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<第二巻:温厚無慈悲な奴隷商人>
第十九話:奴隷商人はライラの親に会う
しおりを挟む王都ダバオは高い城壁で囲まれているが、さらに王宮のある中央は高い丘の上にあった。
俺たちは、階段を一歩一歩踏みしめながら貴族たちが住む場所まで歩きで向かっている。
普段の運動不足が祟って、息が上がり階段がつらい。俺の一歩後ろをついてくるライラは、息を乱していないので、一人ぜぇぜぇと肩で息をしているとバツが悪かった。
それでも、俺の歩みに合わせてライラはゆっくりと付いて来ていた。
「旦那様、私の実家はそこを曲がったところですので、もう少しですよ」
ライラの「もう少し」の言葉に安堵した。久しぶりに運動した気がする。せめてエスカレーターでもあればいいのだが、あるわけがないよな。
やれやれ、やっと着いたかと嫌味のように言ってしまったが、ライラは終始笑顔で歩いていた。
この階段の下までは馬車で来ることができる。ただし、一般人は階段を上がらなければならないとそうだ。
貴族たちは裏にある道で馬車で上がると聞いて、俺もそっち側から行きたいと言うとライラに反対された。
なんでも、王族ではない俺はそちらは通れないのだそうだ。身分の違いを思い知らされる。
「旦那様、やっと着きましたよ。こちらです」
ライラが、指差すほうを見ると石造りの大きな屋敷が立っていた。庭こそ無いが大きな門構えだった。
侯爵の家でも、やはり山の斜面を切り出して作っているからか土地はそれほど広くない。敷地いっぱいに建てているので、むしろ屋敷は広いが敷地面積からいうと俺の屋敷の方が数倍は広いだろう。
この国には火山があるため地震が多い。俺もこの世界に来て、地震を経験したが倒壊した家の話を聞いたことがないので、相当頑丈に作られているはずだ。
ライラの実家も、当然だが石造りで堅牢に見える。第一印象は、お金持ちの家だった。
俺たちは、使用人に案内されて客間へと案内された。ライラは、親に話に行っているのだろう。
俺は一人、ぽつんと広い客間で待たされる羽目になった。ライラの親父ってどんな人だろう、いい人だったらいいんだけどな。
「よく来てくれた。ニート君」
上背のある口ひげを生やした男性が入って来た。着ている服に刺繍が多く色鮮やかで高級品を身につけていることがすぐにわかった。
俺は、ソファから立ち上がると頭を下げて名乗った。
「ニート・ソレと申します。ライラさんには、奴隷への教育で大変お世話になっています」
丁寧に頭を下げると、ライラの親父さんは俺にソファに座るように勧めてくれた。
ライラに似た顔立ちで、イケメンなナイスミドルの男性だった。俺は、こういう立派な人を目の前にすると緊張して頬が引き攣ってしまう。
いかん、いかん、落ち着け自分。
「大きくなったな。コンラウスはお元気ですかな?」
「はい、父は旅に出ていまして、今は西の街でのんびりしていると思います」
俺が答えると、軽く頷いて笑顔になった。ライラの親父と俺の親父は旧知の仲らしい。どういう関係なのか知らないが、仲が良いのなら何かと力になってくれるはず。
「娘からは話は聞いた。君は娘と結婚したいということだが、今日はその話をしに来たんだろう?」
俺は結婚なんて一言も言っていないのだが、ライラの早とちりです、と言うのも感じ悪い。
さて、どう答えようか……。しばらく、迷ったが正直に話すことにした。
「あの……ライラさんとのことですが、」
「ダメだ!」
え? 早っ! 俺はまだ何も言い終わらないうちに、ライラの親父から否定されてしまった。
「娘はやらんよ。身分が違うからね。奴隷商人のような裏稼業の人間が、貴族の娘を娶ろうなどと思い上がったもんだな」
「お、お父様!」
なんだ、親父同士で仲よかったんじゃないのか? ずいぶん上から言うじゃないか。ライラは、まさか父親が反対するとは思っていなかったのか、慌ててふためいて、口をパクパクさせている。
「思い上がってはいませんよ。男女の恋愛に身分もクソもありません」
何を言っているのだ俺は。結婚なんてしませんって言うつもりが、ついカッとなって噛み付いてしまった。
