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第ゼロ章『人外×金龍の迷宮オロ・アウルム』
epilogue:可愛い少女との出会いを求めて
しおりを挟む「嫌だね」
未だ《#金龍の迷宮_オロ・アウルム___#》内の宝物庫にて。
一匹の黄金のドラゴンと一匹の黄金のスライムという無駄に眩しすぎるコンビに対して、僕は白金の小さな、けれど確かな怒りをしょっている背を向けて腕を組む。この台詞は既に十回は口に出した覚えがあるが、僕の意志はそう簡単には折れないのだ。
はあ、とわざとらしい溜息が聞こえた。
「……其方、いつまでいじけておる。ルイもわざとではないと言っておるし、そろそろ許してやるのじゃ」
「…………(ぽよんぽよん)」
首を後方へ回し、遠慮がちに横目で見やれば呆れた様子のシェルちゃんと相も変わらずぽよんぽよん跳ねているルイの姿が。はいはい、楽しそうで何よりですね。
よくよく見てみれば確かに申し訳なさそうな顔をしているような気もするが、スライムという種族はもともと顔自体がないのだ。進化を経て得たであろう蒼宝石の瞳も、それだけでは本当の感情などわかるまい。
僕は騙されないぞ。なんていったって、この阿呆スライムに殺されかけたのだ。一度ならぬ二度までも。そもそもシェルちゃんがルイの言葉がわかるのだっていかがわしいじゃないかってんだい。
僕はわざとらしく鼻を鳴らし、不機嫌アピール。再度背中を向け、怒ってるオーラを出し始める。きっと二人には般若が見えているだろう。鎧を纏った般若がね。
そりゃあイジけるのは大人としてどうかと思うけど、今の僕は生後数ヶ月~数年の魔物なのだ。別に良いじゃないか子供だし。言うなればまだまだ赤ちゃんだ。本当ならおっぱいを吸う年頃だ。そのまま簡単に許して、黙って引き下がるなど嫌。できない、できるはずがない。
……何より、僕の鋼鉄のような矜持がそれを許さないのだ。鎧だけに。
「まったく其方は、変なところで意地っ張りなのだから……え、なになにルイ。何か言いたいことがあるじゃと? よかろう、この我に言ってみるがよい」
「…………(ぽよんぽよん?)」
と、そんな僕をみかねたのかシェルちゃんが何か言い出した。聞いていないふりをしつつ、実は聞いている僕。だって構ってくれないと寂しい。てへ。
まぁ何をしようとも、何を言おうとも、あと三日は許してやらないんだからな!!
「え!? な、なんと……ほう……許してくれるなら、其方の身体を抱きながら旅をしてもいいと? その身を犠牲にすると言うのか?」
「!? (ぽよよんっ!?)」
シェルちゃんが表情を変えないまま淡々と言うそれに、ルイが跳ね上がった。シェルちゃんのその台詞が適当な棒読みに聞こえるのは僕の心根が腐っているからだろうか。
「くっ……ルイ、其方はそこまでして……わかった。わかったのじゃ。それ以上は何も言うでない。我も何も言わんのじゃ。それでいいのであろ? 大丈夫じゃ、大丈夫」
「~~~~~~っっ!? (ぽよよよよよんっっ!?)」
……へぇ。
…………ほう。
…………………悪くない。
まず間違いなく、シェルちゃんはルイが喋れないことをいいことに僕を上手いこと扱おうとしているゲス野郎だが、お生憎様僕もその類いだ。正直メリットしかありません。でへへ。
僕は一度瞑目し(実際は眼に該当する紫光が弓なりに細くなる)、次に柔らかい表情をイメージしながらゆっくりと背後に振り返った。
もちろん、満面の笑みだ。
「ええ~。なんだ。なーんだなんだ。ルイも結局、僕のことが好きなんだね。そうだったんだね。あはは、初やつじゃ。ツンデレヒロインとはなかなかやりおるではないかえ? このこの~」
鎧のように硬く強い矜持?
