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第一章『人外×幻想の魔物使い』

第16話:初めての○○は血の味がした

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 荒くれ者達に襲われた少女を格好良く救い出した鎧の王子様とその従者こねこ
 語呂だけ見れば完璧だ。めでたしめでたし――と爽快な気分で終われればどれだけよかったか。

「小さな騎士さん……小さな騎士さん、ど、どこか……痛むの?」

「…………」

  重い鎧を引きずるようにして上体を起こし、ひび割れた壁に背中をつく。
 魚の骨を面甲ベンテールの隙間から生やし、茶色く変色したバナナの皮を被った兜を、僕はよろよろとした手つきで首の上にのせた。

 動く度に響く金属の擦過音が、その場に漂う寂寥感に拍車をかけていた。

「…………ふぅ――」

 深く、深く息をつく。

 そうだね。今の僕の状態は……『燃え尽きた』とでも表現すれば良いだろうか。
 絵に表すとするならば、今の僕はさぞかし灰のような白黒で塗られているだろう。無彩色の世界にどっぷりと浸かり、顔には縦の線が幾本も奔っているだろう。

 露骨に深く俯き、消沈した佇まいを晒す僕の前では、何やら事態を深刻に受け止めているらしいエルウェが目尻に涙を溜めながら自分を責めていた。

「ごめんねっ、まだ契約もしてないのに、命がけで私を守ってくれて……ありがとう。でも、全部全部、わたっ、私のせいね、本当にっ、ごめんなさいぃ……ッ」

「…………」

 正直わからない。どうして『今にも息を引き取る寸前の眷属と嘆き悲しむ魔物使い』のような系図になっているのか、こんなに重たい空気が流れているのか、全く以て判然としない。え、なんかごめん。

 ああそうか。僕がギギギ……と効果音がつきそうな動きで壁にもたれかかり、厳かな面持ちで天を仰いでいるからだろうか? 知らぬ所ではあるけれど、鎧の魔物が死ぬ時ってそんな感じなのかな。

 ……少しだけ罪悪感はあるが、放っておこう。

 常の僕であれば感謝するエルウェに無理なお礼をせびって、あんなことやこんなことをするのだけれど。ていうかフラム先輩絶対わかってやってるだろ、今の状況を面白がってるだろ。真面目な顔してるけど髭がピクピク動いてるぞ。

 もちろん疲労や痛みがあるのは本当だ。
 出し抜けすぎてスキル『硬化』を使う暇がなかったため、いくら鋼鉄のような材質の鎧といえど人間の頭蓋と衝突すれば痛みは奔る。ビリビリと震える籠手が、今でもその威力と衝撃を物語っていた。

 だけど、今の僕はそれどころじゃない。
 そう、正真正銘『燃え尽きて』いるのだ。

 その理由は、今より少し前――キャプテンと呼ばれていた頬に入れ墨をした坊主頭をぶっ飛ばすシーンまで遡らなければならない。

 それは偶然だった。

 たまたま、腰に佩く短剣を抜く余裕がなかった。

 思いがけず、咄嗟に武器になりそうな物として閃いのが、僕のあたまだった。

 折好おりよく、的の姿を捉えていなければ直撃させることができないからと、振り抜かれる僕の顔は正面をむいてた。

 折悪しく、フラム先輩の悪魔の如く咆哮に戦いた坊主頭の男は上を向いて硬直していた。

 そう。それら一連の流れの全ては、偶然だった。
 そして、僕と坊主頭の男はそのまま――

「…………」

「……小さな、騎士さん……?」

 心配げな表情で覗き込んでくるエルウェ。
 やっぱりべらぼうに可愛い少女だなぁ、と僕は内心微笑んだ。

 嗚呼――と、忘却の彼方へ消し去りたいその光景を、思い出す。


『てっ、てめぇ何言ってんぶちゅぅあぁああぁあああぁ――ッッ!?』


 ここで注目して欲しいのは『ぶちゅぅ』である。
 
 え、何の音? いやに生々しいこれは何の音? ぼく、わかんない。









「――僕のファーストキッスがぁぁああぁぁあぁああぁぁあああああぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁああああああああぁぁあぁぁぁあああぁぁああッッ!?」

「ひゃっ!? ち、ちちち小さな騎士さん!? ファースト、何ですってっ? や、やっぱりどこか痛むのね!?」

 おもむろにジタバタと床を転げ回る僕。その姿は大きさも相俟って癇癪を起こした子供のようだ。ガシャンガシャンという音が耳障り、近所迷惑も甚だしいけど。

 しかしというか、やはりというか、とにかくエルウェの眼には藻掻き苦しむ眷属の姿に映ってしまったようでオロオロとしている。

「死にたい、切実に死にたいっ! もうやだぁ死にたいよぉぉおおぉおおお!?」

 僕はそんな少女の様子に構わず、接触したであろう面甲ベンテールを石畳に押しつけて削る削る削る。

 最悪だ。最悪すぎる。最悪なんて言葉で終わらせていいもんじゃない。
 そう、その音の正体は。ぶちゅうっと怖気が奔りそうな生々しい音の正体は。

 ――僕の面甲ベンテールと坊主頭の男の肉厚な唇が正面衝突した音だ。

 ええ、そうです。それは紛うことなき――接吻。

 人間という愛を育む種族が、親愛の印として交わす神聖なる儀式だ。
 なのに、それを、それを、それをそれをそれをぉぉおぉ……ッ!!

 もうだめ。ほんとにダメ。ショックすぎて生きていけない。
 死にたい。本心から死にたい。誰か僕を殺してくれ。男に穢された僕を今すぐ殺してくれ。例えその愛の接触の後、ベキバキッという悍ましい破壊音とともに顔面を粉砕したのだとしても、キスした事実は拭えない。

「ぁぁあぁああぁあああぁぁぁぁぁあっあっあっぁぁあっあ――」

「でもそれだけ動けるなら間に合うかも、急いでギルドに行けば――って小さな騎士さん!? 死んっ――!? フラム、急いでギルドまで運ぶわよ!」

「――あぁぁ……ぁ…………」

 哀れな鎧の暴れっぷりを見て若干希望が差し込んだような表情をしたエルウェだったが、次には完全に燃え尽きて機能停止した僕を見て慌て出す。

 初めてのキスはいちご味だとか、世界がバラ色に染まるだとか夢見てた。
 もうね、フラム先輩もエルウェも、何もかもが褪せて見えるよ。酷い口臭と煙草の臭いが面甲くちびるにこびりついて離れないよ。これ何味だよ、臭い味だよ。ああ、死にたい。

「こんなの、こんなのっ……一生忘れられるわけないよぉおぉ……ガクッ」

 あまりの運命の理不尽さに、完全に脱力して何も考えられない僕。
 尻尾がしゅるるっと胴体に巻き付く感覚に、「なに笑ってるの、早く!!」という眷属を急かす声が聞こえた気がした。
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