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3月9日
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スマホの画面から目を離さずにヒロトは手近にあったペットボトルに手を伸ばした。
「お前また負けるって、ほら見ろw」
「馬鹿、それ止めろや!」
「うわ、最悪……」
「何今の?」
ヒロトの『最後だから』は結局これで3回目になる。ゲームに夢中になっている友人達を眺めながらボーッとしていると、勝敗がついたらしく一斉に歓声が上がる。
「後は隼に託す!」
「俺?他は誰いく?」
「じゃ俺、リベンジ。」
「マジか?」
「お?誰か今スマホ鳴らなかった?」
「隼じゃね?ほら、そろそろお迎えの時間。」
ヒロトがふざけながらそう言うと一斉に皆が笑い出す。
「何?いつの間にか子持ち?」
「馬鹿、彼女だろ?」
「一コ下なんだよ、隼の彼女。」
「まじか、じゃあ今から皆で見に行こうぜ!何組?」
スマホを確認すると確かにいい時間だった。
「見せるかよ。じゃ、俺行くわ。」
「おぅ、お疲れ!またな。」
「またなって、次は期待すんなよ。俺もう多分来れねぇし。」
「じゃ、こっちが遊びに行くわ、東京まで。」
「その時は連絡して。」
冗談とも本気とも取れるような挨拶を交わすとヒロトの部屋を出る。後ろからヒロトも抜け出してきた。
「月曜だろ?行くの。」
「そ。でもこの土日はお前の相手する気ないから。」
「分かってるって、みゆちゃんだろ?」
「……これ以上は例え相手がお前であっても答える気ないからな。」
「さてはまだ迷ってんな?」
「ノーコメントで。後、お前の弟次会うときまでにちゃんとしつけといてね?」
「……アイツに関してはホントに申し訳ない。」
「オヤツ抜きにしちゃって下さい、出来れば一月くらい。じゃマジで行くわ。」
「了解!乙です。」
ヒロトの家から高校までは自転車で行けばすぐそこ――徒歩だと20分位の所にあった。
卒業してから今日でちょうど一週間。学校帰りの彼女をバス停まで送るのは今日が最後になる。
流石に校門近くまで迎えに行くのは悪目立ちがすぎるので、待ち合わせの場所は学校近くのコンビニと決めていた。
普通の高校生が普通にこなすはずだった学生生活をなぞるように、この一週間彼女となるべく一緒に過ごした。特別な事は何もしていない。ただ一緒に手をつないで他愛ない話をしながら帰り道を歩くだけだった。
面倒くさいとは思わなかったが、肩透かしを食らった気分ではあった。薄々は気付いていた事だったけれど。
「先輩!」
「お疲れ。」
左手を差し出すと彼女の冷たい右手がそっと重ねられる。その度に春はまだもう少し先なんだと少しホッとした。
「今日、何の日か分かりますか?」
「……もしかして付き合って何日記念日とか言いたいの?」
「記念日ではないですけど"期限の日"ですよ、期限。」
「……あの最初のやつね。覚えてるけど。」
「少しだけ、話がしたいんですけど。いいですか?」
「いいよ。」
最初は目があっただけでもあれだけ緊張してぎこちなかった彼女も、今ではかなり自然に会話が交わせるようになっていた。こっちが何かを言うたびに動揺して固まって、真っ赤になっていたことを考えると格段の進歩ではある。
コンビニ前の通りを一本入ってしばらく歩いた所にベンチとブランコだけがある小さな公園があったはずだ。
前に誰かに案内されて来たことがあったなぁと記憶を探りながら公園へ向かうと二人でベンチを目指した。少しだけ間を開けて彼女が隣に座る。木製のベンチからは湿気を帯びた冷たさが這い上がって来た。
彼女の方から話したい事とは何だろう──。
「ここのところずっと、考えてたんです。どうやって話そうか、何から話そうかって。」
「うん。」
「でもやっぱり上手くまとめられる感じがしなくて。」
彼女はベンチに座ったまま少しだけ身体をこちらに向けると、小さく頭を下げた。
「一週間、私のわがままに付き合ってくれてありがとうございました。私、本当に信じられないくらい幸せで……。」
頭を下げられた瞬間に悟った。彼女はやっぱり根っからの真面目人間で――最初にした約束を忠実に守ろうともう自分の中で決めてしまっている。
「ワガママだとは思ってないよ。別に俺何も特別なことしてないし。」
「私は先輩とこうやって話をするだけで、それだけでもういっぱいいっぱいで。だけど、一週間こうやって一緒に過ごしてもらえて、先輩のこと独り占めできたんでその記憶だけでもう……。」
ひどく喉が乾いていた。全力疾走をした後のように――。水、水が欲しいとそう思った。
「俺の方こそ……ありがとう、二年間。」
「二年間……ですか。それは……さすがに重たいですね。」
