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変化
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いつも通りの月曜日の朝ならば、部室の鍵を開けるとそのまま何もせずに真っ直ぐに教室に向かう。美術部の活動は個人個人の裁量に任されているので、学年末のこの時期に朝早く部室に顔を出すような部員はいない。
今朝は先輩からもらった参考書が置きっぱなしだった事に気が付いて教室に行く前にこっそりと確認してみることにした。
一人でゆっくりしていても大丈夫だろう。ロッカーに置いてあったバッグを開けると5冊ほどの参考書と問題集が現れる。一番上の一冊を手に取るとぱらぱらとめくってみる。ラインマーカーで真っすぐにひかれた線と付箋にきっちりと収められた文字。
「全然字汚くないし。むしろ几帳面かも。あ……コレは……何だ?」
余白に何かの絵が書き込んであったがパッと見ただけでは何の絵なのか判別できない。
「絵は苦手なのかな、もしかして。」
思わず苦笑を浮かべもっとよく見ようと問題集に顔を近付けようとした時、気配を感じた気がして視線を上げた。
休み明けの月曜の朝には絶対に部室には顔を出さないと常々宣言している幸が入り口付近に立っている──。
「……珍しいじゃん、おはよう。」
「おはよう。……そっちこそ、珍しいじゃん。何一人でニヤニヤしてるの?」
「あ、これ……譲ってもらったんだけど。置きっぱなしにしてたから、それでちょっと見てただけ。」
「うまく……いってるんだ?」
お互いにぎこちないと思いながら続けた主語のない会話に曖昧に頷き合う。昨日の今日だ、それに部室に二人きりでいる状況で先輩の名前を口にするのはさすがに気まずい。
「あのさ。昨日の事、忘れて欲しいとまでは言わないけど。そんな態度とられるとさすがに……こっちもやりにくい。」
「……だよね、それは分かってるつもりなんだけど。」
幸は何とか空気を変えようとでも思ったのか、私が手に持っている問題集を遠巻きに覗き込むようなフリをしながら話題を変えた。
「それ、問題集でしょ?同じ大学受けるつもりなの?」
「え?いや、別にそういう訳じゃなくて。」
「さすがにそれは考えすぎか。ごめん、そうだよね。先輩は頭いいし、俺らと違ってバリバリの理系だもんね。」
バリバリの理系の言葉に頷きながら手元の問題集をそっと閉じる。
「幸はどうしたの?まさか朝の部室で会うとは思わなかったんだけど。」
「……別に、もしかして美優がいるかなぁと思って見に来ただけだよ。元気そうで良かった。じゃ、また後で。」
また後でと手を上げた幸の背中が遠ざかって行くのをしばらくの間ぼんやりと眺めていた。もう一緒に教室まで行く事も、バス停まで話をしながら歩いて帰ることもきっとないだろう。
幸と私の関係は、昨日の告白を境にすっかりと変わってしまってもう二度と元に戻ることはない。
のろのろと荷物をまとめて部室を後にすると外廊下は昨日の雨の名残かまだ少し濡れていた。
歩きながらグランドの方ににちらっと視線を送る。エンジ色のジャージを着た数人がストレッチをしているのが見えたがついいつもの癖で立ち止まらないように気を付けた。
私と先輩の関係性だって同じだった。卒業式の日を境にガラリと変わってしまって、私はきっともうただ遠くから先輩の事を眺めているだけの時に戻ることはできない。
――変わらなきゃ、私も。
「ねぇ美優!ちょっと聞いたよ?やったじゃん!」
「……何、いきなり。」
「嫌だなぁとぼけないでよ。高城先輩に告ったんでしょ?」
「え?」
教室の後ろで固まっていた女子数人のグループに捕まると、一斉に声を掛けられた。
「サッカー部の男子に聞いたよ?」
「え、ホントに?私陸上部の子から聞いた~。」
「スゴイじゃん、でもイキナリ遠距離ってヤバくない?」
「そこは愛の力で乗り越えるんだってば!」
「イヤ~!マジか~!」
「……」
「あ、ゴメン。そこは私らに触れられたくないカンジ?」
「……そんなんじゃ、ないから。」
サッカー部と言えばきっとあの人だ。部活終わりに先輩に声を掛けてきた先輩の友達の弟。
こういう話はあっという間に広まるけれど、きっと飽きられるのも早いはずだった。特に相手が卒業してしまった後なら尚更。目新しい話題が次々投下されない限り噂なんてあっという間に消えてしまう……そう思って黙ってやり過ごすしかなかった。
――先輩がよく面倒くさいって言ってた気持ち、今なら分かるな。いろんな噂が流れるたびにいちいちからかわれて騒がれてたんだろうな。
" 美術部のみゆちゃん "
先輩の声で再生されるその名前は、なんだかとても健気で守りたくなるような女の子だったけど、実際の私はただの拗らせた面倒くさい女。好きな人に好きと伝えることすらできないで困らせてばかりいる。
――幸……私、ここから前に進みたい。でも、先輩と同じ方向を向いて歩けるかどうかは分からない。こういう時どうすればいいんだろう?
