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第一章『人外×幻想の魔物使い』
第25話:良い義母を持ったなエルウェよ
しおりを挟む厚い鈍色の空。
視界を白く引き裂く斜線。
ザァザァと、叩きつけるような音が絶え間なく兜の耳朶を打つ。
「…………」
「…………」
「…………雨、ね」
うん、まぁ……何て言うか、ねぇ? エルウェが言ったことが全てだ。
意気揚々と初陣への一歩を踏み出した僕たち一行だったが、いざ入り口とは反対側の出口扉を開いてみれば――うん、土砂降りだね。すごい雨降ってるよ、前が見えないよ何だこれ。
「……さっきまで雨ふってなかったンだがなァ……通り雨かァ?」
「どうかしら……天気を予測することができる魔導士も世界にはいるって噂だけど、ヒースヴァルムにはいないからどうしようもないわ。でもこれ、やまなそうね?」
たかが雨と侮ることなかれ。
この季節に降る雨は極めて冷たく、油断していると低体温症になって危険だ。
雨の中戦闘を継続していた冒険者が急に目眩や頭痛を発症し、低体温による血管の収縮の為に血行が悪化。引き起こされる脳へ酸素・栄養不足で意識が朦朧としたら最後、魔物の餌になるなんて話はよく聞く。猛暑日の熱中症と併せて、危険視するべき見えざる天然の陥穽なのである。
僕は太股にしがみついた格好のまま、雨降る世界を見て紫紺の瞳を細めさせた。
「うんうん……帰ろっか」
****** ******
「ここに僕の後輩がいるんだね」
と、雨が弱まるのを待ってから、エルウェの友達らしい女冒険者パーティーが使う予定だった幌馬車に同乗させてもらい、辿り着いたのがとある一軒家。
並の建物よりは些か大きいかな、けれど魔物の素材とかテカテカする魔導具のファザードとかはないため清楚さを感じるかな、という印象。レトロな魔導ランプが一つ提げられた煉瓦造りの家の玄関に腕を組んで立ち、そんな偉そうなことを言っている僕。
雨にげんなりした僕たち一行がギルド併設の酒場で談笑していた時、ぼろ宿に帰る前に寄りたいところがあるの、とエルウェが提案したのがここに来た経緯だ。
なんでも、ここにもう一人、エルウェの眷属がいるらしいのだとか。
「うーん。後輩っていうか、一応先輩なんだけどまだ孵ってないっていうか……なんであなたはそんなに先輩風を吹かせる気まんまんなのよ」
「ええ! でもまだ『召喚獣の原石』から孵ってないんでしょ? じゃあ後輩じゃん! 僕の背中を見てマジパネェッス! ってきらきらした眼差しで見てくる可愛い後輩じゃん! 因みに女の子の!」
呆れ礼に来たような顔で力説する僕を見下ろすエルウェ。
肩に乗っていたフラム先輩がハッ、と鼻を鳴らした。
「相変わらずの欲望にまみれた想像力だなァ……まぁオレの後輩ではあってもォ、お前にとっちゃ先輩だなァ、敬えよ新入りィ」
「そぉんな馬鹿なぁ――ッ!?」
昨日仮契約を済ませたばかりの身ではあるけれど、さっそく魔物使いの眷属として可愛い後輩が出来るイベントだと思ったのに。女の子だったら尊敬の眼差しを送ってもらえるように格好つけて、男だったらこき使ってやろうと思ったのに。残念無念。
僕が四つん這いになって落ち込んでいるのをそっちのけに、扉の正面に着いていた狼型のドアノッカーをコンコンと鳴らすエルウェ。しばらくしてふんわりした身体付きの熟年の女性が現れ、何か親しげに話している。
ああ、でもでも、馬車の中で女冒険者達に散々「可愛い」だとか「ペットにしたい」だとか「私の下僕になる?」だとか言われてもみくちゃにされてたわけで、心理的な充足感としては差し引きしてもプラスだな……なんて割り切った僕の立ち直りは早いのだ。流石である。
仕方がないからおばさんと話し込んでいるエルウェに近づき、足を伝ってよじよじと登り太股の定位置についた。うんうん、相変わらず柔らかい弾力に仄かな女の子の香りが堪りません。頬をスリスリしておこう。
「ひゃっ! ま、またこの子は……」
「あらあら、この可愛い騎士さんが例の?」
「ええ、叔母さんもヨキさんに……叔父さんに聞いたのね? そうなの、こんな感じでどうしようもなく煩悩に……や、人肌が恋しいみたいで」
「あらあら、可愛いじゃないの」
うふふ、と綺麗に笑った熟年の女性。
ぺこりと頭だけでお辞儀をしつつ、それにしてもと先の言葉を反芻する。叔母さん、ヨキさん、叔父さん、この叔母さんは叔父さんに聞いた、叔父さんはヨキさん――え、まじで。
「……ここ、ヨキさんの家?」
「そうよ。私が今の宿を借りて独り立ちするまで、お世話になっていた所。ほらエロ騎士、あなたもちゃんと挨拶しなさい」
どうやらその通りだったらしい。
ええ、ヨキさんって独身じゃなかったんだ? 男は皆そろって独身だと思ってるというか思いたい僕には理解できないや。
そうか、でもここがエルウェが育った家庭なのか。それならばしっかり挨拶をしなくてはね。近い将来娘さんを下さいって言いに来ないといけないんだから。
「こんにちは。僕はエルウェの新しい眷属になった流浪の白鎧。あ、でもでも最近太股に腰を据えるって決めたから流浪はやめたんだ。名前はまだない。エルウェはお嫁さんにもらうね。どうぞよろしくー」
肩を跳ねさせて「ふぇっ!?」と驚くエルウェ。初なやつよ。
一方で、目の前の女性はその慈愛の籠もった微笑みを絶やさなかった。
「あらあら、ふふふ。私はサエって言うのよ。サエ・テューミア。知っているかもしれないけれど、そこの冒険者組合のギルドマスターをやっているヨキ・テューミアの妻です。エルウェをよろしくね、可愛い騎士さん?」
と、承認してくれるまである。
素晴らしい義母を持ったな、エルウェよ……
自己紹介を終えた一同はサエさんの案内の元家の中へ招き入れられた。その際「そうね、名前を考えなくちゃ……」などとぶつぶつ呟いていたエルウェに、僕は前を歩くサエさんを見ながら言った。
「ヨキさんって独身の寂しさのあまり義娘愛を拗らせた残念な人って訳じゃなかったんだね」
「そういうこと言うのやめなさいっ!?」
あらあら、うふふ、とサエさんが笑っていた。
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