彼女は全然面白くもなさそうにあははと小さく笑った。
「すみませんでした。引っ越し前で忙しい時期なのに興味もない相手とのお遊びに付き合わせちゃって。」
「お前また負けるって、ほら見ろw」
「馬鹿、それ止めろや!」
「うわ、最悪……」
「何今の?」
ヒロトの『最後だから』は結局これで3回目になる。ゲームに夢中になっている友人達を眺めながらボーッとしていると、勝敗がついたらしく一斉に歓声が上がる。
「後は隼に託す!」
「俺?他は誰いく?」
「じゃ俺、リベンジ。」
「マジか?」
「お?誰か今スマホ鳴らなかった?」
「隼じゃね?ほら、そろそろお迎えの時間。」
ヒロトがふざけながらそう言うと一斉に皆が笑い出す。
「何?いつの間にか子持ち?」
「馬鹿、彼女だろ?」
「一コ下なんだよ、隼の彼女。」
「まじか、じゃあ今から皆で見に行こうぜ!何組?」
スマホを確認すると確かにいい時間だった。
「見せるかよ。じゃ、俺行くわ。」
「おぅ、お疲れ!またな。」
「またなって、次は期待すんなよ。俺もう多分来れねぇし。」
「じゃ、こっちが遊びに行くわ、東京まで。」
「その時は連絡して。」
冗談とも本気とも取れるような挨拶を交わすとヒロトの部屋を出る。後ろからヒロトも抜け出してきた。
「月曜だろ?行くの。」
「そ。でもこの土日はお前の相手する気ないから。」
「分かってるって、みゆちゃんだろ?」
「……これ以上は例え相手がお前であっても答える気ないからな。」
「さてはまだ迷ってんな?」
「ノーコメントで。後、お前の弟次会うときまでにちゃんとしつけといてね?」
「……アイツに関してはホントに申し訳ない。」
「オヤツ抜きにしちゃって下さい、出来れば一月くらい。じゃマジで行くわ。」
「了解!乙です。」
ヒロトの家から高校までは自転車で行けばすぐそこ――徒歩だと20分位の所にあった。
卒業してから今日でちょうど一週間。学校帰りの彼女をバス停まで送るのは今日が最後になる。
流石に校門近くまで迎えに行くのは悪目立ちがすぎるので、待ち合わせの場所は学校近くのコンビニと決めていた。
普通の高校生が普通にこなすはずだった学生生活をなぞるように、この一週間彼女となるべく一緒に過ごした。特別な事は何もしていない。ただ一緒に手をつないで他愛ない話をしながら帰り道を歩くだけだった。
面倒くさいとは思わなかったが、肩透かしを食らった気分ではあった。薄々は気付いていた事だったけれど。
「先輩!」
「お疲れ。」
左手を差し出すと彼女の冷たい右手がそっと重ねられる。その度に春はまだもう少し先なんだと少しホッとした。
「今日、何の日か分かりますか?」
「……もしかして付き合って何日記念日とか言いたいの?」
「記念日ではないですけど"期限の日"ですよ、期限。」
「……あの最初のやつね。覚えてるけど。」
「少しだけ、話がしたいんですけど。いいですか?」
「いいよ。」
最初は目があっただけでもあれだけ緊張してぎこちなかった彼女も、今ではかなり自然に会話が交わせるようになっていた。こっちが何かを言うたびに動揺して固まって、真っ赤になっていたことを考えると格段の進歩ではある。
コンビニ前の通りを一本入ってしばらく歩いた所にベンチとブランコだけがある小さな公園があったはずだ。
前に誰かに案内されて来たことがあったなぁと記憶を探りながら公園へ向かうと二人でベンチを目指した。少しだけ間を開けて彼女が隣に座る。木製のベンチからは湿気を帯びた冷たさが這い上がって来た。
彼女の方から話したい事とは何だろう──。
「ここのところずっと、考えてたんです。どうやって話そうか、何から話そうかって。」
「うん。」
「でもやっぱり上手くまとめられる感じがしなくて。」
彼女はベンチに座ったまま少しだけ身体をこちらに向けると、小さく頭を下げた。
「一週間、私のわがままに付き合ってくれてありがとうございました。私、本当に信じられないくらい幸せで……。」
頭を下げられた瞬間に悟った。彼女はやっぱり根っからの真面目人間で――最初にした約束を忠実に守ろうともう自分の中で決めてしまっている。
「ワガママだとは思ってないよ。別に俺何も特別なことしてないし。」
「私は先輩とこうやって話をするだけで、それだけでもういっぱいいっぱいで。だけど、一週間こうやって一緒に過ごしてもらえて、先輩のこと独り占めできたんでその記憶だけでもう……。」
ひどく喉が乾いていた。全力疾走をした後のように――。水、水が欲しいとそう思った。
「俺の方こそ……ありがとう、二年間。」
「二年間……ですか。それは……さすがに重たいですね。」
彼女は全然面白くもなさそうにあははと小さく笑った。
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