思い出に花を、君に唄を

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迷い込んだ蜃気楼

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 エレベーターの中は静かだった。
 自分の心臓の音、周りの息づかいが聞こえるほどに。
 チンという音と共に静寂は破られ、エレベーターの扉がゆっくりと開かれる。
 この時点でナイフを持ったあの男がいれば、一貫の終わりだ。
 だが、開かれた扉の先には、誰も居なかった。
 ナイフを持ったあの男も、襲われていた救急隊員でさえも、居なかった。
 「と、とりあえず助かったのか?」
 付いてきてくれた一人が安堵の声を上げる。
 確かにこの状況を見れば、襲われることがないのだけは分かる。
 「ううぅ……」
 そうこう考えを巡らせているうちに、後輩が苦しそうな声を上げた。
 「悩んだって仕方がない。先に進もう」
 回りに一声掛けて、俺達は苦しそうな後輩を抱えて歩き出した。
 それにしても妙だ。
 パトカーや救急車から、サイレンの音は鳴っているというのに、警官や救急隊員が居ない。まるで、人がみんな消えてしまったように思えた。
 車が通っている気配もない。
 「一体何がどうなっているんだ?」
 言ったところで仕方がないが、そう言わずにはいられない。
 「ここから病院まではそれなりに距離がありますが、どうやって行きますか?」
 一人が当然の疑問を口にする。
 ここから病院まではそれなりに距離があるため、いくら一人ではないとは言え、そこまで後輩を担いでいくのは無理がある。
 「俺の車を使う。駐車場に停めてあるから、とりあえずそこまで行こう。」
 皆、異論は無いようだ。
 確認を済ませて歩き出した時、足に何かが当たった。
 「何だ?」
 視線を向けると、俺はあまりの光景に歩くはずの足が止まった。
 「うわあぁぁぁぁ!」
 周りも同じものを見て、声をあげたり、腰を抜かしたりと様々な反応を見せる。
 無理もないだろう。
 だって、人が床に綺麗に並べられているのだから。
 後輩を抱えることに必死で気が付かなかった。
 「な、何なんですかこれは!?」
 そう聞かれるが、俺が聞きたい。
 並べられているのは、総勢で二十人程。
 警察官に救急隊員、連れさらわれた上司までもが法則に沿って並べられている。
 ナイフの男だけでも現実味が無いというのに、こんな光景まで見てしまったら、本当に現実なのか疑いたくなる。
 俺はもしかしたら、夢を見ているのかもしれない。
 そう考えれば全てに納得がいく。
 襲われた後輩。ナイフを持った男。綺麗に並べられた人たち。こんな異常事態が同時に起きるなんてことが現実にあるだろうか?それこそフィクションの中でしか起きないだろう。だとするのならば、これは紛れもないフィクションだ。
 俺は確信に至った。
 「いたなたたないたな。さんんかああんひいいぃ」
 気付いた時には、目の前にナイフを持った男が立っていた。
 相も変わらず、何を話しているのかは分からない。
 「お前も、現実じゃないんだろう?」
 言葉が通じるのかすら分からないが、俺は問いかけた。
 「んんんん」
 ナイフを持った男は、満面の笑みを浮かべた。
 これで決まりだ。
 後は、どうやって現実に戻るのか?という問題を片付けなければならない。
 1つずつ問題を片付けようと思考を巡らせていた俺は、痛みによって思考を止められた。
 「ひひひひひい」
 痛みのする方を見ると、男が握っていたナイフが、俺の腹に突き刺さっていた。
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