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隼
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──高2の春。
新しいクラスには顔と名前の一致する友人がそれなりの数そろっていた。同じ陸上部の面子もチラホラいるし、学校生活を送る上で特段の不自由は感じなかった。
一番最初にその子の存在に気が付いたのは自分ではなく、確か陸上部のマネージャーだった。
「高城くん気付いてる?」
「何?」
「1年生だと思うけど。ちょっと前からよく見るんだよね、あの子。あれ絶対高城くん狙いの子だわ。」
「1年?」
「そ、大人しそうなちっちゃい子なんだけど。あー向こう行っちゃった……残念。」
振り向いた時にはもうその子の姿は何処かに消えていた。もちろん1年生の知り合いなんていないし心当たりもまるでない。
「他の奴じゃない?俺1年の女子となんか接点ないし。」
「な~に言ってるの?陸上部で一番モテてるの高城くんじゃん?この前先輩からも告られてたの私知ってるから。」
「何それ、どこ情報よ?」
「とぼける気?美香が見てたらしいよ?卒業式の前の日。」
「卒業式の前日……あぁ、あれ。」
──っていうか、ミカって誰よ?
陸上競技に青春の全てを捧げている訳でも、明確な将来へのビジョンがある訳でもなかった。高校の3年間はその後の4年間のための準備期間で通過点でしかない──そう思っていた。だからこそクラスメイトや部活の仲間との関係には波風をたてないようそれなりに気を使ってきたし、周りに合わせつつも、特段深くも浅くもない付き合いをするよう心掛けてきた。
その、どこか冷めた態度がウケたのか自分の思っているよりも周りの女子からの評価が高くなってしまったのは想定外だった。
ただ、単純に" 面倒くさい "と──そう思ってなるべく周りと距離を置いて関わらないようにしていただけなのに。
その1年生の存在は徐々に部活内でも広まり、ついにはクラスメイトにまで伝わっていたようだった。
「高城、聞いたよ?1年にもうファンがいるらしいじゃん。」
「安野──。って言うか何それ?人違いでないの?」
クラスメイトの安野沙耶は美術部に所属している黒縁眼鏡の地味系女子だ。体育の授業の時に眼鏡を外した顔を見たクラスメイトが普通に驚くくらいの整った顔立ちをしている――らしい。
普段は向こうから話しかけてくることも滅多にないのに珍しいものだと適当に受け流そうとしていると、安野は小声で続けてきた。
「美優ちゃんうちの部のかわいい新入りなんだからさ。あんまりイジメないでよ?」
「みゆちゃん――て誰?」
「ほら、よく美術室の外廊下から陸上部の練習見てる子いるでしょ?」
「あぁ、あの子美術部なの?」
「あれ?知らなかった?」
移動教室、休み時間、部活や下校時――ふと視線を感じた気がして顔を上げると、大抵その後ろ姿を見かけた。生真面目に一つに結んだ髪とまだ新しい制服。隣に並べばきっと身長差は20センチはあるだろう、その程度の認識しかなかったその子に、その時はじめて名前がついた。美術部のみゆちゃん。
──どうせすぐ飽きて次に行くんでしょ。
その存在は、いつの間にか日常の一部になっていた。初めは気にしていちいちからかってきた友人たちも、しばらくたつともう何も言わなくなった。
美術部のみゆちゃんはたまにふと見かけることがあっても、向こうから近付いてくることもなければ話しかけてくることもない。面倒くさいと思っていたこちらの方がむしろ戸惑う程にその距離感はいつまで経っても変わらなかった。
気が付けばインターハイの予選が終わり、1学期も終わろうとしていた。そろそろ3年生も部活を引退する時期。友人のうちの一人が部活帰りに聞いてきた。
「なぁ隼、さっきの見た?」
「さっきの?なんだよ。」
「例の美術部の子。彼氏と二人で帰ってなかった?」
「美術部の子?」
「そ、お前のことずっと見てたあのちっこい子。」
「あぁ、あの子?俺は見てないけど。」
「お前あの子と何かあったの?」
「俺?別に何も……。」
「えーそうなんだ?じゃあお前にフラレて次行った訳じゃないんだ、意外だな。」
「よくあるんじゃね?そういうの。」
「そうかもしれないけどさ。なんかあの子はもっと一途な感じに見えたんだけどなァー。俺の気のせい?」
「だろーな。」
「容赦ないな……」
部活終わりで汗をかいたまま自転車にまたがると二人で一斉に校門からこぎ出す。梅雨特有のジメジメとした空気が気持ち悪く、首に巻いたタオルでもう一度顔を拭った。
「あちーわ、マジできっつ――」
「隼、見ろよあれ。」
友人が顎で示した先には楽しそうに話をしながら並んで歩く男女の姿が見えた。相変わらずの一つ結びのその髪はこの前見た時より短くなった気がした。
隣を歩いているのは折れそうなほど細い足の男――多分1年だろう。
友人がわざとらしく自転車のベルをジリジリと鳴らしながら二人を追い越していく。その後に続こうとペダルをこぎ出したとき、男の方が"みゆちゃん"を庇うように脇に寄ったのが見えた。
――面倒くさ……。
新しいクラスには顔と名前の一致する友人がそれなりの数そろっていた。同じ陸上部の面子もチラホラいるし、学校生活を送る上で特段の不自由は感じなかった。
一番最初にその子の存在に気が付いたのは自分ではなく、確か陸上部のマネージャーだった。
「高城くん気付いてる?」
「何?」
「1年生だと思うけど。ちょっと前からよく見るんだよね、あの子。あれ絶対高城くん狙いの子だわ。」
「1年?」
「そ、大人しそうなちっちゃい子なんだけど。あー向こう行っちゃった……残念。」
振り向いた時にはもうその子の姿は何処かに消えていた。もちろん1年生の知り合いなんていないし心当たりもまるでない。
「他の奴じゃない?俺1年の女子となんか接点ないし。」
「な~に言ってるの?陸上部で一番モテてるの高城くんじゃん?この前先輩からも告られてたの私知ってるから。」
「何それ、どこ情報よ?」
「とぼける気?美香が見てたらしいよ?卒業式の前の日。」
「卒業式の前日……あぁ、あれ。」
──っていうか、ミカって誰よ?
