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第四章:開花
帰郷(5)
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「おお……」
市街地には、私たちの姿をひとめ見ようと大勢の帝国民が詰めかけていた。
驚いたのは、彼らが私に対して罵声を浴びせるようなことがなかったことだ。
私の存在は帝国民にとって忌むべきものであったはず。レイジにだけ注目されるにしろ私にも注目されるにしろ、私に対する視線は冷めたものだろうと思っていた。
それがどうだ。私に向けられる視線は、称賛でこそないものの、興味や好奇心といった前向きなものであるように見える。
「意外と批判されないものね」
「ステラの功績は領主である貴族当主を通じて領民にも伝わりつつある。自らの生活がよくなることに対して、領民は好感を抱きやすい。たとえそれがかつて敵対していた人物であっても」
レイジは意外とまめに街道沿いの人たちへと手を振っている。
私もしたほうがいいのかなと思いつつためらっていると。
「……仕方ないな」
レイジがこちらに近寄ってきたかと思うと、私の手を取って一緒に手を振ってきた。
それを見た帝国民たちは、おっかなびっくりといった様子で手を振り返してくれる。それがうれしくて、私は自然と口元がほころんだ。
おおーっという歓声が周囲に挙がる。思ったより好意的な反応がもらえたことは率直にいってうれしい。
最終的にはレイジの手を借りずに手を振って、市街地を抜けていった。
「なかなかサマになってきたじゃないか」
市街地を抜けて馬車の速度を上げながら、レイジが愉快そうに笑う。
「最後に姿を見せたのは引き渡しのときだったものね……あのときはひどいものだったけど」
私を運ぶクラリスが私の姿を帝国民に気づかれないよう気にかけてくれたとはいえ、おおよそ見当のついていた者からはあれやこれやと言われたものだ。
敵国の指揮官として、何を言われても仕方ないという心づもりでいたが、罵詈雑言を浴びせられ続けるというのはきつい。あの日の恐怖がよみがえるかと思ったけれど、杞憂だったと思い知らされた。
「それだけのことをお前がしでかしたのは事実だ。だが、それだけで済ませたくもなかった」
「それで、私に帝国を変えさせることで好感を私に向けようと?」
「……現状を整えるのに手いっぱいで、変革まで俺の手が回らなかっただけだ」
ふいとそっぽを向くレイジの横顔に、なぜだか安心感を覚えてしまうのだった。
馬車が快速で進んだのもせいぜいが二日で、国境に近づいて新しい街道を進み始めたころには馬車の進みはゆったりとしたものに変わっていた。
「安全は確認しているが、なにがあって問題になるかわからないからな」
とはレイジの弁だ。実際、街道の外周には落下を防止する柵が備え付けられてはいるものの、馬車が全速力で突っ込んでしまえば簡単に山のふもとまで転がり落ちることだろう。
「ここまでの道中よりもここから山を越えるまでの方が長い。国境の変化を楽しみながら、焦らずに待ち続けることだな」
そういいながら、レイジは手元の書類に目を落とす。移動中も仕事をしているんだろうか?
「それはなんの書類?」
そういってのぞき込もうとすると、レイジは私に見せまいと腕を引く。
「お前には見せられない機密書類だ。見たらお前とてただではすまない」
「皇太子殿下の婚約者であっても?」
「あってもだ。これだけは見せるわけにはいかん」
「じゃあ、私はこれからどうやって時間をつぶせばいいのよ」
「ゆっくり休め。望ましくはないが、盗賊や獣が出たらステラにも出てもらうからな」
軽口を言い合いながら、馬車はゆったりと街道を進んでいく。
馬が歩きやすいように舗装された道であっても、曲がりくねった道のりはスピードを出すには危なすぎる。私はじれったさに包まれながら、レイジとの会話で時間をつぶすのだった。
なお、途中の休憩や野営時にはクラリスが私のそばについてくれた。就寝時はテントの前で寝ずの番をしてくれるという。
「殿下とふたりきりにしてしまってはなにが起きるかわかりませんので」
などと大まじめに言っていたけど、さすがにレイジが道中でそんな間違いを起こそうとは思わないだろう。
……ないわよね?
