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日常の何気ない変化
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その夜以来、男は店の営業開始時間になるとふらっと現れるようになった。何時でも一人で、他に連れや知り合いがいるということもなかった。男はクラリスに注文だけを手短に告げるとそれ以降は一切口を開こうとはしない。
初めて店に来た日に渡しそびれたお釣りをクラリスが渡そうとした時からそれは変わらなかった。
「あの、昨日の夜来てくれたお客さんですよね?」
クラリスがテーブル席についたばかりの男に話しかけると、男は明らかに驚いた様な顔をしてクラリスを見上げた。
「……何か?」
「あの、私昨日お釣りを渡すのを忘れていて。あの後直ぐに追いかけたんですけど追いつけなくて…。」
クラリスが銅貨を取り出そうとエプロンのポケットに手を伸ばすと、男は首を横に振った。
「必要ない。」
「え?……でも。」
「……」
男は何も言わずにクラリスの肩越しにドアの方を見つめ、顎でそちらを示した。
クラリスが振り返ると店の入口には案内を待つ数人の客の姿が目に入る…。
「あ…」
それきり男はクラリスの視線から逃れるかのように顔を俯けると黙り込んでしまい、クラリスは仕方なく客の応対に戻るしかなかった。
──今日のお代を貰う時にお釣りをまとめて返そう。
それなのにその日も、また次の日もクラリスが男に話しかけようと思った時にはいつだってその男は机に銀貨を一枚置き出て行く所なのだ。しかもクラリスが他の客の相手で手が離せない時ばかり、まるで狙ったかのように……。
「お母さんはどう思う?」
「さぁねぇ…。その人にも何か理由があるのかも知れないよ?」
「理由?お釣りを受け取らない理由なんてないでしょ?お金に困ってないからお釣りは要らないなんて人この世の中にいる?」
「私には分からないけどいるかもしれないじゃないか?小銭がポケットに貯まると重いから嫌だとか…。」
「えー?そうなの?」
「それか、よほど人から話かけられたくないのか…。あとは……」
「あとは?」
「その逆に気を持たせたいとか?ほら、その事をきっかけにクラリスと毎日会って話が出来るからじゃないの?」
「……話?それはないな。だって私あの人の喋ってるところ注文聞く時くらいしか聞いた事ないもん。」
叔母は休憩時間がもうすぐ終わるのを時計で確認しながらカップに残った冷めた紅茶を飲み干した。
「じゃ、話しかけられたくない事情でもあるのかもしれないね。理由が分かるまではそのお釣りが幾らになったか記録しとくことだね。面倒な事に巻き込まれるような事はないと思うけどさ?」
そんなこんなで大体一日に銅貨二、三枚のお釣り…それが三ヶ月たった今ではたまりにたまって既に銅貨82枚分にも及んでいた。
「銀貨8枚分か。流石にこれはあの人にも一言言った方がいいよね…。」
エプロンのポケットに入ったメモに目をやると、クラリスは一人で考え込んだ。あの男の人のお釣りの合計金額だけが走り書きしてあるクラリス手書きのメモだ。
「これだけあったらあと10回はうちの店で食事が出来るわ……。」
問題は、あの無口で話を聞かない男にどうやってこの状況を説明し、納得させるかだった。営業時間中ではクラリスも長々と話をしている暇などない。
「銅貨は受け取ってもらえなかったけどひょっとして銀貨なら受け取ってもらえるかな…?」
クラリスは店の営業時間が終わったのを確認すると表の扉を閉め、2階の自室に上がりエプロン姿のままベッドにどっと倒れ込んだ。
一日立ちっぱなしで働いた身体はとっくにクタクタだ。客と無駄話をし過ぎたのか喉もカラカラ。それでも今何よりも一番気にかかるのはやはりあの男の存在だった。
──初めて店に来た夜はあんなに丁寧にお礼まで言ってたのに、今は店に来ても話もしないでいつもポツンと一人で……まるで別人みたい。何を考えてるんだろう…あの人。
初めて店に来た日に渡しそびれたお釣りをクラリスが渡そうとした時からそれは変わらなかった。
「あの、昨日の夜来てくれたお客さんですよね?」
クラリスがテーブル席についたばかりの男に話しかけると、男は明らかに驚いた様な顔をしてクラリスを見上げた。
「……何か?」
「あの、私昨日お釣りを渡すのを忘れていて。あの後直ぐに追いかけたんですけど追いつけなくて…。」
クラリスが銅貨を取り出そうとエプロンのポケットに手を伸ばすと、男は首を横に振った。
「必要ない。」
「え?……でも。」
「……」
男は何も言わずにクラリスの肩越しにドアの方を見つめ、顎でそちらを示した。
クラリスが振り返ると店の入口には案内を待つ数人の客の姿が目に入る…。
「あ…」
それきり男はクラリスの視線から逃れるかのように顔を俯けると黙り込んでしまい、クラリスは仕方なく客の応対に戻るしかなかった。
──今日のお代を貰う時にお釣りをまとめて返そう。
それなのにその日も、また次の日もクラリスが男に話しかけようと思った時にはいつだってその男は机に銀貨を一枚置き出て行く所なのだ。しかもクラリスが他の客の相手で手が離せない時ばかり、まるで狙ったかのように……。
「お母さんはどう思う?」
「さぁねぇ…。その人にも何か理由があるのかも知れないよ?」
「理由?お釣りを受け取らない理由なんてないでしょ?お金に困ってないからお釣りは要らないなんて人この世の中にいる?」
「私には分からないけどいるかもしれないじゃないか?小銭がポケットに貯まると重いから嫌だとか…。」
「えー?そうなの?」
「それか、よほど人から話かけられたくないのか…。あとは……」
「あとは?」
「その逆に気を持たせたいとか?ほら、その事をきっかけにクラリスと毎日会って話が出来るからじゃないの?」
「……話?それはないな。だって私あの人の喋ってるところ注文聞く時くらいしか聞いた事ないもん。」
叔母は休憩時間がもうすぐ終わるのを時計で確認しながらカップに残った冷めた紅茶を飲み干した。
「じゃ、話しかけられたくない事情でもあるのかもしれないね。理由が分かるまではそのお釣りが幾らになったか記録しとくことだね。面倒な事に巻き込まれるような事はないと思うけどさ?」
そんなこんなで大体一日に銅貨二、三枚のお釣り…それが三ヶ月たった今ではたまりにたまって既に銅貨82枚分にも及んでいた。
「銀貨8枚分か。流石にこれはあの人にも一言言った方がいいよね…。」
エプロンのポケットに入ったメモに目をやると、クラリスは一人で考え込んだ。あの男の人のお釣りの合計金額だけが走り書きしてあるクラリス手書きのメモだ。
「これだけあったらあと10回はうちの店で食事が出来るわ……。」
問題は、あの無口で話を聞かない男にどうやってこの状況を説明し、納得させるかだった。営業時間中ではクラリスも長々と話をしている暇などない。
「銅貨は受け取ってもらえなかったけどひょっとして銀貨なら受け取ってもらえるかな…?」
クラリスは店の営業時間が終わったのを確認すると表の扉を閉め、2階の自室に上がりエプロン姿のままベッドにどっと倒れ込んだ。
一日立ちっぱなしで働いた身体はとっくにクタクタだ。客と無駄話をし過ぎたのか喉もカラカラ。それでも今何よりも一番気にかかるのはやはりあの男の存在だった。
──初めて店に来た夜はあんなに丁寧にお礼まで言ってたのに、今は店に来ても話もしないでいつもポツンと一人で……まるで別人みたい。何を考えてるんだろう…あの人。
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