「そうはいかん。たしかに、君はコンラウスの後を継いで見事に事業を再建させたそうだね。街の奴隷商店も大繁盛のようだし、商才はあるようだ。だが、しょせんは商人。そんなところに娘をやるわけにはいかない」
「俺の商才は認めてくださるわけですね。しかし、商人を馬鹿にするとは貴族の方々は、ずいぶん差別をするもんだ」
売り言葉に買い言葉で、つい反論どころかイヤミまで言ってしまったよ。
ライラは、俺の後ろでオロオロとしている。口を挟まないのはありがたい。こう言う時、女が感情的に介入するとだいたい収拾がつかなくなるもんだ。
「商人を馬鹿にしているわけではない。ただ、商売に必要な知識はあるが教養がない。ライラも小さな頃から読み書きにはじまり、算術なども学ばせてきた。申し訳ないが、ニート君に教養があるとは思えないな」
喧嘩を売ってるのか、この親父。言い返そうと思ったが、教養があるかどうか、自分でもわからなかった。なにしろ、この世界の文学など知らないし、偉人や英雄の名前さえ言うことができない。
たしかに、この世界の教養を身につけているとはとても言えない。
「たしかに、おっしゃる通り俺には教養がない。だから何だというのだ。俺に教養がなければ、教養がある者がそばにいればいいだけじゃないか。俺に知恵を貸す者がいれば問題ない。ライラは、そうやって俺を助けて来てくれた」
ライラの父親は黙って聞いていたが、手を叩いて使用人を呼んだ。
「君の言うことももっともだ。だが基本的な教養がなければ商売でも大成できない。我が子には苦労させたくない親心だ」
「あなたが言う、基本的な教養とはなんですか?」
読み書き、算術だと答えたライラの親父は、ニヤと笑うと使用人にアレを持って来てくれと言った。アレってなんだろう?
「ニート君。君は自分ができる人間だと思っているようだから、最低限の知識があるかどうかテストをさせてもらうよ」
「テストですか……ずいぶん、上から来ますね。テストされる言われはないんですが、俺にも意地がありますから受けて立ちますよ」
どこか馬鹿にされている気がした。俺の鼻っ柱を折ってやろうという意地の悪さがヒシヒシと感じられる。それならそれで、やってやろうじゃないか。
たとえ全くテストに答えられなかったとしても、その時はその時だ。
使用人が部屋に戻って来ると一枚の紙が渡された。これが問題なのかな?
「これは、文官登用試験の問題だ。何千人という者たちが幼い頃から勉強して挑み、そして一握りの者だけが解くことができる。君には問題の意味さえわからないだろうな」
俺は手渡された問題を、チラッと見た。なんじゃこれ、算数の問題じゃないか。しかも、中学生レベルだ。
文章問題もあるが、単純な掛け算。馬鹿にしてるのだろうか?
「これを解けばいいんだな」
「ああ、時間は日が暮れるまでやるから、やってみてくれ」
俺は、使用人に手渡されたペンにインクをつけると一気に解いて行った。簡単すぎる、まるで算数のドリルだ。
「なっ! なんて早さだ。ちゃんと問題を読んでいるのか? 数字を書けばいいというもんじゃないんだぞ!」
慌てる親父を無視して、足し算、引き算、割り算、掛け算と解いていき、文章問題も瞬殺してやった。簡単すぎて馬鹿らしくなる。
「俺を馬鹿にしているのか? こんな簡単の問題のために何年も勉強して来ただと? こんな問題は十歳の頃の俺でも解けるわ!」
俺は、そう言い放つとテスト用紙を突き返してやった。これが文官登用試験問題なんて嘘つけ、小学生レベルじゃないか。
ライラの親父は、テスト問題を受け取ると使用人に解答を持って来させた。
「うん、驚いた……。全て合っている……なんてことだ。驚異的な早さだ」
腰でも抜かしそうなほど驚いていたが、まだ半信半疑らしい。
俺の顔をジッと見て、何をした?と聞いて来た。
「何をしたとは? これくらいの問題なら暗算できる。こちらの文官というのは、こんな問題に時間をかけているのか? ずいぶんと貴族というのはお気楽なんだな」
俺の言葉に、険しい顔をしたライラの親父はもう一度使用人を呼んだ。
「まだテストをするつもりですか? 算術なら俺は得意ですからね、何百問でも解いてみせますよ」
俺はソファの背もたれに踏ん反り返ると、ふとライラの方を振り返った。
うわっ、目がハートになっとる!
