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金色の首飾り
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マルセルは慣れた様子で物陰に身を潜めるジャンを訝し気に見ていた。
「ジャン、もしかしていつもそうしているのか?」
「……何が?」
ジャンは店の出入り口からは死角になる絶妙な位置から金物屋を見ながら答えた。
「あの店に正面から堂々と入ったことはないのか?」
「ないな。一度でも顔を見られてみろ、あぁいう商売をしている店ではすぐに顔を覚えられる。」
「……それは……まずいのか?」
「……どう説得するべきか方向性が決まるまでは、まずくないか?」
マルセルは金物屋の前を掃除している女店主を見ながら首を傾げた。
「私ならすぐにでも呼び出して直接話をするが…。」
「ロベールのあの怯えようを見ただろ?きっと何かあるはずなんだよ。」
「そうなのか…?」
マルセルは傍で控えているポールを手招きすると、ジャンに向かって声をかけた。
「じゃあ、お前はそこでいろ。私が店内の様子を見て来る。」
「マルセル?」
「大丈夫だ、私の顔を見られようがお前の交渉の邪魔になるようなことは無い。」
「……」
マルセルがポールを従えて金物屋へ歩き始めると、ジャンは諦めたような顔をして後ろから付いてきた。
「いらっしゃいませ……何かお探し…で?」
愛想笑いを浮かべた女店主が店先を覗いたマルセルに声をかけ、一瞬その表情を曇らせた。どう見ても店頭の鍋や壺を求めてきた客には見えないからだろう。
「お客様のお探しの物でしたら店の奥の方に、どうぞ?」
女店主は手に持っていた掃除道具を慌てて傍に立てかけると店の奥の方を指さした。
「あんた!お客様だよ?」
マルセルが迷うように薄暗い店の奥の様子を窺っていると、ポールが先頭になって入って行った。壁にはどこから仕入れて来たのか古びた仮面やアクセサリーが所狭しとぶら下げられ、さらに奥には甲冑や短剣などが並んでいるのが微かに見える。
「凄いな…。あの仮面は何だ?飾りか?」
「……祭用の仮面ですが古いものですからまぁ観賞用ですな。」
マルセルの独り言に店の奥から声が返ってきた。どこから現れたのかその男はにこやかな笑みを浮かべたものの目だけは笑うことなくこちらをじっと窺っているようにも見えた。
「観賞用か。……店主、そこに剣がいくつかあるようだがそれも観賞用か?」
店主はポールの下げている剣に一瞬目を向けるとマルセルに向けて首を横に振って見せた。
「多少の物なら切ることはできますが。骨董ですから、貴方のような方が使われるものではありません。」
「そうか、骨董品か。武器屋ではないのだからそれもそうだろうな。」
マルセルはやっと慣れてきた目で店主を見据えると自らの外套のフードを静かに下ろした。店主は公爵よりもかなり年上に見えたが、騎士団で日々鍛えている公爵とは違い少し出始めた腹に髭が少し伸びた様子から実際より遥かに老けて見えているに違いない。
「お前はポールの剣を見ただけで何が分かる?」
「……何の話でしょうか?」
「しらばっくれるな。只者ではないだろう?」
「……そう言う貴方も。護衛の騎士を二人も引き連れておられるとは。うちのようなどこにでもある小さな店に一体どのようなご用件で?」
「分かっているはずだ。」
店主は顔から笑みを消すとマルセルを真っすぐに見返して小声で呟いた。
「また公爵がらみか…。」
「いや、それは違う。ミレーヌではなくザールだ。」
「……」
店主は黙ったままマルセルを睨みつけた。マルセルの後ろでぶら下げられた金属の首飾りが何かに当たる音がジャラリと響いた。
「……すまない、ちょっとひっかかった。」
「お前なぁ、驚かせるなよ。外套で前が見えていないんだろう?」
背の高いジャンがマルセルの後ろで小さく謝る声がすると、店主は目を細めてそちらを窺ったが外套を被ったままのジャンの顔まではよく見えないようだった。
