ある日王子は国を出ることにした

ゆみ

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王都クロゼの出会い

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 ジャンは使用人に聞いた話を思い出しながら一人馬を駆った。
 屋敷を出るとまずは周辺を一周してみることにした。ロベール以外は王都の地理に詳しくないが、2年住む予定ならば多少の土地勘は必要になって来る。
 
──これがトロメリンの王都……。

 色とりどりの建物や賑やかに行き交う馬車が目に入ると、ジャンは外套のフードを一層深くかぶり直した。ステーリアの騎士学校に通っていた時には髪を黒く染めていたが、それも数か月前の話だった。今では新たな生活に向けて髪を茶色に染め直していたが、結局それ以外の部分は何も変わっていない。ステーリアとザールでは自分に向けられる視線が違うことを留学先から帰って来てすぐに気が付いてはいたが、やはり王都でもそうだった。このままではマルセルを連れて出かける訳にはいかないだろう。

 満足のいくまで馬で周辺の様子を見て回ると、ロベールとの約束通り商店街へ足を向けた。通りを行く人々になるべく顔を見られないように注意しながら数軒の店を回り必要な物を買い揃えていると、知らぬ間に時は過ぎていた。

──あまり遅くなるのもまずい。そろそろ戻るか…。

「ありがとうございました!気を付けて帰ってね!」

 ジャンが時計に目を向けた瞬間、一軒の店から出てきた老人がよろめいたはずみでジャンに向かって倒れこんできた。驚いたジャンが顔を上げると、店の扉の前に立っていた店員らしき娘が咄嗟に老人の腕を引っ張ってその体を支えた。

「あっ!ほら、おじさん大丈夫?真っすぐ歩ける?」
「だいじょうぶだって、クラリス、ほら。」
「ごめんなさい、お怪我はありませんでしたか?」
「……」

 クラリスと呼ばれた店員はしっかりとジャンの顔を見て謝罪の言葉を告げると、何事もなかったかのようにすぐ酔っぱらった老人に向き直った。
 ジャンは黙ったまま二人を見ていたが、ふと店員の出てきた店を見上げた。

──食堂…か。

 店員は老人を連れて数軒先まで歩いていくと、その前に立っていた女性に老人を預けすぐこちらへ戻って来るようだった。その間にも店には数人の客が入って行く。店の前まで戻ってきた店員はジャンがまだそこに立っていることに気が付くとにっこりと笑いながら話しかけてきた。

「さっきはごめんなさいね。店に入るの?」
「いや…そういう訳では。」
「そう。」

 店員はそれだけを言うとジャンの横を素通りしてそのまま店に入って行った。色目を使うことも頬を赤く染めることもなく、ただ淡々と交わされたその会話にジャンは内心驚いていた。
 ジャンは店員が入って行った店の扉をしばらく見つめていたが、はっと我に返ると寒くもないのに外套を掻き合わせ、その場を足早に去った。
 通りを歩く人が増えてきたようだが、そんなことはもうどうでもよかった。ただ、ジャンの頭の中には先ほどの店員の笑顔だけが消えずに残っていた。



「どうだった?クロゼの様子は。」

 屋敷に戻るなり、待ち構えていたロベールとマルセルに捕まったジャンは曖昧な返事をすると真っすぐに窓の方まで歩いて行った。その先に何が見えるという訳でもないが、直接二人と向き合って座ると何かを気付かれそうな気がしていた。

「とりあえず馬でざっと見て回ったが、まぁ王都というだけあって人通りはかなり多いな。マルセルは当分そのままで外には出ない方がいいと思う。」

 マルセルはロベールにそっと目配せをするとわざとらしく咳をした。

「そんな事言われなくても分かってる。他には?何かあったんだろう?」
「もしかして女に追い掛け回されたとか?それとも店の女に色目でも使われたか?」
「……」

 何も答えようとしないジャンの背中を意外そうに見ると、マルセルは首を傾げた。

「今更そんな事で動揺しないだろう?」

 ジャンは窓枠に両手をつくとがっくりとうなだれた。

「俺はまだ何も言ってないんだが……。なんでそう思うんだ?」
「おいおい、俺たちの目が節穴だとでも言いたいのか?いいか?貴族っていうのは人の顔色を窺って生きてくもんなんだよ。ジャンは態度に出すぎてるし、何かあった事くらいすぐに分かるさ。」

 ジャンは諦めたように振り向くと、壁に身体を預けて意味もなく自分の靴を見つめた。

「ステーリアからこっちに戻って来て以来、好奇の目で見られることが多かった。だから外套で顔を隠して、なるべく人目をひかないようにしていたんだが。俺の顔を見ても何も言わずに普通に接する人に会った。」
「女か?」
「あぁ。こんなことは今までなかった気がして……動揺してる。」
「俺にはよく分からん動揺の仕方だな、嫌味でしかない。それで?まさか相手がばあさんだとか言うんじゃないだろ?」

 マルセルに肘で小突かれながらもロベールが意地悪く尋ねると、ジャンは目を泳がせながら首を傾げた。

「多分年下……だと。」
「決まりだな、ジャン。お前その子に一目ぼれしたんだよ。」
「え?」
「は?」

 ジャンはマルセルと顔を見合わせると違うというように手を振った。

「それはない……。ただそういう風に無反応な人もいるのかと……自意識過剰だった自分に動揺してるだけで。」
「自意識過剰なくらいでないと生きていけない種類の顔なんだよ、お前ら双子は!おかしいのはその相手の方だろ?どこの店で会ったんだ?どんなドレスだった?」

 ロベールは嬉々としてジャンを問いただした。マルセルはその勢いに押されて何も言えないままじっとジャンを見ていた。

「貴族のご令嬢じゃない。商店街の……多分食堂の店員だ。」
「おいおいおい、何か面白くなって来たな!」

 ジャンは一人で大騒ぎをしているロベールを困惑した目で見ると、その横に座るマルセルに視線を移した。マルセルは先ほどから何も言わないが、紫色の瞳をキラキラさせてこちらをじっと見ている。

「ジャンの顔に見向きもしないなら、私が見に行っても平気なんじゃないか?」
「……」
「まだ新学期まで時間はある。丁度今うちにはコックもいないことだし…明日の昼にでも三人で行ってみようぜ!」
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