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第ゼロ章『人外×金龍の迷宮オロ・アウルム』
第14話:最弱の魔物へごまをする
しおりを挟む暗い。そこは暗い、闇の中。
そこは僕が怖れていた孤独に近い、独りぼっちの夢幻の世界。
地面も定かではない空間で膝を抱えている鎧は僕だ。
重力があやふやなため、膝を抱えたまま中空をくるくるとゆっくり回転するのは酷くシュールに映るだろうが、僕は今そんな事で笑える気分じゃない。
――くろあ……クロア。それがあの少女の名前、か。
僕はあのままスライムにいいようにやられて死んだのかさえ知らないが、それよりも意識を失う直前に想起された情景が気になって仕方がない。
いや、金ピカとはいえスライムに殺されたとなれば悔やんでも悔やみきれないっていうか、普通に恥ずかしいんだけどさ。ってかあのスライム絶対普通じゃないだろ!!
記憶が薄れるに従って、僕は夢現の判断がしっかりできるようになってきた。
現状、命が大事。僕生きてるよね? ね? 大丈夫だよね?
くそぉ、あの速度ときたら前世の動体視力を引き継いでる自負がある僕でもギリギリ眼で追えるくらいだった。もはや金色の彗星の如く。
そのぶん魔力を全力消費してたみたいだけどね。
ていうかあの纏ってた金色の魔力、絶対シェルちゃんのだろ。
じゃあスライムは眷属か何かか。
あいつめ……そういえばそうだ。おかしいじゃないか。
始祖龍ともなれば不意打ちを喰らうはずもない。
いくら常識外のスライムとはいえ、だ。
本当は止められる一撃を、僕が嫌がらせばかりするかあら敢えてスルーした。そういうことだ。ははは、なるほど。時としてスルーは怒りを買うということを教えてあげないといけないようだ。ぷんすかちん。
つまりだ。
わかったぞ、僕への仕返しだな……?
と、ある意味結論が出たところで遠くに輝点が見えた。
その円は徐々に大きくなり、輪郭をまばらに広げていく。
そして、視界が白光に包まれて――
「――っ、あ、れ……ここは、」
「おお、目が覚めたようじゃの?」
意識が覚醒を迎え目蓋をゆるりと開けると、やはり飛び込んできたのは目に痛いくらいの金。
僕は全身を鎧に覆われているため、それが人で言う肌と同じ扱いだ。そして今は背中が冷たい。どうやら仰向けに寝かされている状態らしい。
右腕の感覚は……ない。多分バラバラになったね。凹んでないから四肢に痛みはないんだけどね。ん? ……右脚にちょっとした違和感があるが無視だ。
初手の一撃でめちゃんこ凹んだ正面は鈍い痛みが通い続けている。そのほかの外傷は余りないようだから、恐らくシェルちゃんが止めてくれたんだろう。そうなんだろう。遅すぎるなぁ、そこんとろこどうなのかなぁ。
「…………」
「……な、なんじゃ? ぐぐぐ具合でもっ、悪いのかぇ? わ、われ、しんぱい。そちがすごくすごくしんぱいなのじゃぁあ……」
僕が動かない身体をひとまず放置し、斜めにずれた面甲の隙間から紫紺の瞳で全ての元凶たるドラゴンを見やる。
するとあろうことか彼女は明後日の方向を見て誤魔化そうとするではないか。台詞の棒読みとは舐めてくれる。
「…………」
「……か、痒いところがあるのであろぉ? ほれ、ほれほれ掻いてやるのじゃ。い、いや、掻かせてもらうのじゃぁあ……」
そう言ってシェルちゃんは非情に気まずそうに僕の兜を爪で撫でつける。
いや君の爪って金属みたいに硬いんだからやめて?
金属同士が擦れてキィキィ音がしてうざい。
しかも僕の兜がヤスリがけされたように削れてる感触あるからね。堅さで負けてるからかな困ったなぁ?
ふ、彼女はどうやらあくまでもしらばっくれる腹づもりのようだ。
いいだろう。そちらがそのような態度というのならこちらにも色々考えがあるのだ!
