ある日王子は国を出ることにした

ゆみ

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男の決断

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『 マリエ様がどこへ転移されたとしても必ず捜し出して──幸せにすると約束したのです。』

 ポールはそう言った時どんな顔をしていただろうか?

『 母上の幸せ?外へ出ることも出来ず隠れるようにして暮らす事がそうだったとでも言いたいのか? 』

 そう言った時、自分は一体……。

 マルセルは無意識のうちに視線をジャンに向けると、そこに黒髪黒目の騎士の姿を重ねている自分に気が付いた。

「酷い話だ…。何ヶ月も探し回っているうちに心変わりをされていたなんて。」
「ポールの立場で言えば確かにそうなのです。ですが同じ話を私の妻が聞いた時、なんと言ったとお思いですか?」
「シモンの妻?」
「えぇ、妻はこう言いました。マリエ様が転移される前にハッキリと決断できなかったポールも悪いのだと。」
「決断?」

 シモンは苦笑を浮かべながらジャンに視線を向けると大きく頷いて見せた。

「そうです。ポールにはステーリアでマリエ様と夫婦になるという選択肢もあったのです。ですが各方面への影響を考えたのか、二人はその道を選ばず敢えて難しい道を選んでしまった──。」
「ステーリアで聖女様と騎士が夫婦になるには、やはり駆け落ちしか方法がなかったのですか?」
「いいえ、何も逃げ出す必要はなかったのです。代替わりの儀に臨めるのは聖なる力がある穢れなき聖女様だけです。つまり儀式の前にポールがマリエ様と結ばれればそれで良かった。私もそれなりに力になろうと努力致しました。ですがポールは……」

 含みを持たせたまま言葉を止め苦笑を浮かべたシモンから目を逸らすと、マルセルはジャンと顔を見合わせて納得の表情を浮かべた。

「分からなくもないな。あの二人ならば。」

 シモンは大きく頷くと手元のハンカチを広げて皺を伸ばし始めた。

「結局はそういうことだったんです──。ところで、話は変わりますが……お二人はこちらに来られてからウォーレン公爵家を頼っていらっしゃるようですね?もしかしてアルノー侯爵以外の公爵家の方々とも近々お会いになる予定がおありなのでしょうか?」

 ジャンはマルセルの方を確認すると真っすぐに姿勢を整えてシモンに向き直った。

「今の所その予定はありません。神殿に参拝する以外はまだ何も決めていないので。それが何か?」
「あぁ、そうでしたか。いえ…実は……」

 シモンはハンカチを大事そうに懐に仕舞うとマルセルの方をじっと見つめた。

「一つだけご忠告を申し上げておきます。公爵家の方に会われる際には身辺に十分ご注意頂きたい。特に嫡男である次期公爵は王家とも非常に仲が良く──危険です。」
「危険?」

 横から口を挟む形でジャンが尋ねるものの、シモンはマルセルから目を離さないままで頷いた。

「マルセル様はご存じないかもしれませんが、聖母様の思い人であった殿が後にご結婚されたのは公爵の妹君──つまり公爵は王弟殿下の義理の兄ということになります。」
「王家と公爵家が姻戚関係にあるのはさほど珍しい事ではない。それの何が危険なんだ?」
「端的に申し上げますと末の弟殿下はマリエ様の事をなかなか諦められないままでいっらっしゃった。マリエ様が手に入らないならばその子供でもいいから代わりに欲しいと陛下に直訴なさったほどです……。私も陛下からその話を伺った時には耳を疑いましたが。」

 ジャンは眉を顰めると部屋の扉の方に目を向けた。マルセルは背筋が寒くなったように感じ、思わず身震いをした。

「……トロメリンにいる私たちを探し出して一体どうするつもりだったんだ?」
「さぁ、そこまでの事は私にも分かりません。」
「俺たちは生まれた時には女だと思われていたんだろう?だったら自分の子供の婚約者にでもするつもりだったんじゃないのか?」
「女……?」


『 陛下にマルセルをとられたくないでしょう?だったらこのことは内緒にしておいてね? 』


 マルセルは母親が幼いロベールに向けてニッコリと笑んでいる光景を頭に思い描くと言葉を失った。ロベールがマルセルの事を女ではなく男だと知った時、母親がロベールに向けてそう言ったのだと聞いた記憶が鮮明に蘇る。
 トロメリンのではなくにマルセルがとられるという言い方が妙だとずっと心に引っ掛かったままでいたのだが……。仮に母親の言っていた『 陛下 』というのがトロメリン国王ではなくステーリア国王の事だったとしたら──?

「王弟が私たちが男だと知った上で探していたのだとしたら、それは一体どういう意味を持つ?」
「それは……。」

 ジャンは困った様な視線をシモンに投げかけると口ごもった。一方のシモンも盛んに自らの髭を触りながら首を捻っている。

「……」

 マルセルは諦めたかのように大きなため息をつくと、ソファーから立ち上がった。

「ここから神殿に行くとしたら王都に寄る必要はなかったな?ウォーレン公の領地はどうだ?通らなければ無理か?」
「神殿ですか?えぇ、神殿があるのはウォーレン公爵領と王都との境になりますから……確かにこの港からですと王都まで行く必要はありません。しかし──。」
「遠回りをすれば公爵領を迂回して行けなくもないが、かなり道は悪いはずだ。」

 マルセルは窓辺に歩み寄りながら懐から時計を取り出した。

「何だか分からないが嫌な予感がするんだ。王都とウォーレン公爵領には出来る限り近寄りたくない。神殿に行くのも考え直した方がいいのかもしれないな。」
「胸騒ぎの次は嫌な予感か……。」
「そういうことだ。案外こういう直感というものも馬鹿に出来ないぞ?」

 一人会話についていけず戸惑いを隠せない様子のシモンを横目に、二人は目配せをし合うとニヤリと笑みを浮かべた。
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