかった。

「ジャンがいてくれて助かったよ。俺一人じゃ何もできないところだった。」
「俺がいなかったら学園の寮に入ってたんだ、ここの使用人にマルセルが狙われるような事もなかったはずだろう?」
「まぁ確かに……」

 マルセルは二人から目を逸らすとぐっと唇をかみしめた。自分は机の下に隠れたまま恐怖で動くこともできなかったというのに、ジャンとロベールは何とも思っていない様子で淡々と事を処理しようとしている。あっという間に使用人は拘束されると、二人の手によってどこかへ連れて行かれた。

──我ながら情けない。

 マルセルはその場で立ち尽くしたまま、じっと自分の剣を見下ろした。銀色に輝き優美な曲線を描く飾りに大きな宝石が嵌められたおもちゃのような剣──。自分の細く頼りない腕にはお似合いだと思った。
 マルセルの身代わりでベッドに潜んでいたジャンは、あの重そうな剣を引き抜くまでもなく、使用人の短剣を軽々とかわし気絶をさせたのだろう。

「マルセル?」
「ジャン、戻ってきたのか。」
「大丈夫か?」
「あぁ……。」

 部屋に一人で戻ってきたジャンはマルセルと共にソファーに腰掛けると小さくため息をついた。

「酷い顔をしてるな、マルセルらしくない。」

 マルセルは無意識に手で口元を隠すと、ジャンの腰にさしてある剣に目を向けていた。

「……何故使用人がこの部屋に来ることが分かった?流石に物音で気付いた訳ではないんだろう?」
「うーん……半分正解かな?何か動きがあれば直ぐに分かるように一応待機していたから物音に気付くことができた。」
「待機……。」
「騎士として当然の役割だ。」

 マルセルはようやく顔を上げてジャンの顔を見ると、訳もなくその場で大きな声で叫びたい衝動に駆られた。

「私は……なんて無力なんだろう……自分で自分が心底情けないと思った。」

 ジャンは顔を歪めて俯いたマルセルの目から一粒の涙が零れたのを、ただ黙って見ていないふりをした。
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