今朝は先輩からもらった参考書が置きっぱなしだった事に気が付いて教室に行く前にこっそりと確認してみることにした。
一人でゆっくりしていても大丈夫だろう。ロッカーに置いてあったバッグを開けると5冊ほどの参考書と問題集が現れる。一番上の一冊を手に取るとぱらぱらとめくってみる。ラインマーカーで真っすぐにひかれた線と付箋にきっちりと収められた文字。
「全然字汚くないし。むしろ几帳面かも。あ……コレは……何だ?」
余白に何かの絵が書き込んであったがパッと見ただけでは何の絵なのか判別できない。
「絵は苦手なのかな、もしかして。」
思わず苦笑を浮かべもっとよく見ようと問題集に顔を近付けようとした時、気配を感じた気がして視線を上げた。
休み明けの月曜の朝には絶対に部室には顔を出さないと常々宣言している幸が入り口付近に立っている──。
「……珍しいじゃん、おはよう。」
「おはよう。……そっちこそ、珍しいじゃん。何一人でニヤニヤしてるの?」
「あ、これ……譲ってもらったんだけど。置きっぱなしにしてたから、それでちょっと見てただけ。」
「うまく……いってるんだ?」
お互いにぎこちないと思いながら続けた主語のない会話に曖昧に頷き合う。昨日の今日だ、それに部室に二人きりでいる状況で先輩の名前を口にするのはさすがに気まずい。
「あのさ。昨日の事、忘れて欲しいとまでは言わないけど。そんな態度とられるとさすがに……こっちもやりにくい。」
「……だよね、それは分かってるつもりなんだけど。」
幸は何とか空気を変えようとでも思ったのか、私が手に持っている問題集を遠巻きに覗き込むようなフリをしながら話題を変えた。
「それ、問題集でしょ?同じ大学受けるつもりなの?」
「え?いや、別にそういう訳じゃなくて。」
「さすがにそれは考えすぎか。ごめん、そうだよね。先輩は頭いいし、俺らと違ってバリバリの理系だもんね。」
バリバリの理系の言葉に頷きながら手元の問題集をそっと閉じる。
「幸はどうしたの?まさか朝の部室で会うとは思わなかったんだけど。」
「……別に、もしかして美優がいるかなぁと思って見に来ただけだよ。元気そうで良かった。じゃ、また後で。」
また後でと手を上げた幸の背中が遠ざかって行くのをしばらくの間ぼんやりと眺めていた。もう一緒に教室まで行く事も、バス停まで話をしながら歩いて帰ることもきっとないだろう。
幸と私の関係は、昨日の告白を境にすっかりと変わってしまってもう二度と元に戻ることはない。
のろのろと荷物をまとめて部室を後にすると外廊下は昨日の雨の名残かまだ少し濡れていた。
歩きながらグランドの方ににちらっと視線を送る。エンジ色のジャージを着た数人がストレッチをしているのが見えたがついいつもの癖で立ち止まらないように気を付けた。
私と先輩の関係性だって同じだった。卒業式の日を境にガラリと変わってしまって、私はきっともうただ遠くから先輩の事を眺めているだけの時に戻ることはできない。
――変わらなきゃ、私も。
「ねぇ美優!ちょっと聞いたよ?やったじゃん!」
「……何、いきなり。」
「嫌だなぁとぼけないでよ。高城先輩に告ったんでしょ?」
「え?」
教室の後ろで固まっていた女子数人のグループに捕まると、一斉に声を掛けられた。
「サッカー部の男子に聞いたよ?」
「え、ホントに?私陸上部の子から聞いた~。」
「スゴイじゃん、でもイキナリ遠距離ってヤバくない?」
「そこは愛の力で乗り越えるんだってば!」
「イヤ~!マジか~!」
「……」
「あ、ゴメン。そこは私らに触れられたくないカンジ?」
「……そんなんじゃ、ないから。」
サッカー部と言えばきっとあの人だ。部活終わりに先輩に声を掛けてきた先輩の友達の弟。
こういう話はあっという間に広まるけれど、きっと飽きられるのも早いはずだった。特に相手が卒業してしまった後なら尚更。目新しい話題が次々投下されない限り噂なんてあっという間に消えてしまう……そう思って黙ってやり過ごすしかなかった。
――先輩がよく面倒くさいって言ってた気持ち、今なら分かるな。いろんな噂が流れるたびにいちいちからかわれて騒がれてたんだろうな。
" 美術部のみゆちゃん "
先輩の声で再生されるその名前は、なんだかとても健気で守りたくなるような女の子だったけど、実際の私はただの拗らせた面倒くさい女。好きな人に好きと伝えることすらできないで困らせてばかりいる。
――幸……私、ここから前に進みたい。でも、先輩と同じ方向を向いて歩けるかどうかは分からない。こういう時どうすればいいんだろう?
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