22 / 23
トロメリンの騎士
しおりを挟む
夜になると客足も落ち着き、あとは閉店時間まで酒を楽しむ客が数組残る店内をカウンター越しに見渡すと、クラリスは叔母と二人でカウンターにもたれかかっていた。
「中の仕事はどうだった?」
「駄目ね。まだ初日なのに覚えることだらけでもうくたくただわ。」
「今日は早く上がるかい?」
「そうね。そうしたいとこだけど……」
ふと店の外が騒がしくなった気がして窓の外を見ると、立派な馬が店の前で停まったのが見えた。
「こんなところに馬?」
「誰か降りてきたよ?」
叔母と二人で物珍しそうに窓から外を覗こうとしたところで店の扉が開き、騎士服を着た背の高い男が一人入ってきた。
「いらっしゃい……ジャン?」
「……」
いつもの見慣れた外套姿ではなく、騎士服を着て腰に剣を佩いたその姿にクラリスはそれがジャンだと気が付くのに時間がかかった。
ジャンは微笑みを浮かべると、クラリスの背後に視線を移した。
「もう少しで店も終わる時間だろう?君の父上に話がしたいからまた来た。待たせてもらっても?」
「父上……。あ、うん。その……上に上がる?それともここがいい?」
ジャンは店内を見渡した後でクラリスに問いかけるような視線を向けた。
「君さえよければここで。」
「あ……じゃあ、どうぞ。」
クラリスは顔が熱くなるのを感じた。いつもならば目立つことのないよう外套で全てを隠しているジャンが店の前まで馬で乗り付け、わざわざ目立つ騎士服姿で現れたのには理由があるに違いない。父親に話があるとまだ客が残っている店内で声高に言うのもきっと意味のある事なのだ。
「クラリス、お前も一緒に座ってて?お茶を準備したら私があの人を呼んで来るからさ。」
「あ、でも!」
「いいからいいから。」
戸惑っているクラリスを横目に叔母がいそいそと動き出した。
ジャンは店の奥にある4人掛けのテーブルまで近寄ると椅子を引いてクラリスを促した。
「君はここへ。どうぞ?」
「あ、……はい。」
男性に椅子を引いてもらって座ったことなどないクラリスは慌ててジャンの元へ駆け寄ると困ったように笑った。
「こういうの、ジャンはよく似合うね。慣れてるんでしょ?」
「慣れてる訳じゃないさ。」
「……」
並んで椅子に座るとジャンは一段と声を落とした。
「金物屋の主人から聞いた。ここの主人は君の本当の父親じゃないんだね?」
「……えぇ。両親は幼いころに亡くなってるから、この店の叔母夫婦が私の親代わりなの。」
「親子関係は良好?」
「へ?」
何を聞くのかとジャンの方を見上げると思ったよりも近い位置にその顔があり、クラリスは思わずぼーっと見惚れてしまった。
テーブルの向こうでいつの間に来たのか叔父がわざとらしく咳をしたのが分かった。
「お、お父さん!」
「……話があると聞いたから来たんだが。」
ジャンは椅子から立ち上がると騎士の礼をした。
「ジャン・ラマルクと申します。お時間をいただきありがとうございます。」
「……それはどうもご丁寧に。クラリスの……父です。まぁ座ってください。」
二人は畏まって挨拶を交わすと椅子に座り、叔父はどうしたものかとクラリスに助けを求めるように視線を投げてきた。
「いきなり本題に入りたいのですが。まず、これを。」
ジャンはそう言いながら一通の手紙を取り出すと少しためらう様に叔父に差し出した。
「申し訳ありませんがザール語で書いてありますので、簡単に内容を説明しますと……。」
叔父は一応封筒を開けて中身に目を通し始めたがどこまで内容が理解できているのかは分からなかった。
「……クラリスさんを正式にザールの役人として雇うという契約書です。」
「役人?クラリスが?」
「はい。それからもう一枚は……婚姻届になります。」
「婚姻……届…?」
叔父の手元にある書類を凝視しながらクラリスの頭は目まぐるしく動いていた。
「ジャン?どういうこと?」
「昨日話しただろう?最初は見習いからだけど向こうで財務職に就くための契約書だよ。」
「……財務職。」
「それからこっちは俺たちの婚姻届。」
テーブルの向こうからは叔父がクラリスの方をじっと見ている。クラリスは膝の上でぎゅっと手を握り締めて目を固く閉じた。
「婚姻って?」
「クラリス?」
ジャンは焦ったように小声になるとクラリスに囁いた。
「俺についてザールに来てくれるって、昨日そう言ったよね?」
「それは、確かに……言った。」
「それに俺のこと好きだって…。それじゃ君はどういうつもりでザールに来ようとしてたの?」
「はっきり分からないから困ってたの!」
「……困ってた?」
もう一度叔父が大きく咳ばらいをしたので二人は前に向き直った。
「それで?俺はどこにサインすればいい?」
「……ここと、ここです。」
叔父は黙って契約書と婚姻届にサインをすると、クラリスに向かってそれを差し出した。
「私?」
「後のことは二人でもう少し話し合ってから決めるんだろう?店のことはいいから上に行きなさい。」
「お父さん…。」
「店が終わったらまた話を聞こう。」
そう言い置くと叔父は立ち上がり、ジャンの方をちらりと見ると再び厨房へ戻って行った。
「中の仕事はどうだった?」
「駄目ね。まだ初日なのに覚えることだらけでもうくたくただわ。」
「今日は早く上がるかい?」
「そうね。そうしたいとこだけど……」
ふと店の外が騒がしくなった気がして窓の外を見ると、立派な馬が店の前で停まったのが見えた。
「こんなところに馬?」
「誰か降りてきたよ?」
叔母と二人で物珍しそうに窓から外を覗こうとしたところで店の扉が開き、騎士服を着た背の高い男が一人入ってきた。
「いらっしゃい……ジャン?」
「……」
いつもの見慣れた外套姿ではなく、騎士服を着て腰に剣を佩いたその姿にクラリスはそれがジャンだと気が付くのに時間がかかった。
ジャンは微笑みを浮かべると、クラリスの背後に視線を移した。
「もう少しで店も終わる時間だろう?君の父上に話がしたいからまた来た。待たせてもらっても?」
「父上……。あ、うん。その……上に上がる?それともここがいい?」
ジャンは店内を見渡した後でクラリスに問いかけるような視線を向けた。
「君さえよければここで。」
「あ……じゃあ、どうぞ。」
