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本拠地突入編・1

聖女、憤慨する

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 108-①

 聖女シルエッタは、ホン・ソウザンの領主であるヴアン=アナザワルド大公の居城、《ソウザン城》の秘密の地下通路を足早あしばやに歩いていた。薄暗く、長い廊下のその先に、暗黒教団の地下聖堂はあった。

「……ご機嫌よう」

 間に辿り着いたシルエッタは、扉の両脇に立つ信徒に微笑みかけ、微笑みかけられた信徒達は慌てて一礼し、声を張り上げた。

「教皇陛下、聖女様がおいでになられました!!」
「うむ……通せ」

 命令を聞いた信徒達によって、地下聖堂の扉が開かれた。
 中に入ったシルエッタは、聖堂中央の壇上に立つヴアン大公を確認すると、深々と頭を下げた。

「……教皇陛下、ご機嫌麗きげんうるわしゅうございます」
「うむ、聖女シルエッタよ、何の用だ?」
「はい、教皇陛下……白銀の死神、ロイ=デストの潜伏するパン屋に手勢を差し向けられたというのは本当なのですか?」

 シルエッタの問いに、教皇……ヴアン=アナザワルドは自慢気に笑みを浮かべた。

「いかにも、少し前に、信徒達に命令を下した。お前の手助けをしてやろうと思ってな。目障りな連中を消し去ってくれようぞ!!」
「教皇陛下……私などにお力添えして下さるとは……何という慈愛に満ちたお心遣い、このシルエッタ感謝の言葉も見つかりません」
「フフフ……そう畏まらなくても良いぞ」


 ……感謝の言葉が見つからないのは当然だ。何一つとして感謝出来る点が無いのだから。


 慈愛に満ちた微笑みの裏で、シルエッタは大いにいきどおった。全く、余計な事をしてくれる……と。
 シルエッタには、暗黒教団の勢力拡大において、最大の脅威になりると、警戒していた人物が二人いた。
 一人は、光の勇者リヴァル=シューエン。そしてもう一人が、白銀の死神ロイ=デストである。
 
 王国最強の将、《白銀の死神》ロイ=デスト……そしてその白銀の死神が率いる精鋭中の精鋭部隊……通称、《冥府の群狼》の戦闘力は脅威である。
 だからこそ、余計な刺激を与えないように、さりげなく嘘の情報を流し、それとなく偽の尻尾を掴ませ、核心から遠ざけ続けていたというのに……
 これで事態は大きく動いてしまうだろう。ロイ=デストは潜伏を止めて、直接ここに乗り込んで来るかもしれない。『ヴアン大公を影魔獣からお守りする為』など、理由はいくらでも付けられる。

 シルエッタは心の中で、盛大に怒りの込もった溜め息をいた。

 教皇の軽挙妄動けいきょもうどう、そして……あの店のパンが食べられなくなった事に。あの店の最強パンは、最強に美味しかったのに……!!

「それで教皇陛下、一体どれほどの軍勢をつかわされたのですか?」
「ん……六十体ほどだが? 少し多過ぎたかもしれんな……フフフ」

 シルエッタは絶句した。少ない……少な過ぎる!! この無能は、あの白銀の死神相手にたったそれだけしか兵力を送らなかったというのか!?

 なげいても始まらない。仕掛けた以上は何としても仕留めねばならない。シルエッタが援軍の派遣を進言しようとしたその時、信徒の一人が大慌てで聖堂内に転がり込んできた。

「ほ、報告致します!! パン屋『白銀の死神』に差し向けた影魔獣軍団が全滅、影魔獣を操っていた信徒数名が捕縛された模様です!!」

 報告を聞いたシルエッタは、穏やかな微笑みの裏で、ほぞを噛んだ。
 
 何という事だ。差し向けた影魔獣の数がたったの六十体と聞いて、大損害も覚悟したのだが……大損害どころか、こうも短時間で全滅させられるとは。やはり、ロイ=デスト一党は迂闊うかつに手を出してはならなかったのだ。かくなる上は……

 真剣な表情を作り、シルエッタは教皇に進言した。

「教皇陛下……今こそ《転生の儀》を執り行う時です」



 
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