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第2章 司のあわただしい二週間
第34話 一歩一歩
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「お見苦しい物をお見せしてごめんなさい。部屋に帰るのでそこどいていただけます?」
ブラシを収納し自室に撤退しようとしたが、廊下に繋がる扉の前からアルフリートさんは動こうとしない。
「聞いている」
「へ?」
「事の次第は聞いている」
ラクリマはどうやら僕のフォローをアルフリートさんに頼んだらしかった。
情けない顔をしているだろうからあまり見ないでほしい。ぽとりぽとりと涙は足元に落ちる。
「僕が悪いんです。ソックスの事ばっかりでコロナを蔑ろにしてしまったから」
「どうせまた一人でめそめそと泣こうとしているのだろう」
「自分の感情くらい自分で処理しないと・・。ギルドではヒステリー起こして自分勝手に感情ぶつけてしまいましたし。
コロナが戻ってくる前に持ち直したいんです。どいてください」
「嫌だと言ったら?」
「・・・仕方ないのでペット用ブースに引き籠ります。迷惑はかけたくないので」
ペット用ブースにはおもちゃやらエサやら色々入っていて広くはないが、一人すみっこで泣く分にはちょうどよかろう。
背を向けてさっさとそっちに移動しようとしたら、手を取られて行こうとしていた方とは別の方に引っ張られる。
「お前には学習能力が無いのか?」
「ふぇ?」
学も無いしそこまで賢くは無いが、学習能力が無いとは心外な。
反論しようとしたがぽふんとソファに投げられてそれどころではなくなった。
「まるでこの前の再演だな」
白と黒の混ざった銀をオレンジの明かりがぼんやりと照らす。三度目の狼が僕の上に居座っていた。
前回と同じように大きな厚い舌が僕の顔を這う。慣れた様に顎から目じりまでを舐めあげられ思わず短い悲鳴が上がる。
「どうした? 前と同じ様に抱き着かないのか?」
耳元にククッとからかい交じりの言葉を吐きかけられ、じっくりと舐る熱に頭が沸騰する。
どうして、抱き着けないんだろう・・・分かっている。無様にも意識してしまっているのだ、この前の事を。
可愛くて癒される毛皮の温かさ。それだけしか無かったのに、自分と誰かの熱と性欲が混ざってコレは何だと自分が問い詰める。
自分が濁流に飲まれてなくなってしまうような欲望なんて知りたくなかった。どうしたいとか、どうすべきとかじゃなくて、理性とか思いとかぶっとばしてこの前みたいに気持ちよくなりたいって腹の中で渦を巻いている。触れあう事で分かった。僕は自分の事もアルフリートさんの事も、この世界の事も何にも分かってなかった。
「・・・慰めてくれるんですよね?」
「そうだ。お前がやりたいようにすればいい」
何を考えているかさっぱり分からない瞳が僕を見下ろし、唾液でしめった口が目尻に触れ、白いひげが鼻をくすぐった。
「僕、コロナを傷つけたんです」
「ああ、私は見ていないが聞いてはいる」
「失敗したなぁ。ソックスと仲良くなって欲しいって思って、ようやく家に少し慣れてくれたことが嬉しくて。
コロナは大事な友達なんです。ラクリマより付き合いは浅いけし、こっちに来て話せるようになるまで性格を誤解してたし、僕より明るくて友好的で、きっと僕が居なくても生きていけるだろうたくましさが好き。
傷つける事は傷つく事だって臆病さが僕と似てるけど、どんなに犬の姿で近くに居てもやっぱり別の生き物だなって。測り間違えてコロナもソックスも傷つけて。これで全部壊れてしまったら、最初から何もしない方がよかったんじゃないかって・・・・」
悲しそうな声とばかと言い捨て出ていく後ろ姿。追うソックスは何を考えていたんだろう。二匹をラクリマに預けて僕は役に立てない探索で寄生上げしていただけだ。
ぼろぼろと流れる涙が頬を滑り落ち耳に入って気持ち悪い。上からじっと見つめられ身の置き場がない。
「お前は何故そこまで狐一匹に拘る? ザーカの従魔だとしてもあそこまで尽くす理由が無いだろう」
「役に立てないって辛い事じゃないですか? 縁なんて要は利害の一致でしょう? 利を提供できないならいつ捨てられてもおかしくない。その怖さは僕も知ってます。群れから迫害を受けた過去も同情を誘いましたし」
金銭や社会的契約が介在し、利害が一致してお互いに利益を享受しあえる事がどんなに安心出来る事か。無償というのは気まぐれということ。
利益不利益、感情のシーソーゲーム。それが上手くできないから関係を継続できない。破綻する前に逃げたくなる。
「ラクリマの言う通りだな」
「何がですか?」
「あれは主人の為にならないと判断した事は決して話さない。隠し事を暴きたいなら自分でしろと助言を少々な」
ラクリマァァ! 何裏でこそこそやってるんだ!
