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第一話 明日、私は結婚するらしい
しおりを挟む「――お前の結婚が決まった。明日、式をする用意をしなさい」
突然、意識の奥に父の声が飛び込んできた。
重く、逃げ場のない命令口調。
反射的に、私は答えていた。
「……はい」
返事をしたはずなのに、思考はまるで追いついていなかった。
私は今、何をしていたのだろう。
窓辺に立っていたのか、椅子に腰掛けていたのか、それすら曖昧だ。
頭の中が白く霞み、遠くで鐘の音のような耳鳴りが続いている。
――結婚?
――明日?
言葉の意味を理解しようとした瞬間、胸の奥がずきりと痛んだ。
次々と、記憶が流れ込んでくる。
⸻
十九歳。
ロゼリア・バーン・ハートアール。
それが、今の私の名前だ。
長いので、皆からは「ロゼ」と呼ばれている。
……もっとも、そう呼んでくれる人はほとんどいないのだけれど。
我がバーン・ハートアール家は、由緒だけは立派な貧乏貴族だ。
財産はない。
領地も狭い。
あるのは、古びた屋敷と、誇り高すぎる父だけ。
私はというと――
・気に入らない縁談はすべて拒否
・社交界にはほとんど顔を出さない
・金がないのに贅沢は譲らない
そんな、かなりわがままな令嬢だった。
その結果、十九歳になっても婚約者なし。
貴族社会では、完全に行き遅れである。
……いや。
問題は、それだけではなかった。
⸻
「……そう、だったんだ」
ぽつりと、誰もいない部屋で呟く。
今の私の中には、もう一つの人生の記憶がある。
前世の名は――立花桃香。
特別な才能も、華やかな経歴もない。
けれど、生きるために、必死で働き続けた人生だった。
経理事務。
不動産会社。
清掃員。
厨房スタッフ。
設計事務所の補助。
デザイナー見習い。
大工。
解体作業。
転々としながらも、どれも「そこそこ」こなしてきた。
完璧ではない。
だが、手を抜いたこともない。
――働くとは、生きることだった。
そんな人生の記憶と。
「貴族だから」「令嬢だから」と、人を見下し、甘えていたロゼリアの記憶が。
今、はっきりと重なり合ってしまったのだ。
胸が苦しくなる。
(……ひどいこと、たくさんしてたんだな)
使用人に冷たく当たったこと。
努力を当然だと思っていたこと。
自分が守られている理由すら考えなかったこと。
前世の私が見たら、きっと言っただろう。
――こんな子、社会に放り出したら一日も生きられない。
そう思うと、思わず苦笑がこぼれた。
でも。
今の私は違う。
働く厳しさも、稼ぐ大変さも、現場の疲労も知っている。
そして明日。
望んでもいなかった結婚式が、突然用意された。
相手の顔も、性格も、名前すら知らない。
けれど――
(……生き方だけは、もう間違えない)
そう、静かに決意する。
わがまま令嬢として生きてきた十九年。
社会を知る女として過ごした前世。
そのすべてを背負って。
私は、ロゼリア・バーン・ハートアールとして、
新しい人生を歩き出すことになるのだ。
――たとえそれが、明日から始まる結婚生活であっても。
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