元気の良さだけが取り柄な私に、今日も貴方は優しい

ゆみ

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セブおじさんと若造

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「いらっしゃいませ!」

 店の扉を開くと今日一番に入ってきた客は二件隣の金物屋の老店主──セブおじさんだった。

「クラリス、今俺の顔を見てガッカリしただろう?なんだ、アイツが来たとでも思ったのか?」
「え?アイツって?」
「とぼけても無駄だよ、ほらここんとこ毎日のようにこの時間に来てる若造だ。」
「……」

 セブおじさんはいつもの様に店の中央にある二人がけの席につくと注文もせずに話を続けた。

「クラリス目当ての客なんだろう?もしかしてお前声でもかけられたのか?」
「やだ、おじさん。また昼間から酔っ払ってるの?」
「いや、まだ酒は今から呑むとこだ。」
「……そ、そうだったの?まぁいいわ。注文はいつものでよかった?」
「あぁ。それと酒を一杯な。」
「はいはい、じゃあ一杯だけね。」

 クラリスが店の奥の叔母にいつもの注文を伝えていると、再び店に客が現れた。

「いらっしゃいませ!」
「……」

 挨拶代わりに目礼をして入ってきたのは例の男だった。

「あの……」

 クラリスは意を決して男に話しかけようとしてふと自分が相手の名前すら知らない事に気が付いた。──当然のことだ、相手はただの客なのだから…。

「おい兄ちゃん、今ちょうど噂をしてたとこなんだ。クラリス目当てなのか?」
「お、おじさん?」
「……」
「先に言っとくがな、クラリスはうちの孫の嫁になると昔っから決めてるんだ。」

 店に入って来るなり酔っ払った常連客に絡まれるなんて最悪以外の何物でもない。それなのにその男はいきなりの事に少し驚いた様子を見せたもののチラリとクラリスの方を見ると、何も言わずにセブおじさんの向かいの席に腰掛けた。

「お?おぅ……まぁいい。一杯付き合え。」
「おじさん、まだお酒呑んでないってさっき言ってたよね?本当なの?あの、ごめんなさいね?えっと──。あなた名前は?」
「………ジャン……」
「ジャン?」

 クラリスは答えて貰えないのではないかと思いながら聞いた名前をあっさりと聞き出すことが出来て思わず満面の笑みを浮かべた。

「ジャン、ごめんなさいね。店に入って来ていきなり……。それで、注文はどうする?」
「……任せる。」
「クラリス、酒をコイツにも。」
「え?」

 クラリスはいきなりジャンに酒をと言い出したセブおじさんを軽く睨むと、ジャンに問いかけた。

「あの、気にしないでね?こんな昼間からお酒に付き合う必要なんてないから。」
「……いい、もらおう。」

 クラリスはジャンの言葉に思わず自分の耳を疑った。ジャンは綺麗な青い色をした目で少しだけ挑戦的にクラリスを見ている。
 
「クラリス、上がったよ!」
「あ、いけない。」

 店の奥からクラリスを呼ぶ声が聞こえるので何時までもここで喋っている訳にもいかない。
 慌ててジャンに視線を戻すとこちらは既にセブおじさんから何か熱心に話しかけられているところだ。

──お酒…飲める年なんだ。年上…かな。

 結局その後続々と来た客に忙殺されてクラリスが気がついた時には店の中央の席ではセブおじさんが何杯目かの酒を飲み干して机に伏していた。

「やだ、おじさん、寝ちゃったの?」
「あぁ……」
「困ったな…。お酒弱いくせに好きなんだよね、おじさん。私おばさん呼んでくるから。あの…ジャン、まだ時間大丈夫?」
「……」

 客の波が落ち着いたのでクラリスがエプロンを外しながら二件隣の金物屋まで走ろうかと考えていると、それまで黙っていたジャンがいきなりセブおじさんの腕を自分の肩に回し立ち上がらせはじめた。

「ジャン?」
「家は近いのか?」
「……二件隣の金物屋さん。」
「……俺が送って行くからいい。」
「でも…あ!」

 ジャンは完全に寝ているセブおじさんの肩を支えるとほぼ抱き抱えるようにして歩き始めた。

「大丈夫?」

 クラリスの心配そうな言葉にジャンは顔を上げると少しだけ目元に笑みを浮かべて頷いた。

「じゃあ、後で店に戻ってきてくれる?話があるの……ジャンに。」
「……」

 ジャンはクラリスの方を見ながら少し考えると返事をせずに前を向きおじさんを抱え直して再び動き出した。

「約束よ?」

 二人の後ろ姿に声を掛けたものの、クラリスは何となく分かっていた。ジャンは今日はもう店に戻って来ないつもりなのだろう。
 店の奥から叔母が出て来るのが見えたので後ろ髪を引かれる思いでクラリスは遠ざかるジャンに背を向けた。
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