「旦那様……さすがですわっ!」
何やら言い始めたが、最後まで聞かずに俺は親父さんを見た。腕組みをして考え込んでいる。
使用人が、また紙を持って来て手渡して来るので受け取った。今度はなんだ?
「それは、あの大賢者のアキラ・サルバトーレ様が作られた教本を元に作った問題だ。君に解けるか?」
今度は、文章問題がびっしりと書かれている。だが、内容は元いた世界でいう雑学だった。
「これは……ちょっと時間がかかりそうですね」
「そうだろう! そうだろう!」
何を嬉しそうにしているのだ。その顔はライラの顔にそっくりだ。きっと、ライラは父親似なのだろうな。そういえば、母親は現れないけどいないのか?
「ニート君がそれを解いている間、私はちょっと用事をして来る。一刻したら戻って来るが、他の者に聞いたりせず自分でするのだぞ」
「用事があるのなら、すぐに回答しますよ。口で言うのでもいいですか? 俺は文字を書くのに慣れてない。書く時間が惜しい」
「わかった……ちょっと待ってくれよ。おい、解答を持って来てくれ」
使用人が部屋の外に出て、すぐに戻って来た。廊下に用意していたのだろうか。
「では、一問目ですが、なぜ夕焼けが赤いのか……? なんだこれ?」
あまりにもくだらない雑学だが、俺の知識で十分に答えらえた。
それより、大賢者の回答も俺と同じ答えだったのには驚いた。この世界に、可視光線や波長、地震は大陸の地盤が動くことで起きるなど、元いた世界の知識とほぼ同じだった。
この世界には科学なんてものはないと思っていたが、意外と研究されているのだろうか。
先ほどからライラの親父は、あんぐりと口を開けて驚いている。
「すみませんが、その大賢者様というのはどのような方なのですか?」
「へ? ああ、すまない……大賢者様はルーセン国の領主をされていた方だ。時を刻む時計などを発明された。そのほかにも、いろんな物を発明されている。大賢者とは周り者が言っているだけで、ご本人は発明家だと言っているがな」
なるほど、発明家か。あみだくじを女神の神託と俺の親父に教えた大賢者とは、一度会ってみたいな。
「その方はどちらにいるんですか?」
「さぁ、今どこにいるのやら。誰も知らないようだが、もしかしたらルーセン国に戻っているかもしれん」
いったいどこの国だったかな? たしか、大陸の北方だった気がする。遠いな。
「ところで、テストは合格なのですかね? そもそも俺がテストをされる意味がわからないのだが、商人ごときが解けないだろうと嘲り笑うためにしたのなら蔑視も甚だしい。本来なら、怒っていいところだと思うのだが」
不愉快だったが、テストが簡単で良かったと安堵の気持ちもあった。もし、何ひとつわからなくて冷や汗をかくなんて事態になったら、ライラにも示しがつかない。主人としての威厳がなくなってしまう。
「……いいだろう。正直、私はニート君を見くびっていたよ。申し訳なかった。わかった、二人の結婚を許す!」
「いや……、結婚はまだ……」
俺が言いかけた時、ライラが親父に駆け寄ると飛びつくように抱きついて言った。
「ありがとうございますっ! お父様っ!」
あのー、俺に喋らせてくれないかな?
――――この後、俺は今は成すべきことが終わるまでは結婚できないと伝えた。
そして、その成すべきこと、つまり奴隷の権利についてライラの父親の助けが欲しい旨を伝えたのだった。
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