陸上競技に青春の全てを捧げている訳でも、明確な将来へのビジョンがある訳でもなかった。高校の3年間はその後の4年間のための準備期間で通過点でしかない──そう思っていた。だからこそクラスメイトや部活の仲間との関係には波風をたてないようそれなりに気を使ってきたし、周りに合わせつつも、特段深くも浅くもない付き合いをするよう心掛けてきた。
その、どこか冷めた態度がウケたのか自分の思っているよりも周りの女子からの評価が高くなってしまったのは想定外だった。
ただ、単純に" 面倒くさい "と──そう思ってなるべく周りと距離を置いて関わらないようにしていただけなのに。
その1年生の存在は徐々に部活内でも広まり、ついにはクラスメイトにまで伝わっていたようだった。
「高城、聞いたよ?1年にもうファンがいるらしいじゃん。」
「安野──。って言うか何それ?人違いでないの?」
クラスメイトの安野沙耶は美術部に所属している黒縁眼鏡の地味系女子だ。体育の授業の時に眼鏡を外した顔を見たクラスメイトが普通に驚くくらいの整った顔立ちをしている――らしい。
普段は向こうから話しかけてくることも滅多にないのに珍しいものだと適当に受け流そうとしていると、安野は小声で続けてきた。
「美優ちゃんうちの部のかわいい新入りなんだからさ。あんまりイジメないでよ?」
「みゆちゃん――て誰?」
「ほら、よく美術室の外廊下から陸上部の練習見てる子いるでしょ?」
「あぁ、あの子美術部なの?」
「あれ?知らなかった?」
移動教室、休み時間、部活や下校時――ふと視線を感じた気がして顔を上げると、大抵その後ろ姿を見かけた。生真面目に一つに結んだ髪とまだ新しい制服。隣に並べばきっと身長差は20センチはあるだろう、その程度の認識しかなかったその子に、その時はじめて名前がついた。美術部のみゆちゃん。
──どうせすぐ飽きて次に行くんでしょ。
その存在は、いつの間にか日常の一部になっていた。初めは気にしていちいちからかってきた友人たちも、しばらくたつともう何も言わなくなった。
美術部のみゆちゃんはたまにふと見かけることがあっても、向こうから近付いてくることもなければ話しかけてくることもない。面倒くさいと思っていたこちらの方がむしろ戸惑う程にその距離感はいつまで経っても変わらなかった。
気が付けばインターハイの予選が終わり、1学期も終わろうとしていた。そろそろ3年生も部活を引退する時期。友人のうちの一人が部活帰りに聞いてきた。
「なぁ隼、さっきの見た?」
「さっきの?なんだよ。」
「例の美術部の子。彼氏と二人で帰ってなかった?」
「美術部の子?」
「そ、お前のことずっと見てたあのちっこい子。」
「あぁ、あの子?俺は見てないけど。」
「お前あの子と何かあったの?」
「俺?別に何も……。」
「えーそうなんだ?じゃあお前にフラレて次行った訳じゃないんだ、意外だな。」
「よくあるんじゃね?そういうの。」
「そうかもしれないけどさ。なんかあの子はもっと一途な感じに見えたんだけどなァー。俺の気のせい?」
「だろーな。」
「容赦ないな……」
部活終わりで汗をかいたまま自転車にまたがると二人で一斉に校門からこぎ出す。梅雨特有のジメジメとした空気が気持ち悪く、首に巻いたタオルでもう一度顔を拭った。
「あちーわ、マジできっつ――」
「隼、見ろよあれ。」
友人が顎で示した先には楽しそうに話をしながら並んで歩く男女の姿が見えた。相変わらずの一つ結びのその髪はこの前見た時より短くなった気がした。
隣を歩いているのは折れそうなほど細い足の男――多分1年だろう。
友人がわざとらしく自転車のベルをジリジリと鳴らしながら二人を追い越していく。その後に続こうとペダルをこぎ出したとき、男の方が"みゆちゃん"を庇うように脇に寄ったのが見えた。
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