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257話 終業式の日 5
しおりを挟む「もちろん旅館坂北屋、あなたのご実家に決まっています。」
っ...!
淡々と告げられた言葉は受け入れ難く、一瞬脳がフリーズした。しかしすぐに、はっと我に返った俺は首をフルフルと左右に振って、拒否の意を訴える。
「い、嫌です...そんないきなり...。な、なんで、ですか? 」
「お盆休みにご実家に帰られるのは当然のことではありませんか? 」
「...お盆休みって...」
桂本さんが来たってことは、父さんの指示だろう。でも入学前、あんなに大喧嘩しておいて、しかもしばらくは顔も見たくないと言っていた癖に、夏休みを理由に家に呼び戻すなんて、一体どういう了見だ。
怪訝な目を桂本さんに向けるけど、相変わらず感情が読めない表情をしていて、何を考えているのかさっぱり分からない。
俺は、唇をグッと噛みしめながら、桂本さんを睨み付けた。そんな俺を、無言で悠然と見下ろす桂本さん。そのまま数秒続いた沈黙を破ったのは、田中先生の呑気な声だった。
「いやぁ、なんとなく坂北くんの家柄のことは聞いてましたが、秘書さんがわざわざ学校にお迎えにきて下さるなんて、すごいですねぇ。いい夏休みを過ごして下さい、坂北くん。」
先生...。そんなこと言ってる場合じゃないんですよ...。
事情を知らない人からしたら、俺が駄々をこねているだけのようにしか見えないだろうけど。
「嫌...です...。俺...帰りません。夏休みは、やりたいことが沢山あるんです。」
プール。夏祭り。他にも色々。普通なら、休みだからといってそんなに遊んでばかりじゃダメだと、咎められるのかもしれないけれど、俺にとっては、大切なことで。今までできなかったことを、友達や南原さんと一緒にしたいのだ。
素直に実家に行ったとして、すぐにここへ帰してくれるとは限らない。もしかしたら、夏休み中勉強漬けにさせるつもりなのかも。とにかく、絶対にあそこへは帰りたくなかった。
「はぁ。全くあなたはいつもいつも...。坂北家の次期当主が、こんなことでは困ります。」
「っ...」
そんなの、俺が望んだことじゃない。それに俺は、もう坂北家の当主になるつもりはないから。
...戻ろう。南原さんのところへ。
この人は、説得したとして、聞いてくれる相手じゃない。
俺は、桂本さんに背を向けると、震える足をなんとか動かし、走り出そうと一歩を踏み出した。
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