元気の良さだけが取り柄な私に、今日も貴方は優しい

ゆみ

文字の大きさ
3 / 23

セブおじさんと若造

しおりを挟む
「いらっしゃいませ!」

 店の扉を開くと今日一番に入ってきた客は二件隣の金物屋の老店主──セブおじさんだった。

「クラリス、今俺の顔を見てガッカリしただろう?なんだ、アイツが来たとでも思ったのか?」
「え?アイツって?」
「とぼけても無駄だよ、ほらここんとこ毎日のようにこの時間に来てる若造だ。」
「……」

 セブおじさんはいつもの様に店の中央にある二人がけの席につくと注文もせずに話を続けた。

「クラリス目当ての客なんだろう?もしかしてお前声でもかけられたのか?」
「やだ、おじさん。また昼間から酔っ払ってるの?」
「いや、まだ酒は今から呑むとこだ。」
「……そ、そうだったの?まぁいいわ。注文はいつものでよかった?」
「あぁ。それと酒を一杯な。」
「はいはい、じゃあ一杯だけね。」

 クラリスが店の奥の叔母にいつもの注文を伝えていると、再び店に客が現れた。

「いらっしゃいませ!」
「……」

 挨拶代わりに目礼をして入ってきたのは例の男だった。

「あの……」

 クラリスは意を決して男に話しかけようとしてふと自分が相手の名前すら知らない事に気が付いた。──当然のことだ、相手はただの客なのだから…。

「おい兄ちゃん、今ちょうど噂をしてたとこなんだ。クラリス目当てなのか?」
「お、おじさん?」
「……」
「先に言っとくがな、クラリスはうちの孫の嫁になると昔っから決めてるんだ。」

 店に入って来るなり酔っ払った常連客に絡まれるなんて最悪以外の何物でもない。それなのにその男はいきなりの事に少し驚いた様子を見せたもののチラリとクラリスの方を見ると、何も言わずにセブおじさんの向かいの席に腰掛けた。

「お?おぅ……まぁいい。一杯付き合え。」
「おじさん、まだお酒呑んでないってさっき言ってたよね?本当なの?あの、ごめんなさいね?えっと──。あなた名前は?」
「………ジャン……」
「ジャン?」

 クラリスは答えて貰えないのではないかと思いながら聞いた名前をあっさりと聞き出すことが出来て思わず満面の笑みを浮かべた。

「ジャン、ごめんなさいね。店に入って来ていきなり……。それで、注文はどうする?」
「……任せる。」
「クラリス、酒をコイツにも。」
「え?」

 クラリスはいきなりジャンに酒をと言い出したセブおじさんを軽く睨むと、ジャンに問いかけた。

「あの、気にしないでね?こんな昼間からお酒に付き合う必要なんてないから。」
「……いい、もらおう。」

 クラリスはジャンの言葉に思わず自分の耳を疑った。ジャンは綺麗な青い色をした目で少しだけ挑戦的にクラリスを見ている。
 
「クラリス、上がったよ!」
「あ、いけない。」

 店の奥からクラリスを呼ぶ声が聞こえるので何時までもここで喋っている訳にもいかない。
 慌ててジャンに視線を戻すとこちらは既にセブおじさんから何か熱心に話しかけられているところだ。

──お酒…飲める年なんだ。年上…かな。

 結局その後続々と来た客に忙殺されてクラリスが気がついた時には店の中央の席ではセブおじさんが何杯目かの酒を飲み干して机に伏していた。

「やだ、おじさん、寝ちゃったの?」
「あぁ……」
「困ったな…。お酒弱いくせに好きなんだよね、おじさん。私おばさん呼んでくるから。あの…ジャン、まだ時間大丈夫?」
「……」

 客の波が落ち着いたのでクラリスがエプロンを外しながら二件隣の金物屋まで走ろうかと考えていると、それまで黙っていたジャンがいきなりセブおじさんの腕を自分の肩に回し立ち上がらせはじめた。

「ジャン?」
「家は近いのか?」
「……二件隣の金物屋さん。」
「……俺が送って行くからいい。」
「でも…あ!」

 ジャンは完全に寝ているセブおじさんの肩を支えるとほぼ抱き抱えるようにして歩き始めた。

「大丈夫?」

 クラリスの心配そうな言葉にジャンは顔を上げると少しだけ目元に笑みを浮かべて頷いた。

「じゃあ、後で店に戻ってきてくれる?話があるの……ジャンに。」
「……」

 ジャンはクラリスの方を見ながら少し考えると返事をせずに前を向きおじさんを抱え直して再び動き出した。

「約束よ?」

 二人の後ろ姿に声を掛けたものの、クラリスは何となく分かっていた。ジャンは今日はもう店に戻って来ないつもりなのだろう。
 店の奥から叔母が出て来るのが見えたので後ろ髪を引かれる思いでクラリスは遠ざかるジャンに背を向けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

《完結》戦利品にされた公爵令嬢

ヴァンドール
恋愛
戦いの《戦利品》として公爵邸に連れて行かれた公爵令嬢の運命は?

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。10~15話前後の短編五編+番外編のお話です。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。  ※R7.10/13お気に入り登録700を超えておりました(泣)多大なる感謝を込めて一話お届けいたします。 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.10/30に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。 ※R7.12/8お気に入り登録800超えです!ありがとうございます(泣)一話書いてみましたので、ぜひ!

老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。 ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

処理中です...