「さて、手始めに何故ソックスに拘るのか、本心はどこにある」
「本心って・・・コロナを気に入ってくれたから友達になってくれれば嬉しいなって・・・」
「お前はコロナを気に入った相手ならあそこまでするのか?」
「・・・・・」
「だんまりか。抱き着いてこないならこの姿にも用は無いな」
ぎしりとソファが鳴いて、上から覆いかぶさられる。もふもふの胸毛に溺れていつもだったら幸福感に包まれているはずなのに、今は恐怖が先に立つ。
じたばたもがき、背中をばしばしと叩くがウエイトも力も向こうが上だ。
圧迫感から解放されほっと息を吐くが、狼の物より薄くなった胸毛と厚い胸板が目の前にあり、アルフリートさんの物だと認識するととても触れていられなくて、置き所の無い手はソファに落ちた。
「お前は以前に隠し事を隠し事と明かしたから秘密が一つ減ったと詭弁を弄したな」
「嘘は言っていませんよ」
狼人の瞳が淀み、言葉は無いがまたそれかと非難を投げつける。体重を掛けられ押さえつけられた肩が座面に沈み、真上から覗き込む瞳は暗い光を湛えて僕を観察している。
「どこが減ったというのだ。何故それを秘密にするのかと聞いたら話さないのだろう? 結局秘密は増える一方だ。
秘密主義もいい加減にしろ。私ばかりがお前の事を考えて、お前はソックスとコロナの事ばかりで不公平だと思わないか?」
「ごめんなさい」
「何に対してだ?」
「・・・言えない事にです」
「謝罪はいらん。話せ」
言えない。OTLの存在も、身勝手すぎる罪の意識も、いつか来るお別れをいつも考えている事も。ちっぽけなプライドと防衛本能。持て余している熱と記憶。
世界を越えた今でもなお現実(リアル)に縛られた価値観。カテゴライズできない出来事が、この優しかっただけの|僕の空間(とりかご)に降り積もる。
「もういい。お前には言葉を重ねても意味がなさそうだ」
右手で両の手首を頭上にひとまとめにして動きを封じられる。
はらはらと落ちる涙は何の為なのか、誰の所為なのか。拭ってくれていた舌は僕を罵る言葉を綴り、拭うための手段も奪われた。
そうして僕はまた混迷の渦に叩きこまれる。
▽
短い毛の生え揃った手が腰から脇を撫で上げる。パジャマはボタンを外されとっくに意味を成していない。
左脚は背もたれに乗せられてアルフリートさんの体に膝を割られ、自由に動く右足で抵抗の意を示して腹を蹴るも、すぐさま膝で押さえられ今は左手一つで弄ばれている。
「ひっ、ぅん、やめましょうよ・・なんでこんな」
「話す気になったか? 無理強いは趣味ではない。話す気になれば止める」
ふるふると首を振ると落胆の溜息が聞こえた。収納用魔道具などを連ねたマルチカラーのネックレスは邪魔だと外され、白いテーブルの上で静かに照明の光を反射している。
熱の篭った視線、それなのに口調は冷え冷えとしている。
産毛を撫でる様な柔らかな触られ方で胸を撫でられ、下腹を温めるかのようにゆっくり円を描き撫で擦る。
炙られじりじりと熱が高まる。太ももを際どく撫でられると無意識に期待で体が跳ねた。
「どうした? 触ってもいないのに濡れているぞ」
「やっ、う・・いわないで、もうゆるして・・・」
「私としてはこのままずっと甚振るのも悪くないと思っているが、お前はどうだ? コロナが帰ってきた時お前が泣いていたらどう思うだろうな?