ジャンが引っ掛かったという金色に輝く重そうな首飾りを見上げながら、マルセルはどうでもよさそうに呟いた。
「こんな首飾りでも買い手がいるのか?随分重そうだな。」
「王族がぶら下げてる宝石よりは軽いだろう?」
「そうなのか?女性の首飾りとはそんなに重たいものなのか…知らなかった。」
店主は黙ったままでポールの動きを注視している。マルセルは敢えてそちらを気にしないようにしながらジャンに向けて話し始めた。
「そういえば、あの娘とはまだ何も進展はないのか?どうだ、この重そうな首飾りでも贈ってみては?」
「俺の趣味を疑われるだろ?こんな未開の部族のようなギラギラしたものを敢えて選ぶなんて。」
「未開の部族?確かにどこかの部族の酋長がつけていそうだ。」
「あの……」
呆れたようなポールの声に二人が揃って顔を上げると、困惑した様子の店主とポールの顔が目に入った。
「どうした?ポール。」
「いえ……。お二人が楽しそうなのは私にも分かりますが…。」
「あぁ、楽しい。色々な物があるんだな、金物屋というのは。」
「……金属製品なら何でも置いてありますから。ですがそれは女性に贈るような品物ではないかと……それに……。」
「あぁ、女性に贈り物を選ぶようなことをした事がないからな。おい店主、ポールの言う通りなのか?」
「まぁ、普通女性はこんな物を贈られても喜びはしませんなぁ。しかし……いいご身分の方が女性に贈り物を選んだことがないとは。」
「仕方ないだろう?私にはそういう縁がないんだ。そうだ、そう言えばこの近くの食堂に可愛らしい娘がいると聞いたことがあるんだが、店主は何か知らないか?」
「食堂?もしかしてクラリスのことですかねぇ?えぇ、確かに可愛い子がいますけど。あの子は駄目ですよ。」
マルセルはジャンに目配せをすると店主に先を促した。
「どうして?もう決まった相手がいるのか?」
「本人は知らないようですがね、両親が勝手に決めた相手がいるんですよ。それがこの商店街にいる若造なんですがね、どうにもいけ好かない奴でして。」
「いけ好かない、か。店主は人を見る目があるようだから確かなんだろうな。」
「肉屋の倅なんですがね、肉屋としての腕はいいんですよ。でもね、ちょっとまぁ聞いてくださいよ?」
「ジャン、もしかしていつもそうしているのか?」
「……何が?」
ジャンは店の出入り口からは死角になる絶妙な位置から金物屋を見ながら答えた。
「あの店に正面から堂々と入ったことはないのか?」
「ないな。一度でも顔を見られてみろ、あぁいう商売をしている店ではすぐに顔を覚えられる。」
「……それは……まずいのか?」
「……どう説得するべきか方向性が決まるまでは、まずくないか?」
マルセルは金物屋の前を掃除している女店主を見ながら首を傾げた。
「私ならすぐにでも呼び出して直接話をするが…。」
「ロベールのあの怯えようを見ただろ?きっと何かあるはずなんだよ。」
「そうなのか…?」
マルセルは傍で控えているポールを手招きすると、ジャンに向かって声をかけた。
「じゃあ、お前はそこでいろ。私が店内の様子を見て来る。」
「マルセル?」
「大丈夫だ、私の顔を見られようがお前の交渉の邪魔になるようなことは無い。」
「……」
マルセルがポールを従えて金物屋へ歩き始めると、ジャンは諦めたような顔をして後ろから付いてきた。
「いらっしゃいませ……何かお探し…で?」
愛想笑いを浮かべた女店主が店先を覗いたマルセルに声をかけ、一瞬その表情を曇らせた。どう見ても店頭の鍋や壺を求めてきた客には見えないからだろう。
「お客様のお探しの物でしたら店の奥の方に、どうぞ?」
女店主は手に持っていた掃除道具を慌てて傍に立てかけると店の奥の方を指さした。
「あんた!お客様だよ?」
マルセルが迷うように薄暗い店の奥の様子を窺っていると、ポールが先頭になって入って行った。壁にはどこから仕入れて来たのか古びた仮面やアクセサリーが所狭しとぶら下げられ、さらに奥には甲冑や短剣などが並んでいるのが微かに見える。
「凄いな…。あの仮面は何だ?飾りか?」