あの、僕が鎧の魔物だからって、そうやって決めつけるのはやめてくださいませんか。固定観念ですか。ぼくの矜持は言うなればおっぱいの如き柔らかさ。ええ、ほんとです。
「其方に我の真似されると無性に腹立つのは、何でじゃろう……」
「っっ!? (ぼよんぼよんぼよんぼよん!?)」
ぼくの渾身のわざとらしい演技に、こめかみをピクピクさせるシェルちゃん。
何やらルイが跳ね回っている気がするが、羞恥の余りというヤツだろう。
初ヤツめ。早く巨乳になってくれ。
「さてさてさ~て、この迷宮の金銀財宝は全部収納したことだし、そろそろ本当に外に出ようか! お~!」
「其方は随分と与し易い性分よなぁ」
一転して元気よく腕を突き上げる僕に、シェルちゃんが意味のわからないことを言う。
僕は自分に正直なだけだ。
そもそも扱いやすいポンコツドラゴンのシェルちゃんだけには言われたくないねと反論してみる。
僕はシェルちゃんに摘ままれて逃げられないルイを受け取り、逃げ出せないようにきつく抱きしめる。相変わらずの素晴らしい感触を腕に感じながら、真面目な顔で提案。ルイが暴れれば暴れるほど、気持ちイイネ。
「そうじゃな。崩壊が始まる前に、古き誓約により我は其方の中に入るが……その、えっと……もういいのかえ?」
「え、何が?」
僕の機嫌も直ったことだし、この腕の中には合法おっぱ……抱かれることを快諾してくれたルイもいることだし、このまま気持ちよく迷宮を出られると思っていたら、何やらシェルちゃんが深刻そうな表情でこちらを伺っていて。
「我とこうして会うことが出来るのは、おそらく……もう……」
そして、気づいた。
意識しないように、意識しないようにと心の片隅へ追いやっていた別れを。
なんとも言えない虚無感が、空っぽのこの胸を満たしていく。
僕は構わず歩き出した。
背中越しにかけられるシェルちゃんの言葉を遮って、できるだけ平常通りの軽口を叩いてみせる。
「でた。でました~。意識高い系ドラゴンさんの自意識過剰、お疲れ様です。種族等級て罪だよね。僕もそうだけどさ、自分が特別な存在なんだって勘違いさせちゃうんだ。別に僕は君がいなくたって歩いて行けるし、今までだって一人で歩いて来たんだし、そんな心配をされるほどシェルちゃんに依存していた覚えはないんだけどなぁー?」
嘘だ。本当は寂しい。寂しくて堪らないよ。
ズキリと痛む胸。生命であり『心』を持つ者なら誰しもが経験するこの出所不明の痛みは、本当に謎だ。この鎧の身体よりも、もっと可思議だ。
どこも怪我してない。
どこからも赤い血は出ていない。
それでも確かに、そこに『傷』ができるのだから。
「なっ、そんな言い方はないであろ!? 我は其方と会えなくなることが少し寂しくて――はっ、今のは違うのじゃ! 勘違いするでないぞ、そもそも我が其方に付いてきたのはかつての明友に――」
――うるさい。
「シェルちゃん、早く入りなよ」
「っ、しかし――」
――うるさい。もう喋るな。
「シェルちゃん」
「…………わかったのじゃ。其方がそう言うのであれば、我はそれでいい」
そう。それでいい。
……それでいいんだ。
今は魔物の身とはいえ、人として酷いかもしれないけれど。
ましてや友達に対する態度ではないかもしれないけれど。
まともな別れ方じゃ、ないかもしれないけれど。
――早く入ってくれないと、決心が揺らいでしまうから。
今も既に揺さぶられて揺さぶられて、きっとルイがいなかったら僕はこの迷宮から出ることを諦めていたに違いない。それほどに。
あんなに暴れていたルイがやけに大人しくなったのも、無意識のうちに僕の腕に篭められた力からこちらの心の機微を感じ取ったゆえかもしれない。良い子だ。思いやりのある友達だ。なんだかんだ優しい、最高の家族だ。
黄金の玉座から取り外していた僕よりも大きな虹色の球体を、シェルちゃんは人差し指と親指で挟んで事もなげに粉砕した。きらきらと硝子の欠片が舞い、極度に濃縮されていた虹色の魔素が蝶の形を象って大量に羽ばたく。
極寒地の夜空に流れる七色の河――オーロラのように魅せる光景は、僕の新たなる旅立ちに相応しい。
「じゃぁね。まぁそうだな、多分、またいつか……会えるんじゃない?」
「また適当な……いや、それが其方だったな。……本当に、本当にあやつにそっくりで、我は其方のペースに呑まれてばかりじゃ。まぁ、それでもいいと思えるから、こうしてついてきたのじゃがな」