「…………シェルちゃんさぁ。多分気づいてないと思うけどさぁ。尻尾の付け根あたりかな、尻に毛が――」
「悪かったのじゃぁあっ! この通りなのじゃぁあっ!! いつも雑な扱いばかりされるゆえたまにはいいじゃろうなんて思ったりしてないのじゃぁあ!! ごめんなさいなのじゃぁああああっっ!!」
ようやく白状したか。よしよし。
次はないように、念には念を入れて脅しておこうかなっと。
「わかればいいんだよ。ぼくたちオトモダチだろ? 大事な大事なオ・ト・モ・ダ・チ」
僕は内心にこやかに笑ってそう言った。
笑え、ほら君も笑えよ。スマイルスマイル。
「ふぇぇええ……お、乙女にそれは酷いんじゃぁあ……」
シェルは眼に涙を浮かべ、蜥蜴頭を赤く染めてちらちらと尻尾の方を気にしてる。そんなに見なくても毛なんて生えてないっつーの。ほくろがあっただけだっつーの。
「大丈夫大丈夫。本当はほくろがあっただけだから。僕がそんなぬけぬけとプライバシーを侵害するようなやつに見える? 他者の尊厳を踏みにじるような悪人にさ?」
「其方さぁ言ってることとやってることが全然違うのじゃぁあっ! 見たのじゃなっ、やはり見たのじゃな!? ……いつ、見られたのじゃぁ……グスン、エグっ、もうお嫁に行けないのじゃ……」
羞恥に赤らめた頬を大粒の涙が伝う。
ちらちらとこちらを見ている様からして、おそらくまだ僕の機嫌を気にしているのだろう。大丈夫大丈夫、僕はもう怒ってないヨ。
嫁? そんなこと言われてもね。おしりのほくろ見たくらいでさ。
ていうかシェルちゃんほどのドラゴンも結婚したいとか考えるのね? どうでもいいけどドラゴンはドラゴンと結婚しましょう。
「えぇ、それは困ったね。僕はもらいたくないからさ。独身もけっこう楽しいんじゃない?」
「もういいのじゃぁあああぁああ~っっ!?」
シェルちゃんはわんわん泣き喚きながら、未だに山のように積まれた財宝に頭から突っ込んでいった。
貴重な貴金属の宝たちを涙で濡らすとは如何に……錆びたらどうしてくれるつもりだろうか。まぁ元はと言えばシェルちゃんのものなのでいいんだけど。将来的に売れるって保証もないわけだしね。
そんなこんなでシェルちゃんへの仕返しをしっかりやり終え、僕は一度深呼吸。したつもり。
まぁね、僕は思うわけですよ。
人間誰しも人生を滞りなく生きていくためにはメリハリが大事。
友達と笑うときは馬鹿みたいにはしゃぐ。哀れなヤツを蔑むときは盛大に蔑む。
冒険するときは常に神経を尖らせて、ってね。
そして違和感の正体、右足に覆い被さって何やらガチャガチャしている黄金の塊――スライム君に意を決して話しかけた。
今必要とされるのは、そう。
――精一杯のご機嫌取り。
「や、やぁスススススライム君、げっ、元気? ちょちょちょ調子どうっ? さっきの会心の一撃は、その、さすがに効いたよ。な、ナイスショット! ……つってね。すみません……」
内心びびりまくりである。めっちゃ噛んだ。
むしろ今の今まで無視し続けられた僕を褒めて欲しいくらいあるね。びびって何が悪いのさ。
出会い頭に致死レベルのタックルかましてくる化け物が僕の足元でなにやらガチャガチャしてるのだ。マジで怖い、怖すぎる。漏れそう、いやいや冗談抜きで膀胱があったら爆発してるねこれ。
でもさすがに自分でも何言ってるかわかんないわ。
イメージとしては同年齢だけど地位が上に行った奴に対して、僅かなプライドを残したごますり。皮肉とも言う。うん、ダメだこりゃ。混乱してるのが理解できてるだけ冷静なのかな? そうなのかな?
「…………」
「…………あ、あの~。スライム君、さん? いや、スライム様? そろそろ、あの、何されてるのか聞かせてもらっても、よ、よろしいでしょうか」
まさか自称天才である僕ともあろう者が、最下級の魔物に下手に出る日が来ようとは。夢にも見たくなかった。本当に悪夢だ。最悪だ。
「…………」
しかしスライム様は何も答えない。
しばらく沈黙が続き、僕は大事なことに気づく。
やっぱり冷静じゃなかったみたい。
「そ、そっか。スライムは喋れないよな……そうだよな……うんうん。ていうかなんでこんな所にスライムなんかいるの? 黄金色だからだいたいは予想できるけど……」
ちらりとシェルちゃんの方を見ると、彼女はちゃっかり埋めた顔を抜いてこちらを伺っていた。一応心配してくれてるのだろうか?
よくわからん。構ってもらえなくて寂しいだけかも。
「そ、其方、自分のことは棚に上げるのじゃな……今思い出したんじゃが、確かそのスライムは三百年ほど前に我が連れてきた魔物じゃよ。すっかり存在を忘れてたのじゃ」
「僕はなんていうか特別だからいいんだよ。ってか、やっぱりそんな感じだったのね。それにしても何でスライム? 迷宮の主はおろか宝物庫の門番すら出来ない雑魚モンスターじゃんか」
「その雑魚モンスターにこっぴどくやられたのは――、」
「あれ、なんかお尻痒い。むずむずする。もしかしてシェルちゃんの尻毛が移ったんじゃ――」
「自分で確認することも出来ぬゆえ本当に生えてたらと思うと怖いのじゃ恥ずかしいのじゃ! 我が悪かったのであろ? わかったからもうやめるのじゃぁあああ……」
シェルちゃんは再度財宝の山に頭を突っ込むとあーだこーだと叫び散らす。くぐもって何言ってるか微妙にわかんないけど、もっといじって欲しいことだけはわかった。
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