魔物の森のハイジ

カイエ

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#2

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 あたしはミッラの薦めで、仕事が見つかるまでギルドの食堂兼酒場を手伝うことになった。
 ちゃんとした仕事が見つかるまでのつなぎだが、とりあえず衣食住を確保できたのはありがたい。
 とりあえず初日は仕事を教えてもらって、翌日から働くことになった。

 翌日、昼頃になって、ハイジがギルドにやってくる。
 ハイジは食堂にたむろしている背の高い男達と比べても頭一つ二つ大きい。
 つまり、威圧感があってとても目立つ。
 気になるので、仕事をしながらチラチラと見ていたら、ミッラがハイジに荷物を渡していた。

(って、剣! めちゃくちゃでっかい剣を受け取ってる!)
(本当に戦いに行くんだ……)

 あたしでは持ち上げることもでき無さそうな巨大な剣だった。
 しかし、ハイジは片手で軽々とそれを受け取り、背中に背負う。

 戦争。
 つまり、殺し合いに行くということだ。
 殺されることもあるだろうし、生きて帰ってくるとしても、人を殺すということだ。

 ハイジから感じる「暴力」の気配は、傭兵のそれだったのだ。

 これから戦いに行くというのに、気負った様子はまったく見えない。

「ハイジ!」

 聞き覚えのある少年の声が響いた。
 見ると、昨日のヤーコブ少年だ。

 ヤーコブはハイジに走り寄る。

「……ハイジ、行っちゃうのか」
「ああ」
「戻ってきたら……また戦い方を教えてくれるか?」
「ああ」
「ちゃんと戻ってくるよな?」
「ああ」

 もうちょっとちゃんと返事してあげてよ……と思う。
 ヤーコブはどこか寂しそうだ。どうやらハイジのことを慕っているらしい。

 そして、十日もの間、ひたすら無視されながらもお世話してもらったあたしにはわかる。
 ハイジはハイジで、ヤーコブのことを気遣っている。

 ハイジは出ていった。
 ヤーコブ少年はトボトボと食堂までやってきて、カウンターに5000ハスク銅貨を置く。

「酒」
「出せるわけないだろ、糞ガキ」

 店員にどやされてた。
 ちょっと面白いと思った。


 * * *


 仕事は簡単だった。
 客から注文をうけて、酒や料理を運ぶだけ。
 日本の居酒屋と比べれば、子供の手伝いレベルだ。
 本当は書類仕事なんかをやりたかったのだが、流石に任せてもらえるわけもなく。

(ここで良いところを見せて、役に立つところをしっかりアピールしておこう)

 などという打算もあって、あたしは張り切って仕事をこなしたが、ギルドからは「そこまで頑張らなくていい」とやんわり窘められてしまった。
 どうやら働きすぎに見えるらしい。

 暇だと不安になるのが日本人なのだ。 
 十八歳にしてワーカホリックだった。
 自分にがっかりだ。

 拘束時間は長いが、暇なときには好きに休憩していいし、食事だってちゃんと出る。
 繁盛時はそれなりに忙しいが、暇な時間が多い。
 『寂しの森』での生活を考えれば、ぬるま湯に等しかった。

 客の大半は男性である。だいたい荒くれ者っぽい見た目で、身なりも良くない。
 変なのに絡まれたりしたらどうしよう、と不安だったが、話してみると気が良いおじさんがほとんどだった。
 客同士の揉めごとなんかもほとんどないし、喧嘩が始まれば、店の迷惑にならないようにわざわざ外に出てぎゃあぎゃあやっている。
 乱暴なのかお行儀が良いのかよくわからない男たちである。

 こう見えてあたしも女なわけで、そういう意味でも心配だったのだが、変なちょっかいを掛けられたことは今のところ一度もなし。
 働き始めた頃、痴漢にでもあったらどうしよう、人権意識低そうだしなーなどと心配していたのがバカバカしい。

(まぁ、あたしが女に見えてないだけかもしれませんけどね)

 ちょっと拗ねていたりする。
 痴漢に遭いたい、ということではもちろんなく……ただ、客の中には女連れ(派手な化粧はおそらく娼婦だと思われる)で来る男もいて、その女たちが皆、何というか、

(うわぁ……『ボン、キュッ、ボン』だぁ! )

 なのである。
 さすが娼婦である。

(っていうか、エロいわぁ)

 分厚いコートの下は、あなたそれ寒くないんですか? と言いたくなるような薄着だったりして、目のやりどころに困る。
 みんなものすごい美人で、女のあたしからみても匂い立つように色っぽい。そのケはないはずのあたしも、ついポーッとなってしまうほどだ。
 注文しに行く時に目が合うと、バチコーンとウィンクしてきたりして、赤面させられることもしばしばだ。

 そりゃあ、あたしなんてガキにしか見えないだろう。
 あたしは納得した。

 日本だと、どちらかというと長身だったあたしだが、こちらの世界の女たちと比べるとチンチクリンだった。
 陸上で鍛え上げたはずのスタイルだって、日本人と欧米体型の女性たちでは比べようがない。細すぎるし、お胸も控えめである。陸上で有利なタイプの体型なのだ。
 男たちにしても、ハイジにしても、これじゃ食指が動かないのも当たり前というか何というか。

 とまぁ、ちょっと凹みつつも、そのぶん安心感もあり、これならこの世界でやっていけるかも、などとポジティブに考える。
 ただのやけくそである。

 * * *

 ギルドには沢山職員がいたが、ミッラがあたしの担当をしてくれることになった。
 ハイジのよしみなんだそうだ。

 そのミッラから聞くところによると、ギルドは特定の職業に関するギルドではなく、冒険者、傭兵、一般の狩人、害獣駆除専門の狩人、商人、石工や鍛冶などなど……あらゆる職業やギルドの役割を統括をしているのだそうだ。
 契約に関わることであれば、だいたい対応しているらしい。
 要するに、市役所的な存在だということだ。
 これ以上安心な職場もない。

 ハイジは傭兵と害獣駆除を掛け持ちしているらしい。
 先日彼が受けた仕事についてミッラに色々質問してみたが、「人が受けた依頼についてペラペラと話せるわけないでしょう」と窘められた。
 あたしの目の前でやり取りしてたくらいだし、そのくらい構わないだろうに、とも思ったが、それはそれ、これはこれらしい。

 気をつけてみてみると、客の中には、革鎧をつけている者などもいる。
 きっとそれらの多くは傭兵なのだろう。

 どんなに平和に見えても、ここでは戦争が身近な存在なのだ。
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