「……祭用の仮面ですが古いものですからまぁ観賞用ですな。」
マルセルの独り言に店の奥から声が返ってきた。どこから現れたのかその男はにこやかな笑みを浮かべたものの目だけは笑うことなくこちらをじっと窺っているようにも見えた。
「観賞用か。……店主、そこに剣がいくつかあるようだがそれも観賞用か?」
店主はポールの下げている剣に一瞬目を向けるとマルセルに向けて首を横に振って見せた。
「多少の物なら切ることはできますが。骨董ですから、貴方のような方が使われるものではありません。」
「そうか、骨董品か。武器屋ではないのだからそれもそうだろうな。」
マルセルはやっと慣れてきた目で店主を見据えると自らの外套のフードを静かに下ろした。店主は公爵よりもかなり年上に見えたが、騎士団で日々鍛えている公爵とは違い少し出始めた腹に髭が少し伸びた様子から実際より遥かに老けて見えているに違いない。
「お前はポールの剣を見ただけで何が分かる?」
「……何の話でしょうか?」
「しらばっくれるな。只者ではないだろう?」
「……そう言う貴方も。護衛の騎士を二人も引き連れておられるとは。うちのようなどこにでもある小さな店に一体どのようなご用件で?」
「分かっているはずだ。」
店主は顔から笑みを消すとマルセルを真っすぐに見返して小声で呟いた。
「また公爵がらみか…。」
「いや、それは違う。ミレーヌではなくザールだ。」
「……」
店主は黙ったままマルセルを睨みつけた。マルセルの後ろでぶら下げられた金属の首飾りが何かに当たる音がジャラリと響いた。
「……すまない、ちょっとひっかかった。」
「お前なぁ、驚かせるなよ。外套で前が見えていないんだろう?」
背の高いジャンがマルセルの後ろで小さく謝る声がすると、店主は目を細めてそちらを窺ったが外套を被ったままのジャンの顔まではよく見えないようだった。
ジャンが引っ掛かったという金色に輝く重そうな首飾りを見上げながら、マルセルはどうでもよさそうに呟いた。
「こんな首飾りでも買い手がいるのか?随分重そうだな。」
「王族がぶら下げてる宝石よりは軽いだろう?」
「そうなのか?女性の首飾りとはそんなに重たいものなのか…知らなかった。」
店主は黙ったままでポールの動きを注視している。マルセルは敢えてそちらを気にしないようにしながらジャンに向けて話し始めた。
「そういえば、あの娘とはまだ何も進展はないのか?どうだ、この重そうな首飾りでも贈ってみては?」
「俺の趣味を疑われるだろ?こんな未開の部族のようなギラギラしたものを敢えて選ぶなんて。」
「未開の部族?確かにどこかの部族の酋長がつけていそうだ。」
「あの……」
呆れたようなポールの声に二人が揃って顔を上げると、困惑した様子の店主とポールの顔が目に入った。
「どうした?ポール。」
「いえ……。お二人が楽しそうなのは私にも分かりますが…。」
「あぁ、楽しい。色々な物があるんだな、金物屋というのは。」
「……金属製品なら何でも置いてありますから。ですがそれは女性に贈るような品物ではないかと……それに……。」
「あぁ、女性に贈り物を選ぶようなことをした事がないからな。おい店主、ポールの言う通りなのか?」
「まぁ、普通女性はこんな物を贈られても喜びはしませんなぁ。しかし……いいご身分の方が女性に贈り物を選んだことがないとは。」
「仕方ないだろう?私にはそういう縁がないんだ。そうだ、そう言えばこの近くの食堂に可愛らしい娘がいると聞いたことがあるんだが、店主は何か知らないか?」
「食堂?もしかしてクラリスのことですかねぇ?えぇ、確かに可愛い子がいますけど。あの子は駄目ですよ。」
マルセルはジャンに目配せをすると店主に先を促した。
「どうして?もう決まった相手がいるのか?」
「本人は知らないようですがね、両親が勝手に決めた相手がいるんですよ。それがこの商店街にいる若造なんですがね、どうにもいけ好かない奴でして。」
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