クラリスは顔が熱くなるのを感じた。いつもならば目立つことのないよう外套で全てを隠しているジャンが店の前まで馬で乗り付け、わざわざ目立つ騎士服姿で現れたのには理由があるに違いない。父親に話があるとまだ客が残っている店内で声高に言うのもきっと意味のある事なのだ。
「クラリス、お前も一緒に座ってて?お茶を準備したら私があの人を呼んで来るからさ。」
「あ、でも!」
「いいからいいから。」
戸惑っているクラリスを横目に叔母がいそいそと動き出した。
ジャンは店の奥にある4人掛けのテーブルまで近寄ると椅子を引いてクラリスを促した。
「君はここへ。どうぞ?」
「あ、……はい。」
男性に椅子を引いてもらって座ったことなどないクラリスは慌ててジャンの元へ駆け寄ると困ったように笑った。
「こういうの、ジャンはよく似合うね。慣れてるんでしょ?」
「慣れてる訳じゃないさ。」
「……」
並んで椅子に座るとジャンは一段と声を落とした。
「金物屋の主人から聞いた。ここの主人は君の本当の父親じゃないんだね?」
「……えぇ。両親は幼いころに亡くなってるから、この店の叔母夫婦が私の親代わりなの。」
「親子関係は良好?」
「へ?」
何を聞くのかとジャンの方を見上げると思ったよりも近い位置にその顔があり、クラリスは思わずぼーっと見惚れてしまった。
テーブルの向こうでいつの間に来たのか叔父がわざとらしく咳をしたのが分かった。
「お、お父さん!」
「……話があると聞いたから来たんだが。」
ジャンは椅子から立ち上がると騎士の礼をした。
「ジャン・ラマルクと申します。お時間をいただきありがとうございます。」
「……それはどうもご丁寧に。クラリスの……父です。まぁ座ってください。」
二人は畏まって挨拶を交わすと椅子に座り、叔父はどうしたものかとクラリスに助けを求めるように視線を投げてきた。
「いきなり本題に入りたいのですが。まず、これを。」
ジャンはそう言いながら一通の手紙を取り出すと少しためらう様に叔父に差し出した。
「申し訳ありませんがザール語で書いてありますので、簡単に内容を説明しますと……。」
叔父は一応封筒を開けて中身に目を通し始めたがどこまで内容が理解できているのかは分からなかった。
「……クラリスさんを正式にザールの役人として雇うという契約書です。」
「役人?クラリスが?」
「はい。それからもう一枚は……婚姻届になります。」
「婚姻……届…?」
叔父の手元にある書類を凝視しながらクラリスの頭は目まぐるしく動いていた。
「ジャン?どういうこと?」
「昨日話しただろう?最初は見習いからだけど向こうで財務職に就くための契約書だよ。」
「……財務職。」
「それからこっちは俺たちの婚姻届。」
テーブルの向こうからは叔父がクラリスの方をじっと見ている。クラリスは膝の上でぎゅっと手を握り締めて目を固く閉じた。
「婚姻って?」
「クラリス?」
ジャンは焦ったように小声になるとクラリスに囁いた。
「俺についてザールに来てくれるって、昨日そう言ったよね?」
「それは、確かに……言った。」
「それに俺のこと好きだって…。それじゃ君はどういうつもりでザールに来ようとしてたの?」
「はっきり分からないから困ってたの!」
「……困ってた?」
もう一度叔父が大きく咳ばらいをしたので二人は前に向き直った。
「それで?俺はどこにサインすればいい?」
「……ここと、ここです。」
叔父は黙って契約書と婚姻届にサインをすると、クラリスに向かってそれを差し出した。
「私?」
「後のことは二人でもう少し話し合ってから決めるんだろう?店のことはいいから上に行きなさい。」
「お父さん…。」
「店が終わったらまた話を聞こう。」
そう言い置くと叔父は立ち上がり、ジャンの方をちらりと見ると再び厨房へ戻って行った。
0
あなたにおすすめの小説
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。10~15話前後の短編五編+番外編のお話です。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非!
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。 ※R7.10/13お気に入り登録700を超えておりました(泣)多大なる感謝を込めて一話お届けいたします。 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.10/30に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。 ※R7.12/8お気に入り登録800超えです!ありがとうございます(泣)一話書いてみましたので、ぜひ!
老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。
ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。
ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました
三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。
優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。
優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。
そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。
絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。
そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
あなたが残した世界で
天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。
八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる