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ノープラン
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「本当に良かったの?」
「何が、ですか?」
「買い物行くとか映画見に行くとか…そういうの言われるかと思ってたんだけど。」
「あー……なんか、すみません。」
3月初旬。私が先輩との待ち合わせに選んだのは近場の大きめの公園だった。桜の花にはまだ早く、おまけに今日は風が強くて肌寒い。
「風強ぇー。ちょっと寒くない?コーヒーとか飲めるんだっけ?あそこ避難しようか?」
そう言いながら先輩が指さした先にはおしゃれなカフェがあった。ファストフード店やフードコートではなくちゃんとしたカフェ。私は返事をする代わりに大きく頷いた。先輩は首を傾げながらパーカーのポケットに両手を突っ込むと、カフェに向けて歩き出した。
「予想外に寒くなったね。」
「ほんと、ごめんなさい。天気のこととか何も考えてなくて……。」
「気にしないで。興味ない映画見せられるよりこっちのが全然いいよ。」
「あ、カフェでくだらない話を何時間も聞かせたりしませんから、ご心配なく。」
「なんで?ゆっくりすればいいじゃん?どうせこの後ノープランなんでしょ?」
「でも……。」
ガラス張りで通りから丸見えのカフェの店内はそう混み合っている訳でもなく空席が目立つ。入り口の手前で足を止めた私を、先輩は怪訝な顔をして振り返った。
私はどう説明したら分かってもらえるだろうかと先輩の足元に視線を彷徨わせた。映画館もショッピングモールも大通りに面したカフェも──。万が一、誰かに見られるような場所は避けたかった。私はいい、でもきっと先輩はそれを望んでいないんじゃないか……なんて。
「ほら、入るよ。」
先輩は口ごもったままじっとしていた私の背中に手を回すと、カフェのドアを開けて先に入るよう促した。余りにも自然なその仕草に胸がチクリとした。流されるように店内へ入ると、暖かい空気とともにコーヒーのいい香りが漂ってくる。
結局公園から丸見えの窓際の席に案内された私はもう開き直るしかなかった。この後どうするか早く考えて、なんとかこの目立つ場所から抜け出さねば──。
「私はカプチーノをお願いします。」
「……じゃ、同じのもう一つ。」
この後どうするかを必死で考えていた私は、メニューを見ることもなく上の空でオーダーを伝えていた。正面に座った先輩の顔なんてまともに見られる自信がなかった。
「ケーキとか頼まないんだね。」
「あ、ケーキですか?どうぞ先輩好きなの頼んでください。」
「いや、俺が食べたいわけじゃなくて。女の子ならこういう所では激甘なカフェオレとかケーキセットが定番なのかなぁって勝手に思ってたから。」
「すみません……そこまで考えが及びませんでした。」
「……なんかさぁ、変わってるよね、君。」
「……よく言われます。」
向かいの公園の入り口から数台の自転車が出て来た事に気が付くと、私は反射的に顔を背けた。あからさますぎるその態度に、先輩はようやく理解ができたというようにため息をついた。
「あ、なんだそういう事?俺と一緒にいるとこ知り合いに見られたくないんだ。」
「違います。」
「じゃ、なんで今顔隠したの?」
「──先輩は?こういう目立つ場所で女の子と二人でいるところ見られても全然平気なんですか?」
「全く気にしないって訳でもないけどさ。わりかし大丈夫かも。それに、高校の奴らならこんな店絶対入って来ないし。」
──いや、確かに店には来ないかもしれないけど、公園出入りする人には道路から丸見えでしょ。
目の前に湯気の上がったカップが置かれ、それきり私は黙り込んでしまった。店内に緩くかかるBGMと食器のカチャカチャという音が心地よく響く。そして目の前には──。
視線を上げると先輩はテーブルに腕を載せたままボーっと窓の外を見ていた。視線の先をたどってみると、そこには犬の散歩をしている親子とウォーキング中らしい老夫婦の姿があった。
大好きなカプチーノを一口、先輩が向こうを向いている隙にこっそり飲む。カップを戻す手が震えてしまいそうになるのをじっと耐える。
──先輩、怒っちゃったかな?
「良く来るの?こういう店。注文の仕方も慣れてる感じ。」
「このお店は初めてです。でもコーヒーは大好きなんで。」
「へぇ……そうなんだ。大人だね。」
「先輩は?よく来るんですか?」
「全然。むしろ初めてかも。」
「え?」
「ん?」
「そうだったんですか。なんか、先輩の方がこう……慣れてる感あったから。」
「慣れてたら逆にやばくね?」
先輩はカプチーノをぐっと飲むと、私の方を見ながら少し笑った。こういう何気ない先輩の表情が私にとっての幸せな思い出になっていく──。でもそれだけで満足してちゃ意味が無かった。
「なんていうか……デートしてる感ありますね。」
「そう?じゃ、よかった。」
「はい。」
先輩は改まった様子で此方を見ると、少し声のトーンを落とた。
「──あのさ、そろそろ教えてもらってもいい?」
「……はい?」
「なんで1週間だけなの?」
「何が、ですか?」
「買い物行くとか映画見に行くとか…そういうの言われるかと思ってたんだけど。」
「あー……なんか、すみません。」
3月初旬。私が先輩との待ち合わせに選んだのは近場の大きめの公園だった。桜の花にはまだ早く、おまけに今日は風が強くて肌寒い。
「風強ぇー。ちょっと寒くない?コーヒーとか飲めるんだっけ?あそこ避難しようか?」
そう言いながら先輩が指さした先にはおしゃれなカフェがあった。ファストフード店やフードコートではなくちゃんとしたカフェ。私は返事をする代わりに大きく頷いた。先輩は首を傾げながらパーカーのポケットに両手を突っ込むと、カフェに向けて歩き出した。
「予想外に寒くなったね。」
「ほんと、ごめんなさい。天気のこととか何も考えてなくて……。」
「気にしないで。興味ない映画見せられるよりこっちのが全然いいよ。」
「あ、カフェでくだらない話を何時間も聞かせたりしませんから、ご心配なく。」
「なんで?ゆっくりすればいいじゃん?どうせこの後ノープランなんでしょ?」
「でも……。」
ガラス張りで通りから丸見えのカフェの店内はそう混み合っている訳でもなく空席が目立つ。入り口の手前で足を止めた私を、先輩は怪訝な顔をして振り返った。
私はどう説明したら分かってもらえるだろうかと先輩の足元に視線を彷徨わせた。映画館もショッピングモールも大通りに面したカフェも──。万が一、誰かに見られるような場所は避けたかった。私はいい、でもきっと先輩はそれを望んでいないんじゃないか……なんて。
「ほら、入るよ。」
先輩は口ごもったままじっとしていた私の背中に手を回すと、カフェのドアを開けて先に入るよう促した。余りにも自然なその仕草に胸がチクリとした。流されるように店内へ入ると、暖かい空気とともにコーヒーのいい香りが漂ってくる。
結局公園から丸見えの窓際の席に案内された私はもう開き直るしかなかった。この後どうするか早く考えて、なんとかこの目立つ場所から抜け出さねば──。
「私はカプチーノをお願いします。」
「……じゃ、同じのもう一つ。」
この後どうするかを必死で考えていた私は、メニューを見ることもなく上の空でオーダーを伝えていた。正面に座った先輩の顔なんてまともに見られる自信がなかった。
「ケーキとか頼まないんだね。」
「あ、ケーキですか?どうぞ先輩好きなの頼んでください。」
「いや、俺が食べたいわけじゃなくて。女の子ならこういう所では激甘なカフェオレとかケーキセットが定番なのかなぁって勝手に思ってたから。」
「すみません……そこまで考えが及びませんでした。」
「……なんかさぁ、変わってるよね、君。」
「……よく言われます。」
向かいの公園の入り口から数台の自転車が出て来た事に気が付くと、私は反射的に顔を背けた。あからさますぎるその態度に、先輩はようやく理解ができたというようにため息をついた。
「あ、なんだそういう事?俺と一緒にいるとこ知り合いに見られたくないんだ。」
「違います。」
「じゃ、なんで今顔隠したの?」
「──先輩は?こういう目立つ場所で女の子と二人でいるところ見られても全然平気なんですか?」
「全く気にしないって訳でもないけどさ。わりかし大丈夫かも。それに、高校の奴らならこんな店絶対入って来ないし。」
──いや、確かに店には来ないかもしれないけど、公園出入りする人には道路から丸見えでしょ。
目の前に湯気の上がったカップが置かれ、それきり私は黙り込んでしまった。店内に緩くかかるBGMと食器のカチャカチャという音が心地よく響く。そして目の前には──。
視線を上げると先輩はテーブルに腕を載せたままボーっと窓の外を見ていた。視線の先をたどってみると、そこには犬の散歩をしている親子とウォーキング中らしい老夫婦の姿があった。
大好きなカプチーノを一口、先輩が向こうを向いている隙にこっそり飲む。カップを戻す手が震えてしまいそうになるのをじっと耐える。
──先輩、怒っちゃったかな?
「良く来るの?こういう店。注文の仕方も慣れてる感じ。」
「このお店は初めてです。でもコーヒーは大好きなんで。」
「へぇ……そうなんだ。大人だね。」
「先輩は?よく来るんですか?」
「全然。むしろ初めてかも。」
「え?」
「ん?」
「そうだったんですか。なんか、先輩の方がこう……慣れてる感あったから。」
「慣れてたら逆にやばくね?」
先輩はカプチーノをぐっと飲むと、私の方を見ながら少し笑った。こういう何気ない先輩の表情が私にとっての幸せな思い出になっていく──。でもそれだけで満足してちゃ意味が無かった。
「なんていうか……デートしてる感ありますね。」
「そう?じゃ、よかった。」
「はい。」
先輩は改まった様子で此方を見ると、少し声のトーンを落とた。
「──あのさ、そろそろ教えてもらってもいい?」
「……はい?」
「なんで1週間だけなの?」
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