迷宮全体が振動し始める中、巨大なドラゴンが視界に収まる位置で歩みを止めて振り返った僕は、こちらから見て掌ほどの大きさになったシェルちゃんの顔を撫ぜるように手を伸ばす。
僕の固有スキル――『鎧の中は異次元』は視界に収まりきれないモノは収納が不可能だが、例外もある。それは収納対象が意志ある生命であればこそ成せる技で、両者の自由意志が一致した場合に魔素の繋がり――『魔素の紡糸』を繋げれば収納が可能となるのだ。
シェルちゃんの身体から発せられた黒金色の蝶が次々に連結し、ゆるりとこちらへ極糸が伸びてくる。同じように黒白の魔素を放出し糸へと練り上げ、触れ合うと一度先端が解れ、無数の触手が指を絡めるように互いが互いを求めて絡み合った。
それを見据え確認したシェルちゃんが、名残惜しげな感じに言う。
「其方は……まぁ、今はいいのじゃ。《#金龍の迷宮_オロ・アウルム___#》の核は壊した。時期に崩壊するじゃろうて。いいかえ、其方。外はこんな桃源郷のような場所に比べて優しくない世界じゃ。我は戦力になれぬが、側におることをゆめゆめ忘れぬようにな――」
濃密な七色の魔素が吹き荒れる宝物庫内で、極めて細い、けれど異色を放つ黒の魔素の紡糸が発光し、くっきりと浮き上がった。
「楽しかったよ、シェルちゃん。僕はまだシェルちゃんのファミリーネームをもらってないんだ。約束したろ? 僕が成長したら共有してくれるってさ」
ガチャコン、と面甲が開かれる。
紫紺の双眸のその奥で、多大な闇が渦を巻いていた。
これより行使するスキルは異次元世界への招待。
植物は収納したことがあるが、ドラゴンのように知能を持つ生命、ましてや友達に行使するなど初めての試みだ。
けれど不安はない。
シェルちゃんが仄かに笑った。優しい笑みだ。
ルイもぷるると震えた。蒼宝石の瞳の端では涙粒が光っているが、きっと笑ってる。
だから。
「だからさ。また、必ず会って――そしたら、ちゃんと家族になろうね」
僕は笑った。
「発動――『鎧の中は異次元』」
金龍の輪郭が灰燼のようにさらさらと溶けて、極細の魔素の紡糸を辿り莫大な奔流が僕の面甲へと吸い込まれる。それは蛇のようであり、竜巻のようであり――その全てを吸い終えると、無駄に広い宝物庫だけが残った。
初めて、この部屋がこんなにだだっ広く感じた。
面甲を閉じると、手元でぷるぷる震えるルイをぎゅっと抱きしめる。手に吸い付くようなその柔らかさが、感じる温もりが、今の僕には枯渇していて。
パラパラと天井から舞い落ちる砂埃、迷宮だった材質不明の瓦礫。
いよいよ、黄金のドラゴンが三百年もの間眠り続けてきた迷宮が崩壊する――。
僕のしんみりした感情を察したのか、ルイが蒼宝石の瞳で僕を見上げてきた。その憂慮の滲んだ視線にいたたまれなくなって、僕は黄金色の身体に顔を埋める。
おっぱいに顔埋めるの、夢だったんだよね。
なんて、軽口を零そうとした――その時、心の中から直接頭に響くような『聞き慣れた声』が聞こえた。
『それで其方、これからどうするのじゃ?』
「いや喋れるんかいっっ!!」
今世紀で間違いなくMVP認定されるような突っ込みだった。
今の僕がもてる全ての力を集約して放たれた、渾身の突っ込みだった。
『え? 会えなくなるのは外で、という意味じゃ。目をつむればほら、我と会えるであろ?』
言われるままに目を瞑ると、確かに真っ暗な空間に黄金の輝きを放つ巨大なドラゴンが鎮座しているのが見えた。しかも心の中の僕の眼前で、厭らしくにやにやしているではないか。
僕は即座に目を開けた。
『はやっ!? なんでじゃ早いであろっ!? 我はそんなつもりなかったが、感動の再会をもう少し喜んで噛みしめたらどうで――』
「黙れ。うるさい。死ね」
どうやらお別れ的な展開ではなかったらしい。
しょんぼりした僕が恥ずかしいヤツみたいじゃないか! 雨の降り始めのように、しみじみとしたこの空気をどうしてくれるおつもりか!
ブツブツと恨み言のような言葉が頭に響くが、僕は無視して崩壊する迷宮を歩き出した。
まぁいいさ。シェルちゃんがいるなら煩そうだけど、それはそれで楽しめそうだ。
目指すは迷宮の外に広がる、僕にとっての二度目の世界!
さあ、張り切って行こう!
僕の心はかつてないほどに、安堵の色に染まっていたのだった。
スキップスキップルるんるんるん。
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