天国は空の向こう

ニーナローズ

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第四章

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 イツトリと分断された委員長はまず、自分の特異魔術を使用した。
「【勝利への道】、ニケ。来なさい」
 二体の首のない天使達が召喚される。魔術への阻害はないようだと確認して委員長は細い顎に指を当てた。問題は分断されたこと。それもお互いに気付かれずに。
「(イツトリくんにすら気取られないなんて。相当に高度な魔術ですね。特異魔術の一種と見るのが妥当でしょう)」
 そうなればニケに乗って上空からイツトリを探す、という選択肢は無くなった。下手に上空に飛び上がって視覚、聴覚を振り回されれば墜落する危険がある。魔術で保護していても危険を犯すのはやめておいた方が良いだろう。
 間抜けに足でも折ったりなんてしたらイツトリになんて言われるか。
 そこまで思って、思わず委員長は渋面になった。ありありと思い描けるとも。
(なんだ、なんだ。委員長、その歳になってまだ飛行が苦手なのか?ニケに乗ってるのに?低飛行から練習しとくか?)
 なーんて、ケラケラ笑いながら言うに決まっている。想像の中でぼかぼかイツトリを殴っておいた。そうして、ひとしきり揶揄った後にちゃんと治癒してくれるのも想像出来た。
 むぅ、とむくれた顔を晒して、委員長は目を細める。
「(さて、とりあえず合流を目的としましょうか)」
 いつまでも突っ立っている訳にはいかない。イツトリの推測が正しければ狙われているのは彼だ。叩き潰す為に全力で来るだろう、と笑っていたから。
 微塵も笑えない状況なのだが!と憤慨する。
 ヴァイオレット・ジェムニは強敵だ。生徒会に所属していることからもそれはよくわかる。何ならイツトリよりもわかっているという自負があった。
 【獣のジェミニ】も強い。アレはアレで異次元の強さだが生徒会はまた違った強さがあるのだ。特に今回の相手は炎を得意とする。イツトリの火傷痕を見れば炎が彼を傷つけられることは明白なのだ。身体だけでなく、心も。
 敵がいないとも限らないので警戒を怠る事なく、委員長は魔術を追加で発動させた。探知の魔術だったが、やはり弾かれる。
「イツトリくんは何処にいるか不明、ニケを偵察に出すのも……やめておいた方が良いですね」
 どちらも共にいた方が安全だ。不意打ちでこられた場合、ニケがいれば対処可能だが、逆に言うと委員長の特異魔術は彼女達なので頼れる武器がいなくなる。委員長はどちらかと言うと補助タイプ。強力な武器を持つ相手をサポートする方が得意なのである。
 武器役のイツトリが落ちこぼれのクラスにいるせいで委員長が引っ張っていると誤解されているようだが。
 そんなことを考えていると遠くの方で轟音がした。木々がへし折れる音だ。
「はっちゃけてますよね、アレ絶対」
 遠い目になった。どちらの攻撃かわからないが、イツトリとそれなりに長い付き合いである委員長にはすぐにわかる。アレは、少年の方だ。
 楽しみまくっているようで何よりだが、あの轟音で相手の方は無事なんだろうか?
 痛む頭を揉み解すように眉間をぐりぐり。
「【水の刃よ、鋭く尖れ】」
 細く、だけど硬く。思いのまま描いた武器を手のひらで弄んで委員長は真っ直ぐに刃を突きつけた。
「ほら、はやくしないとあなたの大切なお嬢様が傷だらけになりますよ」
 効果は覿面だった。まるで煙が晴れていくように何もないところから少年が姿を見せる。
 濃い緑色の髪に紫の瞳を持った、冷静そうな少年だ。同じクラスメイト、バルバート・リムアン。
「お嬢様はあのような輩に負けはしない」
「ですが、姿を見せたということはジェムニさんがあんな音を立てて戦わない、と言うことでしょう。正解です。ああいう戦い方はイツトリくんの得意分野。物理で殴りかかっているんでしょうね」
「あの獣か」
「えぇ。ノーチェス、あの純白の獣は強い。あなた達ほどなら見てわかるでしょう」
「確かに魔術耐性も高く、身体能力も申し分ない。だが、その程度。一匹、しかも出し入れは不可となれば戦い方などいくらでもある」
「ふ、」
 訝しげにバルバートが眉を顰めたが委員長は気にしなかった。笑う。笑ってしまう。
「何がおかしい?」
「全部、ですよ。全部おかしいったら。イツトリくんは弱くなんてない。彼に比べたら私の方が弱いでしょう。いつも守ってもらっていますし」
「アレは、華だぞ。特異魔術も魔獣使役のみ。お嬢様が負けるとでも言いたいのか」
「えぇ、えぇ。そうでしょうね。あなた達に何を言っても無駄だとは知っています。だってみんなイツトリくんを侮るんですもの。ねぇ、ずっと聞きたかったんです。どうして彼って弱そうに見えるんでしょう?包帯を巻いているから?火傷の痕が見えるかは?本人も隠さないで火傷があるって言っちゃうから弱そうに見えるのかしら。私たちは魔術で致命傷だって傷跡一つ残さずに治せますものね?」
 魔術は万能ではない。イツトリ・ヘルムートが隠す傷跡は普通の傷ではない証だった。治癒の魔術が一切効かない上に明らかに作為的に他者から付けられたものだとわかる傷だ。
 戦闘をした結果、というよりも誰かから一方的につけられたものと一目でわかる。特に急所である首が目立つのだ。
 だから、というのだろうか。
 イツトリは他者から舐められやすい。華のクラスに所属していることも拍車をかける。委員長と一緒にいるからちょっかいをかけられる、というよりも委員長を言い訳にして彼を攻撃しているようにも見えた。
 何もしていないのに、まるで彼の育ての親と同じように。【怪物】と同じように、世界から害意を向けられているように感じるのだ。
「まぁ、本人の方は楽しそうに返り討ちにしまくっていますから別に良いのかもしれませんけど」
 なんなら自ら喧嘩を売りにいくスタイルである。
 でもやっぱり、委員長的には侮ってほしくなどないわけで。
 イツトリを差し置いて自分が強いみたいな扱いをされると反論の一つもしたくなるのだった。
「例えあなたの言う通り、イツトリ・ヘルムートが強いとしても。お嬢様には勝てない」
「本当に?」
 切り込むような言葉だった。思わずバルバートが黙ってしまうほどには圧のある一言がのしかかる。
「本当にそう思っているから、あなたは何故出て来たんですか」
 隠れている方が圧倒的に優位だった。委員長の言葉に聞き逃せないものがあったからこそ出てきたのではないのか。
「いや、そんなはずはない。私はお嬢様を信じる。あなたを全力で足止めし続けるだけだ」
 そう簡単にはいかないか、とため息をひとつ吐いて、委員長は氷の剣を構えた。同時に天使達も巨大な剣を構える。
 三対一。数の有利を使って手早く撃破するつもりだ。
 委員長だってやれば出来る子なのである。
 一触即発の雰囲気を壊したのは、花が潰れる音だった。
「え、」
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