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本当の事を教えてほしい

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 それ以降は時間の進むのが妙に遅く感じた。扉が開く度にドキッとして振り返り、客の顔を確かめるとニッコリと営業用の笑顔を浮かべることの繰り返し。

──大丈夫、ジャンはきっと約束を守ってくれる……。


「ありがとうございました。暗いから足元に気をつけて帰ってね!」
「あぁクラリス、大丈夫だよ。婆さんが灯りを持ってそこまで来てるだろうからね。」

 店を出る最後の客を扉の前で見送ると、クラリスは夜空を見上げた。今夜は曇っているせいで月も出ていない。千鳥足の鍛冶屋のお爺さんが一人で帰るには少し危ないような気もした。通りの向こう側、鍛冶屋がある方向を見やると小さな灯りが揺れているのが見えた。どうやらお爺さんの言った通りに迎えが来たようだ。
 ようやく一安心して店に入ろうと振り返ったクラリスの目に、いきなりジャンの姿が飛び込んで来た。
どうやら店の外の壁にもたれかかって最後の客が出て行くのを待っていたようだ。

「ひっ!」
「……ごめん、驚いた?」
「当たり前!ビックリしたぁ!そんな所で…もしかして待っててくれたの?」
「少しだけ。店が終わった後にゆっくりと話がしたくて。」

 クラリスは慌ててジャンを店の中に招き入れると入り口の灯りを落とした。

「どうぞ座って?紅茶をいれる?」
「店は終わったんだろう?」
「そうよ?さっきのお爺さんが最後のお客さんだったから。ジャンは……私のお客さんだから。あ、ちょっと待っててね?」

 クラリスは慌てて2階まで駆け上がると、少し迷った後でマグカップ2つを取り出しジャンにもらった例の紅茶を2人分いれた。今夜は茶葉を普段より少しだけ多めの分量にして。

 マグカップ手に戻ると、ジャンは誰もいない静かな店内で一人ぽつんと座って待っていた。

「これ、ジャンがくれた紅茶。まだ飲み終わってないのよ?」
「そう…。思っていたよりも早く戻る事になってしまって。」

 クラリスは机にマグカップを置くと、ジャンの向かい側に腰掛けた。ジャンはマグカップを手に取り一口紅茶を飲んだ。

「あ、砂糖とミルクはこっちに!」
「いいよ。もう飲んでるし…。」

 二人はカウンターに並ぶ砂糖とミルクに目を向けるとそのまま笑いあった。

「ごめんなさい。好みが分からなくて。」
「砂糖とミルクは入れない。前もそうだったはずだけど?」
「前?あぁ、あの時は気が動転しててそんな事まで頭が回らなかったわ。」

 ジャンはマグカップを両手で抱えるように持ち直すと、机に肘をつき視線をカップの中に漂わせた。

「さっきはすまなかった。いきなり店に駆け込んであの2人を連れ出したりして、驚いただろう?店の中で騒ぎを起こすつもりはなかったんだが…。」
「あれくらい良くあることよ、全然気にしないで。」
「……まず先に君に一言言っとくべきだったんだろうが。俺も相当頭にきてたんだ。マルセルの奴が勝手な事ばかりするから…。」

 クラリスはジャンと同じ様にマグカップを両手で抱えながら話を聞いていた。カップの紅茶に映るクラリスの顔には苦笑いか愛想笑いか分からないような曖昧な笑みが浮かんでいる。

「あの二人とは……知り合いなの?」
「そうだ。アイツらからは何も…聞いてない?」
「二人がザールにある大きな会社の仕事仲間だってことは聞いたわ。人を探しにトロメリンに来てるって…。」
「そんな風に……君に?」

 ジャンは小さくため息をつくとマグカップを机に置き、困ったように頭をかくとそのまま額に手を当てながら何かを考え込んでしまった。

「ジャンも同じ会社の人なの?」
「……いや、違う。会社じゃないんだ……俺たちが仕事をしている所は。」
「そうなの?でも、マルセルさんは大きな会社を……何て言ってたかな…そう、会社を立ち上げているところだって、確かそう言ってたわ。」
「……立ち上げているのは会社じゃない。……国だよ。」
「──は?」

 見上げたクラリスをジャンの青い目が真っ直ぐに見つめ返してきた。どういう事かと考えを巡らせながらじっと見つめ合っているとジャンの方が先に口を開いた。

「トロメリンの第一王子の話を知ってる?」
「第一王子?病弱で…何年か前に亡くなったとか…?あ、まだ療養中だったかしら?」
「じゃあ双子だという王女を見た事は?」
「王女様を見た事なんかないわよ?もちろん王子様も見たことはないんだけど。」
「……本当に?君は今日会ったはずだよ?」
「……今日私が?え~っと……?」

 話がよく分からずに混乱しているクラリスを真面目な顔で見つめると、ジャンは優しく説明を続けた。

「トロメリンの亡くなった第一王子というのはマルセルの事だ。そして双子の王女というのも彼の事なんだよ。」
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