思い出に花を、君に唄を

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知らない天井

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 「知らない天井だ」
 目を開けると、見たこともない白い天井が目に入ってきた。
 じゃあ、知らない天井とは何なのだ?と聞かれると、俺にも分からない。
 ただ、気づいた時には空といつもいる会社、目が覚めたときに見る寝室の天井しか見ていなかった気がする。
 最近に至っては上を見上げることすら無かった気さえする。
 布団が柔らかいお陰か、いつもより気分も穏やかだ。
 どうやら、俺は何処かに寝かされているらしい。
 「先生!目が覚められました!」
 聞こえてきた声。ベットの上で寝かされているこの状況からして、俺は病院にいるのだろう。
 家のものとは違い、ベットはふかふかだ。こんな布団で毎日寝ることが出来れば、どれだけ幸せだろう。
 布団ひとつでここまで変わるのであれば、家のものも買い換えようか。
 そんなどうでもいいことを考えていると、医者と思われる男がナースたちと共に入ってきた。
 「おぉ、遂にお目覚めになりましたか!」
 医者だと思われる男は大層嬉しそうにしていた。きっと、この先生はいい先生なのだろう。
 「ご自分のお名前は分かりますか?」
 「黒沼一平」
 「ご自分の誕生日は?」
 「1978年2月4日」
 「記憶に異常はありませんね」
 とにかく、記憶喪失なんかにはなっていないようだ。
 「先生。美代子と真理には何処にいますか?参観日のことを謝らないと……」
 普段と同じようにベットから立ち上がろうとしたのだが、体にうまく力が入らず、起き上がることさえ出来なかった。
 「あなたはまだ動けるような状態ではありません。どうか、しばらくは安静にしていてください」
 でも、俺は行かなければならない。腹を刺されたあの時、死にたくないと思えたのは、妻と娘のお陰だ。
 だから行かなくては。謝りに。感謝を伝えに。
 「黒沼一平さん。落ち着いて聞いてください。あなたが眠りについてから、8年の時が経ったんです」
 「え?」
 医者は凄く真剣な顔つきで、信じられないようなことを言った。
 「今何て言いました?」
 思わず聞き返してしまった。きっと嘘であるから。
 「8年の時が経ったのです。信じられないでしょうが、本当です」
 唖然としてしまった。
 何か証拠があるわけではないが、信じない理由もない。
 なぜなら、俺が倒れる前に起きた信じられないようなことが全て事実であるのだから。
 この腹の痛みが事実であることの証明だ。
 「う、嘘ですよね……」
 だが、それだけは信じたくなかった。
 だって、8年も過ぎてしまっては、何もかもが変わってしまっている。
 真理もきっと大きくなった。そういえば後輩は?
 警察に助けられたあの後、どうなったのだろう?
 無事だといいのだが……。
 いくら考えを巡らせて時間を潰しても医者は何も言わない。
 ただ、目を伏せて黙っているだけだ。
 その沈黙は何よりも恐ろしかった。
 この医者の口から、悪い夢だと早く言って欲しい。
 長い沈黙の後、医者が伏せていた目を開け、重たいであろう口を開いた。
 「まぁ、嘘なんですけどね」
 医者の言葉に、またもや俺は唖然となった。
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