お前に暴力を振るっていると勘違いして私を追い出そうとするかもな。最後まではしない、つもりだ。お前次第ではあるが」
からかいながらズボンを押し上げている性器をつつっと撫でられると羞恥に焼けこげそうになる。
理性を奪わずに答えを誘導するのはセックスというより訊問と言った方が適切ではないだろうか。
ずっと泣きっぱなしで流石に苦しい。口でしか息ができないのに呼吸をわざとみだしてくる手が疎ましい。
盾職の人たちのこの目は凶器だと思う。観察する冷酷さと勝利への貪欲さを孕み、目を逸らせば負けだと決して引かない熱量を感じさせる視線。
やるべきこと、やりたいことが定まった、目的を完遂するまで止まらない覚悟がそこにある。この目に晒されて怖くない人がいるなら教えてほしい。
完全に拒絶できないのは期待してるから。受け入れる事が出来ないのは自分がどうしたいのか分からないから。
期待と恐怖で身動きが取れない。これが何なのか意味が分からない。目の前に押し寄せる欲と、流されたくない理性が鬩ぎ合ってひぐひぐとみっともなく体をよじって短く息を吐いて耐える。
アルフリートさんもこの状況に興奮しているのか、ズボンの下でゆるく勃ちあがっている互いの性器を擦り合わせる様に腰を動かす。
自分に興奮してくれているのが嬉しいという馬鹿みたいな感情が湧きあがる。
僕の性自認は男だ。ポルノを見る理由が男らしいと言われる行動をなぞって安心を得たいという歪んだ物であっても。
OTL(ゲーム)なら首元を隠していればやりたいだけの人は寄ってこないし、言い寄られても中身男ですからと言えば大体皆引いてくれる。
――街で見たプロポースのシーンが思い浮かぶ。両性と男性の組み合わせ。祖父と孫ほど見た目の年齢が離れた二人は周囲にあんなにも祝福されていた。僕も嫌悪感など微塵もなく、むしろうらやましかった。
そうだ、僕はうらやましかったのだ。
「・・・何を考えている」
「アルフリートさん、僕こんな訊問みたいなセックス嫌です。質問に答えてもらっていいですか? 話すかどうかはそれで決めます」
僕はどうしたいのか、どう思っているのか、流されるんじゃなくて自分で決めたい。
「だから、教えて下さい」
この世界の事、あなたが何を考えているか。どうか無知な僕にこの世界に相応しい新しい価値観を示して。
涙で引き攣れた目で見つめて訴えよう、逃げたりはしないって。
眉間に皺を寄せ本心を見透かそうとする瞳を覗き返すと、カナリアの黄色の中に自分が映っているのが見えて嬉しくて笑みが零れる。
降参とばかりの溜息によっしゃと心の中でガッツポーズ。
「くだらん質問で場を濁そうとしたら今度こそ手篭めにするぞ」
「それは僕が困ります。アルフリートさんを犯罪者にしたくないですから。
僕がアルフリートさんや皆の事、どう思っているかはっきりさせておきたいんです。だからその為にこの世界やアルフリートさんの価値観が知りたいんです。
協力してください。こういう事をするかの主導権はヒーラーにあるんですよね?」
今使えるか分からないが主張させてもらおう。
「はぁ・・・お前が何を考えているか心底分からない。で、何が聞きたいんだ」
「向かい合って話すのは恥ずかしいので、背中貸してもらえます? ・・・・逃げませんって!」
信じられんと露骨に語る眼差しを説得するの為に、プロポーズエピソードと前向きに考えてますアピールを繰り広げてようやく拘束が解かれた。
「僕にとってあなたが何なのか、ちゃんと考えてからこういう事をするかどうか決めたいんです。話していいかどうかも、ちゃんと知ってから決めます」
ソファに座り直し両手首を確認すると特に痛みも無く、力の差に無力感を感じたがまあいっかと流し、隣にある広い背中に人差し指を当てて上から下へとつっと滑らせた。
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