市街地には、私たちの姿をひとめ見ようと大勢の帝国民が詰めかけていた。
驚いたのは、彼らが私に対して罵声を浴びせるようなことがなかったことだ。
私の存在は帝国民にとって忌むべきものであったはず。レイジにだけ注目されるにしろ私にも注目されるにしろ、私に対する視線は冷めたものだろうと思っていた。
それがどうだ。私に向けられる視線は、称賛でこそないものの、興味や好奇心といった前向きなものであるように見える。
「意外と批判されないものね」
「ステラの功績は領主である貴族当主を通じて領民にも伝わりつつある。自らの生活がよくなることに対して、領民は好感を抱きやすい。たとえそれがかつて敵対していた人物であっても」
レイジは意外とまめに街道沿いの人たちへと手を振っている。
私もしたほうがいいのかなと思いつつためらっていると。
「……仕方ないな」
レイジがこちらに近寄ってきたかと思うと、私の手を取って一緒に手を振ってきた。
それを見た帝国民たちは、おっかなびっくりといった様子で手を振り返してくれる。それがうれしくて、私は自然と口元がほころんだ。
おおーっという歓声が周囲に挙がる。思ったより好意的な反応がもらえたことは率直にいってうれしい。
最終的にはレイジの手を借りずに手を振って、市街地を抜けていった。
「なかなかサマになってきたじゃないか」
市街地を抜けて馬車の速度を上げながら、レイジが愉快そうに笑う。
「最後に姿を見せたのは引き渡しのときだったものね……あのときはひどいものだったけど」
私を運ぶクラリスが私の姿を帝国民に気づかれないよう気にかけてくれたとはいえ、おおよそ見当のついていた者からはあれやこれやと言われたものだ。
敵国の指揮官として、何を言われても仕方ないという心づもりでいたが、罵詈雑言を浴びせられ続けるというのはきつい。あの日の恐怖がよみがえるかと思ったけれど、杞憂だったと思い知らされた。
「それだけのことをお前がしでかしたのは事実だ。だが、それだけで済ませたくもなかった」
「それで、私に帝国を変えさせることで好感を私に向けようと?」
「……現状を整えるのに手いっぱいで、変革まで俺の手が回らなかっただけだ」
ふいとそっぽを向くレイジの横顔に、なぜだか安心感を覚えてしまうのだった。
馬車が快速で進んだのもせいぜいが二日で、国境に近づいて新しい街道を進み始めたころには馬車の進みはゆったりとしたものに変わっていた。
「安全は確認しているが、なにがあって問題になるかわからないからな」
とはレイジの弁だ。実際、街道の外周には落下を防止する柵が備え付けられてはいるものの、馬車が全速力で突っ込んでしまえば簡単に山のふもとまで転がり落ちることだろう。
「ここまでの道中よりもここから山を越えるまでの方が長い。国境の変化を楽しみながら、焦らずに待ち続けることだな」
そういいながら、レイジは手元の書類に目を落とす。移動中も仕事をしているんだろうか?
「それはなんの書類?」
そういってのぞき込もうとすると、レイジは私に見せまいと腕を引く。
「お前には見せられない機密書類だ。見たらお前とてただではすまない」
「皇太子殿下の婚約者であっても?」
「あってもだ。これだけは見せるわけにはいかん」
「じゃあ、私はこれからどうやって時間をつぶせばいいのよ」
「ゆっくり休め。望ましくはないが、盗賊や獣が出たらステラにも出てもらうからな」
軽口を言い合いながら、馬車はゆったりと街道を進んでいく。
馬が歩きやすいように舗装された道であっても、曲がりくねった道のりはスピードを出すには危なすぎる。私はじれったさに包まれながら、レイジとの会話で時間をつぶすのだった。
なお、途中の休憩や野営時にはクラリスが私のそばについてくれた。就寝時はテントの前で寝ずの番をしてくれるという。
「殿下とふたりきりにしてしまってはなにが起きるかわかりませんので」
などと大まじめに言っていたけど、さすがにレイジが道中でそんな間違いを起こそうとは思わないだろう。
……ないわよね?
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